小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

第15回世界バレエフェスティバル『ドン・キホーテ』(7/28)

2018-07-30 02:29:46 | バレエ
7/27に開幕した第15回世界バレエフェスティバル。二日間の全幕プログラムに始まって8月中旬までAプロ、Bプロ各5公演(と8/15のSasaki Gala)の文字通りの「バレエの祝祭マラソン」が続く。
観客のみならず参加するバレエダンサーたちも楽しみにしているこのバレエフェス、改めてプログラムを見てため息が出た。各国の駐日大使が挨拶のコメントを寄せているのだが、その数が凄い。アルゼンチン、ブラジル、カナダ、キューバ、デンマーク、フランス、ドイツ、イギリス、イタリア、ラトビア、メキシコ、オランダ、ノルウェー、ルーマニア、ロシア、スペイン、スイス、アメリカの18か国。プログラムを編集するスタッフも大変だったことだろう。各国の大使の誠意のあるメッセージは読みごたえがあった。参加するダンサーもスーパースター級の顔ぶれである。

今年の全幕プログラムは『ドン・キホーテ』(ウラジーミル・ワシーリエフ版)で、二日間とも大入り。アリーナ・コジョカルとレオニード・サラファーノフがキトリとバジルを踊る二日目の公演を観た。指揮はワレリー・オブジャニコフ、オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団。
ワシーリエフ版のドンキは老騎士ドン・キホーテの描写がコミカルで、ベテランの木村和夫さんが好演した。タイトル・ロールのわりに脇役扱いされるドン・キホーテだが、舞台に出づっぱりで演技をしなければならず気が抜けない。サンチョ・パンサの海田一成さんも好演。人力トランポリン(!)で宙に放り出されるシーンなどもあり大変な役だが、詰め物をした衣装で機敏に楽しいキャラクターを演じていた。

コジョカルは可憐なキトリで、きつい性格を強調して踊るバレリーナもいるが、やはりコジョカルはコジョカルの良さがある。回転もバランスも完璧だが、どんなムーヴメントの後にも優しさや透明感が余韻として残る。サラファーノフも少年の面影を残したバジルで、このペアは新鮮だった。コジョカルが小柄なので、サラファーノフが結構長身のダンサーだったことに気づく。マリインスキー時代から彼を観ているが、ある時期から年齢が止まってしまったように若々しい。身体を後ろに反らせて回転するバジル独特のシルエットも柔軟で美しく、キトリとの小芝居もエスプリが効いていた。テクニック的には過酷だが、バレリーナにとってこれほど楽しい演目もないのではないか。オペラの「愛の妙薬」もそうだが、このバレエでは誰も死なず、キトリは3人の男性から求愛される。バジルとドン・キホーテと、婚約者の富豪ガマーシュが彼女を追いかける。

ガマーシュ役の岡崎隼也さんがこの役に成りきっていた。オペラグラスで観ていて笑いが止まらなかった。老騎士がキトリと恭しげにメヌエットを踊る場面は個人的にとても好きなのだが、ここでガマーシュは別の女性と踊りつつ、ずっこけたりふられたり、驚くほど細かい演技をしていた。ガマーシュは情けない役だが、これほど面白くやられるとダンサーに敬意を表したくなる。本物のプロの踊りで、その後ろでソーセージを持って踊っているサンチョ・パンサの可笑しさにも打ちのめされた。こういうサブリミナルな演劇要素が積み重なって、舞台の感動は出来上がる。

東京バレエ団は有難いバレエ団で、エスパーダの秋元康臣さんが闘牛士たちをともなって踊るシーンでは、プリンシパル級のダンサーが切れ味のある群舞を披露した。この闘牛士たちの踊りは見た目にも華やかで難しく、あのマントさばきには毎回度肝を抜かれる。秋元さんはパーフェクトなエスパーダで、川島麻実子さんのメルセデスとも息が合っていた。このペアは今の東京バレエ団の中で一番面白いのではないかと思う。二人ともとことん妥協せず、貪欲に究極の表現にチャレンジしていく。アーティスティックな「攻めの姿勢」が感じられるのだ。

東フィルがピットから最高の音楽を鳴らしていた。観客が舞台に完璧に集中できる音楽を作るというのは見事なシャドウ・ワークだが、東フィルのデラックスなサウンドはプティパが創造したバレエのユーモアや幻想性を最大限に引き出し、満点以上の出来栄えだったと思う。確実なリハーサルを重ねたのだろう。ダンサーとの信頼関係が伝わってきた。カーテンコール時にコジョカルは指揮のオブジャニコフを抱擁していたが、ダンサーにとっても最高の演奏だったのだろう。クオリティの高いオケがピットにいることを考えれば、全幕プロのチケット代は驚くほどリーズナブルに感じられる。

ドゥルネシア姫になってからのコジョカルは、より彼女らしさが際立っていた。あの泣きそうな(!)可愛らしい顔で、キューピッドたちと幻想の世界へ誘うシーンでは、夢うつつのドン・キホーテの気持ちになった。真っ直ぐな足と可憐な甲は、何か「歌声」のようなものも感じさせた。コジョカルは全身で歌うバレリーナなのだ。若いジプシーの娘を踊った奈良春夏さんはカリスマティックな妖艶さを解き放ち、キューピッド足立真里亜さん、子役の東京バレエ学校の生徒たちが愛らしく優しい表情で夢の世界を作り上げた。

ラストのキトリのバジルのグラン・パ・ド・ドゥは見事で、ダンサーが怪我の恐怖と闘いながら際どい美を体現していることが改めて理解できた。主役の二人に危なげないところなどなかったが、連続リフトは男性の肩に負担をかけ、女性のダイブをキャッチするサポートは信頼関係がなければ出来ない。それを笑顔でやる…最高に楽しそうなコジョカルとサラファーノフを見て、計り知れない人たちだと今更ながら思った。観客の喝采はクレイジーなほどで、数え切れないほどのカーテンコールが続いた。東京バレエ団の凄い集中力と献身、東フィルの職人技もふくめて「プロの清々しさ」を痛感せずにはいられない。真剣に完璧にやるべきことをやって、それが毎日続いてく…彼らの日常に溢れている清潔感に、眩しさを感じたステージだった。





















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