僕が兵庫県にいた時
発端は何であれ
「いちねんせいプロジェクト」
と銘打って遊んだ。
遊びまくっていた。
その当時は自分たちが面白いと思えることを探し追い求めていた。
金をかけず、
無駄だと言われるようなバカ旅を繰り返していた。
それは大学生のノリとも見分けがつかない。しかし引っ張っていたメンバーは30を超えた者や20代後半の大人たちだ。
小学生から見たらお父さんお母さんの世代とも言える。
そして当人たちは(少なくとも僕は)、大学生のノリ半分、大人の冷静な部分半分くらいの心意気を持ってバランスをとっていた。
そして僕は鹿児島に移り住んでから「いちプロ」は自然消滅していった。
みんなで集まって遊ぶという本当にシンプルなコミュニティは、僕の手軽ではなくなった物理的な距離が壁になった。
僕は鹿児島で新たな「いちプロ」を始めようと意気込んでいたが、人付き合いを続けて行く上で、鹿児島人の特徴が分かって来るとともに
あの「いちプロ」の精神は関西人特有のノリとユーモアが織りなす地域性が生み出した産物だったのだと理解し始めていた。
別に鹿児島人がノリが悪いとは思わないが、あの「いちプロ」を語る雰囲気には到底ならない。語ったとしても面白さは感じず反応は「すーん」としている。
西郷どんの国は誰か強烈な実行力とカリスマ性があって、その権威に従うように人がついていく。
長渕の伝説のライブのようなイメージがピッタリくる。
やっぱり「いちプロ」の面白さ、楽しさが関西人特有のものであったのだと思う。
面白いことをみんなで考えて、
時に行き当たりばったりで、
時に達成感で、
そんな得体の知れない面白さに
考えずにまずは参加してみる精神は、独特のコミュニティだったのだと思う。
そして時は経つ。
僕はどうやら鹿児島に3年から4年にもなろうとしている。
そして友人を始め、
様々な面白そうにしている他人の活動を冷静に目で追っていると
面白そうな活動をされている方々もおられるのだが…
やっぱり「いちプロ」を超えない。
手前味噌、自慢だが、
僕の心に抉り込んでこない。
いまGWで手軽な世界遺産もどき日本のマチュピチュ竹田城も、縄跳びで移動するチャレンジのスタート地点にしている人は歴史上いない。
瀬戸内海の島々を結ぶ歩行者や自転車で高速道路を渡ることができる「しまなみ海道」を台車やドリブル、キックボードで渡った人達は聞いたことがない。
京都の神社仏閣を数多く巡り、面白写真と共に対決するチーム戦を何処のバラエティ番組もやってないのではないだろうか?秋の京都で最も赤い紅葉の落ち葉を拾ったチームが優勝とか、なんと風流であろうか?
他にもあり過ぎて語り尽くせないし、
爺さんの自慢話にしかならないので
これでもう十分だが、
それにしても
おしゃれなイベントや
食べ物のフェスは数あれど、
「いちプロ」は超えないなぁ。
復活を望む声も
あるのかないのか?
空耳なのかもしれないが、
聞こえてくる。
僕はフツフツと「いちプロ」熱が湧き上がっている。面白いことをしていない僕はほぼ冬眠中だからだ。
たとえ鹿児島人に受け入れられなくとも、1人でバカ旅を始める。参加者は同志だから、義務感で参加する人は同志ではないのだ!
志
そう!心が同調できる人と歩き始めるのだ。
僕が鹿児島の片田舎でバカな一歩を踏み出そうとしていたら、遠くの同志達も一緒に踏み出して欲しい。
そう!心の中で一歩を。
そして真面目に応援なんて恥ずかしいから、笑ってほしい。「またバカなことやってる」とほくそ笑んでほしいのだ。
僕は、大学生ほどのノリノリではない。
そんな大人が、もう年齢的には課長か部長クラスのおっさんが、何かやろうとしている。
その微笑ましい悪戦苦闘を微笑ましく見守ってほしいのだ。
ただ歩くだけかもしれない。
ただ縄跳びをするだけかも。
ただただ饅頭を食い尽くすだけかも。
ただ寝不足になるだけかも。
シンドさは伝わらない地味な映像なのかもしれない。
いや、映像もないのかもしれない。
ブログだけなのかも。
Twitterのみなのかも。
GWが終わろうとしている。
雨のGW。
何かひとつ変わろうとしている。
人々は5月病に。
僕は休息を。
そしてなんでもイイ。
一歩を!
