三流読書人

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ドングリ小屋住人 

ヘルマン・ヘッセの詩をもう一編

2006年09月02日 08時15分44秒 | 芸術
               「庭仕事の愉しみ」より
   晩夏

晩夏は一日また一日とあふれるばかりの
心地よい暖かさを贈ってくれる 散形花の上では
ひとつの蝶がここかしこものうげに羽ばたきながら
漂い 金ビーロドにきらめている
  
夕べと朝は うっすりとかかった霧に
しっとりと息づき その湿り気がまだ生暖かい
桑の木から 突然光を浴びて
黄色い大きな葉が一枚 おだやかな青空に舞い上がる。

蜥蜴はは日のあたった石の上に憩い
葡萄の房は葉陰に隠れている。
世界は魔法にかけられて眠りの中に夢の中に
とじこめられているようだ そして目ざますなと君に警告する。
  
そのように 永遠に凝固していた音楽が
ときおり何小節にもわたって揺れ動き
やがて目覚めて呪縛から身を解き放ち
生成への意欲へ 現実へと立ち帰ってくる。
  
私立ち老人は果樹垣に沿ってとり入れし
日に焼けた褐色の手をあたためる。
昼がまだ笑っている まだ終わりにはならない
今日とここがまだ私たちを引きとめ よろこばす

彼が住んだドイツ、ガイエンホーフェン、モンタンニョーラ村などでは彼のスローガン「自然が望むことを自分も望むという方法を選ぶことに、自分の少しばかりに意思を適用する」というこことでできるだけ自然に干渉せず、巧みに原形を残し自然と共存する環境をつくったようだある。季節感は晩夏とか秋といってもわれわれとはずいぶん違うように思われる。幸せな人であったようである。

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