伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む市議会議員。市政や市議会、日常の活動などを紹介していきます。

黄砂に霞む

2021年03月30日 | 四季
 春の季語の一つ「黄砂」。俳人の大澤水牛氏のホームページ「水牛歳時記」によると、季語としては「黄砂」より「つちふる」(霾:ばい)が伝統的とされている。昔の日本人も、黄砂は中国大陸から吹いてくる土埃であることは認識していたようであるといい、「『霾』という難しい漢字に『つちふる』という読みを宛てたほか、『胡沙』」とか蒙古風、つちかぜ、などと呼んだ。また「よなぼこり」と言う呼び方もある」とされている。日本人は、黄砂一つに実に多彩な表現を生み出していたものである。

 報道によると、黄砂が観測されたのは関東では10年ぶりとだという。関東で10年だから、東北の一画をなす本市でも10年ぶりの観測ということになるだろう。10年前と言えば、東日本大震災と原発事故で悲しみと混乱の中に人々が落ち込んでいた時期だった。震災による津波で多くの犠牲者を出し、機能を停止した東電福島第一原子力発電所がメルトダウンをおこし、原子炉を収納する建て屋は水素爆発で破損し、大量の放射性物質が環境中に放出された。

 本市の最大線量は、2011年3月15日の午前4時に観測された。毎時23.72マイクロシーベルトだった。前日午前11時過ぎ、水素爆発事故をおこした3号機に由来するものであろうか、たまたま本市を向いた風にのり放射能雲が通過していったのだろう。その多くは半減期が8日と短い放射性ヨウ素131等であったので、空間線量はどんどん下がっていった。しかし、その後の放射性核種汚染の中心を担ったセシウム134(半減期約2年)、セシウム137(半減期約30年)の影響が残り、多くの方を生活環境への不安下に落とし込んでいった。

 最大線量を前にして、本市の災害対策本部に対して、国等から線量上昇に関して何ら情報は無かったという。それどころか、災害対策本部に詰めていた自衛隊員や警察官らは理由も付けずに、本部から退出していったという。命令系統を通じて線量上昇の情報が寄せられていたのだろう。当時、本部に詰めていた市長以下の担当者達が違和感を覚え、たまたま、核燃料輸送時の事故に備え消防本部に配備していた線量計で計測してみたという。この計測で、線量の上昇を把握し、その後の原発事故対応が始まっていくわけだ。久之浜地区住民の避難の市独自の判断、ヨウ素剤の事前配布の実施など様々施策が実施されたことを思い出す。

 この年は、花粉の飛散量も半端なく多かった。黄砂の飛来と大量に飛散する花粉の影響で数百m先でも霞んでいるという状況を何度も経験した。震災発災時にたまたま杉林にいて、大量に落ちてくる花粉を車の中から見ていたという話を聞いたし、ある晴れた日に遠野支所の屋上で周辺を見渡し、霞む風景と、屋上についた幾筋もの黄色い線を確認したことを思い出す。線は花粉が雨で流れた跡だが、原発事故で放出された核種の一つストロンチウム90を恐れる余り、花粉の跡に危機感や不安を訴える騒ぎがあったことを思い出す。支所の屋上でもそんな話をしていた。

 10年という節目の年に観測された黄砂。地球の営みも、災害への備えをしっかりするよう警告している。そう考えれば、この黄砂もありか。そんなふうに思ったりもする。

 黄砂は、一定の距離があるものは霞の中に隠してしまう。しかし、目の前にあるものは黄砂で隠されることはない。目の前にあるものを隠してしまうのは、不注意、無関心など、心の中にある遮蔽物だ。

 自分自身もうっかりや不注意が続いていたのだろう。毎朝散歩する道のすぐ脇にタチツボスミレが咲きそろっていたのだ。



 数日前に、別の場所で1輪だけ咲いたタチツボを見かけていた。全ての花が開いていることを見ると、この花も数日前には花を開いていたものと思う。気がつかずに通り過ぎていたのだ。

 いったん発見すると、同じものや似たようなものが次々に目に入ってくるようになる。注意が喚起され、心が、同じものを強くニンしするようになるのだろう。

 よくよく見ていると、タチツボスミレがあちこちに咲いている。



 アスファルトと側溝のコンクリートの間から芽を出すスミレも花を開いていた。



 一つ、二つではないので、こちらも開花から一定の時間が過ぎているものと思う。

 愛犬の散歩と良いながら、半分は、季節の移ろいを示す花や虫や、鳥などを探して歩く日々を続けている。きっかけは犬を飼いだして散歩が必要となったことだったが、その後、一眼レフカメラ(鳥と花を狙う)とコンパクトカメラ(花や雲や太陽の光学現象を狙う)を抱える散歩は、明らかに目的が変わっているように思う。

 それだけに周囲に十分注意を払っているように思うのだが、現実は注意力も節穴だらけ。様々なものを見逃していることに愕然とする。

 咲きそろったセイヨウタンポポ。



 ウグイスカズラはしばらく前から咲き継いでいる。



 散歩で出会う方に、この花の地方名が「サガリンコ」だと教えていただいた。「赤い実がなるんだろ」という。実の印象が優先しているようだ。その通り赤い実がぶら下がる。「サガリンコ」という地方名は、実のなる様子から命名されたもの思われる。花も多くは下向きなのだが、その影響もあるのかな・・。

 ツクシもずいぶんと伸びてきた。



 その中に襟巻きをしたようなツクシ、エリマキトカゲならぬ「襟巻きツクシ」もあった。



 ヒメオドリコソウも満開の感がある。気にかかったのは、花の群落が帯のように広がっていること。



 大河のイメージだが、どんな特性から、このような群落を作るのだろうか。

 つぼみに気がついていた、自宅庭のショウジョウバカマをのぞいてみた。



 しっかり花が開いていた。



 この花を初めて見たのは、震災の年だった。道路の法面が崩れてしまったと相談があり、道路から奥まった家を訪ねた時、そこに至る農道・・いや市道だったか・・の法面に数株咲いていた。写真で見ていてあこがれていただけに、偶然出会った花に、興奮を覚えたことを思い出す。

 この花は鉢植えでいただき、枯れそうになったために地植えにして、植物の生命力にたよって復活させた花だ。2年越しの開花に感謝したい。

 庭のクリスマスローズも、花モモも開花した。





 温かい日射しに鉢植えのチューリップも咲き競っている。





 夕空も黄砂で霞んだ。



 太陽の周りの雲がほんのうっすらと赤や青に染まっている。



 〝黄砂光環〟? 
 それとも単なる彩雲?


最新の画像もっと見る

コメントを投稿