もがき苦しんで一歩を進める。
発端は何であれ
「いちねんせいプロジェクト」
と銘打って遊んだ。
遊びまくっていた。
その当時は自分たちが面白いと思えることを探し追い求めていた。
金をかけず、
無駄だと言われるようなバカ旅を繰り返していた。
それは大学生のノリとも見分けがつかない。しかし引っ張っていたメンバーは30を超えた者や20代後半の大人たちだ。
小学生から見たらお父さんお母さんの世代とも言える。
そして当人たちは(少なくとも僕は)、大学生のノリ半分、大人の冷静な部分半分くらいの心意気を持ってバランスをとっていた。
そして僕は鹿児島に移り住んでから「いちプロ」は自然消滅していった。
みんなで集まって遊ぶという本当にシンプルなコミュニティは、僕の手軽ではなくなった物理的な距離が壁になった。
僕は鹿児島で新たな「いちプロ」を始めようと意気込んでいたが、人付き合いを続けて行く上で、鹿児島人の特徴が分かって来るとともに
あの「いちプロ」の精神は関西人特有のノリとユーモアが織りなす地域性が生み出した産物だったのだと理解し始めていた。
別に鹿児島人がノリが悪いとは思わないが、あの「いちプロ」を語る雰囲気には到底ならない。語ったとしても面白さは感じず反応は「すーん」としている。
西郷どんの国は誰か強烈な実行力とカリスマ性があって、その権威に従うように人がついていく。
長渕の伝説のライブのようなイメージがピッタリくる。
やっぱり「いちプロ」の面白さ、楽しさが関西人特有のものであったのだと思う。
面白いことをみんなで考えて、
時に行き当たりばったりで、
時に達成感で、
そんな得体の知れない面白さに
考えずにまずは参加してみる精神は、独特のコミュニティだったのだと思う。
そして時は経つ。
僕はどうやら鹿児島に3年から4年にもなろうとしている。
そして友人を始め、
様々な面白そうにしている他人の活動を冷静に目で追っていると
面白そうな活動をされている方々もおられるのだが…
やっぱり「いちプロ」を超えない。
手前味噌、自慢だが、
僕の心に抉り込んでこない。
いまGWで手軽な世界遺産もどき日本のマチュピチュ竹田城も、縄跳びで移動するチャレンジのスタート地点にしている人は歴史上いない。
瀬戸内海の島々を結ぶ歩行者や自転車で高速道路を渡ることができる「しまなみ海道」を台車やドリブル、キックボードで渡った人達は聞いたことがない。
京都の神社仏閣を数多く巡り、面白写真と共に対決するチーム戦を何処のバラエティ番組もやってないのではないだろうか?秋の京都で最も赤い紅葉の落ち葉を拾ったチームが優勝とか、なんと風流であろうか?
他にもあり過ぎて語り尽くせないし、
爺さんの自慢話にしかならないので
これでもう十分だが、
それにしても
おしゃれなイベントや
食べ物のフェスは数あれど、
「いちプロ」は超えないなぁ。
復活を望む声も
あるのかないのか?
空耳なのかもしれないが、
聞こえてくる。
僕はフツフツと「いちプロ」熱が湧き上がっている。面白いことをしていない僕はほぼ冬眠中だからだ。
たとえ鹿児島人に受け入れられなくとも、1人でバカ旅を始める。参加者は同志だから、義務感で参加する人は同志ではないのだ!
志
そう!心が同調できる人と歩き始めるのだ。
僕が鹿児島の片田舎でバカな一歩を踏み出そうとしていたら、遠くの同志達も一緒に踏み出して欲しい。
そう!心の中で一歩を。
そして真面目に応援なんて恥ずかしいから、笑ってほしい。「またバカなことやってる」とほくそ笑んでほしいのだ。
僕は、大学生ほどのノリノリではない。
そんな大人が、もう年齢的には課長か部長クラスのおっさんが、何かやろうとしている。
その微笑ましい悪戦苦闘を微笑ましく見守ってほしいのだ。
ただ歩くだけかもしれない。
ただ縄跳びをするだけかも。
ただただ饅頭を食い尽くすだけかも。
ただ寝不足になるだけかも。
シンドさは伝わらない地味な映像なのかもしれない。
いや、映像もないのかもしれない。
ブログだけなのかも。
Twitterのみなのかも。
GWが終わろうとしている。
雨のGW。
何かひとつ変わろうとしている。
人々は5月病に。
僕は休息を。
そしてなんでもイイ。
一歩を!
もがき苦しんで一歩を進める。