雲のたまてばこ~ゆうすげびとに捧げる詩とひとりごと

窓の雨つぶのような、高原のヒグラシの声のような、青春の日々の大切な箱の中の詩を、ゆうすげびとに捧げます

超夕立

2012年07月06日 | ポエム

 ▲5日の夕方は久しぶりに青空が見えた。雲は速く流れていた。

 超夕立

 今年の熊本の梅雨は梅雨らしくしっかりと雨が降り続いている。梅雨末期のような豪雨も何回も発生していて、県内で人的な被害が無いのが不思議な程だ。梅雨明けが待ち遠しい。
 最近の日本の気候はどうしたものか、台風の発生時期や進路、ゲリラ豪雨、竜巻など、以前からすると異常と思える現象が多いようだ。中でも豪雨の発生があきらかに増え、テレビのニュースなどで被害の模様をよく目にするし、時間100ミリを越すとんでもない豪雨記録の報道もけっこう見聞きするようになった。言われているように、地球温暖化による現象の一つか。
 水がしみ込む土が無い都会の真ん中はもちろん、海抜の高い郊外の住宅街であっても、アスファルト道路や側溝の整備がすすんだために、一度に側溝に集まった雨水が排水能力を越して部分的な洪水を起こすこともある。
 私の住む熊本市内の自宅も海抜が低い上に、ちょっと穴を掘ると水がしみ出してくるような湧水地帯にある。幸い、我が家の南側の公園からそれに続く一帯は、我が家よりさらに1メートル近く低いので、我が家が冠水する事態は起こったことがない。それでも去年、強い雨が降り止まず、いよいよ我が家も1階が浸水してしまうかもしれないと覚悟した事があった。気がついたら南側の公園は水の行き場が無くなり、かなりの深さで冠水していた。恐怖を感じる雨の降り方だった。そういう環境だから家の周囲の道路はちょっと強い雨が降ると、10センチや20センチ位はすぐに道路が冠水してしまい、大人でも怖い目に会う事も少なくない。冠水すると、道路と側溝の境が見えなくなり、近くの小学校は休校になる。
 車を運転していて、雨で怖い思いをしたこともある。
 一度目は子ども達がまだ小さい頃だから20年以上も前のことだ。例によって、大好きな阿蘇方面にドライブに行った帰り、熊本市内の郊外で雨がいきなり降り出した。雷も真上で鳴っているように音と稲光が凄かった。明るかった空が一転、かなりの暗さになり、大粒の雨どころではない、よく大雨の表現で使われるところのバケツの水をひっくり返したような雨の降り方だった。ワイパーを強にしても、視界が悪く、前をノロノロと走る車のテールライトを必死で見ながらやっとの思いでついて行った。
 幸いしばらくすると雨はうそのように小降りとなり、第2空港線と言われる片側2車線の広い道路まで出て、ほっとした。しかし今度は前を走る車がなぜか二車線ともストップして動かない。道路が冠水して通行出来ず、前の方の車から順番に来た方向に反対車線にUターンしている。ほとんどの車が、第2空港線の通行を諦め市内に向かって別の道へと迂回を始めた。
 後で考えると、迂回をしないで阿蘇方面に逆戻りし、高台にある空港のそばで30分か小1時間待っておればよかったのである。私は何の疑問も無く大方の車の後を追い、1本南側を走る広い県道に通じる脇道に入った。車がやっと通れるような農道に、数珠つなぎとなった車がノロノロと、しかし止まる事無く進んでいる。ところが、この付近にも先程経験したバケツの水をひっくり返したような雨が降ったのか、道の両側の一段高くなっている畑から泥水がものすごい勢いで流れ込んでいて、道路がだんだん水路のような状態になって来た。後悔し、不安が増すが、後ろからも車列が続いていて、前に進むしかない。気がつくと、我が愛車は船のように、泥水をかきわけて進んでいる。あきらかに車内の床よりドアの外を流れる泥水の水位が上にある。一度停まったらエンストしそうで、ノロノロでも何とか走る続けることができるよう、祈りながら前進するしかなかった。
 そして無事に家まで帰り着くことが出来た。しかし、翌朝エンジンをかけると干し草が燃えるような匂いがして臭い。車屋さんに連絡したら、前日の豪雨で同様の状態になった車の修理が殺到しているとのこと。順番を何日も待ってエンジンを分解洗浄してもらった。あわてて帰らず、空港ビルまで行って、時間を過ごせばよかった。
 判断ミスのツケは大きかった。
(2012.7.6)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする