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ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

静かな朝にBlu-rayが響く。

2018-08-21 | 雑念
ベトナムに向かう直前は流石にソワソワする。

今回は日本の嫌な出来事をスキッと解消したい。
その為には自分自身のあり方だけが全てを拭い去る。

静かな朝だ。

寂しくて胸が苦しい時には映画をレンタルする。
ジュマンジの新作を借りた。
ローガン・ラッキーも借りた。

5作品で1,000円なのであと3つ
バケモノの子、ボックストロール、オネアミスの翼。

こういう時に出会う映画は人生に響く。


移住する後ろ髪

2018-08-20 | 雑念
ベトナムには日本を離れて住む仕事仲間がいる。

日本の健康保険を払わないで移住している。
僕も日本に永住する必要もない気がしてきた。

ハワイに住みたい。

結構前から言っていた。
一年の半分をハワイで、
もう半分を日本で仕事を作って働く。

ベトナムも定期的に働ければ幸せ。

本当に2019年はそのベースを作る事が出来るのではないだろうか?

その為に必要な事を考えよう!

ちなみに今年度中にはハワイのマウイ島に行く予定。完全遊びで。

下見や、下見。

ハワイで働き口あるかしら?

でも、

日本に僕を助けてくれる人達がいる事に改めて気づかされた。

僕がピンチの時にアドバイスをくれる。

僕がいないところで僕を助けてくれようとしてくれていた。

僕を誹謗中傷する人もいれば、それを守ってくれようとする人たちもいる。

生きてるなぁと感じる。

自分一人で火星にいたら感じられない。

苦しみの瞬間に他人の差し出してくれる手が人を救い出す。

「それはホクトマンの人柄だと思う」

と直接言われた。

僕の人柄?

自分に正直に生きてきた。
その事を指していると思う。

どんな人にも失礼なことも思った通りのことを当たり前に言うし、本当に好きな事に対しては真剣だ。

そういう事を言ってくれたのだと思う。

本当の事をシンプルに発信すると誰かが傷ついて迷惑をかけてしまう。

それでも正直で真剣な僕の事を知ってくれている人が、かばってくれているのだ。

「言い方は乱暴だけど、他意はなく本当に思っているだけ」

本当に子どもの様に無邪気。

そんな出来事は僕を成長させてくれるというよりも、僕自身の無邪気を感じさせてくれた。

正直、反省というよりも
今回は筋を通して(僕なりに)
後は自分自身の無邪気を抱きしめてあげようと思う。

そしてそんな時に
そんな僕に可愛くLINEでメッセージくれる人達に
勝手に癒されて
あぁひとりじゃないんだなぁと

勇気付けてくれた。

日本も捨てがたい〜
めっちゃ素敵な友達がいっぱいいるー

困っちゃう。

誹謗中傷にもマケズ

2018-08-19 | 雑念
僕も誹謗中傷を受ける立場になった。

僕自身が自由で無限の可能性を感じながら仕事をするつもりで楽しんでいた事が意外に複雑なしがらみというものの中に入り込んでいたんだと実感した。

僕自身は何を言われても変わらない。

いや言われれば言われるほど信念を持って突き進む原動力になる。

僕に試練が与えられた。

大きな決断を迫られたような気がする。
僕の人生観を大きく揺るがす出来事。

小さなそのきっかけは僕にとってはほとんど影響力もなく自分自身の確固たる信念を再認識する程度だったのだが、別のことを考えるきっかけになった。

僕は今すぐ自分のことを教育者と言うのをやめようと思う。

僕はただの旅人なのだ。
教育に興味があるただの旅人。

それがやっぱり僕に最も似合っている肩書きです。

旅をするために仕事をしてお金を稼いで、愉快な世界一周を目論む放浪者。

僕自身がこだわりすぎたのかもしれません。
教育という世界への反発だったのか、免許も資格も何もない僕の意地だったのかわかりません。

でも青少年たちの中には「生き方が素敵です」とか「お話聞かせて下さい」と言ってくれる人達がいる。

僕は多分旅の途中で野垂れ死ぬんだと思う。
それが僕の幸せなのかもしれない。

あと他にも感謝すべき人達が見えた。

この出来事があった事で僕は助けを求められる人が何人か居て相談できる仲間がいた。

ひとりぼっちで仕事をして遊び呆けているように見えた自分にも分かってくれる素敵な人達を信じていた。

僕を守ってくれようとしてくれる。

体内の白血球のように僕の体を守るために。




僕の老後への布石

2018-08-18 | 雑念
仕事ばっかりだった父親は引退して庭仕事やプール、友達との集まりなどに忙しい。

孫の話になった時に
「この人はもう誰かのために生きるという事を辞めたな」
と感じた。

仕事三昧のサラリーマンを経て疲れたのだろうか?生き甲斐としての社会への関わりを絶った。

老い先短いから孫の顔を見たい

これだけが彼の生き甲斐だ。

仕事ばかりの時代はキャッチボールをする時間も無くなっていき、僕は部活動にのめり込んだ。

もう会話も無くなって何を考えているのかも関心さえなくなった。

しかし今は僕を含め仕事で金を稼いで大学まで行かせてもらった恩義は忘れていないものの、老人と化したワガママな彼を徐々に尊敬できなくなっている。

そう考えると引退せずに老人になっても次世代のための本を書いたり講演をしたり、会長として会社の運営に関わり続ける人って素晴らしい。

もし日本が近代国家ではなく、縄文時代の暮らしをしていたら酋長レベル。部族の長として重要な決断をする立場である。

しかしサラリーマンで燃え尽きた社会への奉仕の心は、「あれほど働いたんだから、死に際はわがままさせてよ」という何だか人生を諦めているように見える。

彼は彼でそういう人生なので何の文句もないのだが、尊敬していた気持ちは徐々にゼロに近づいて同情に変わりつつある。

それを反面教師に僕が70歳を越えた時のことを考える。孫のいないその世界。

何かしら社会と繋がったまま死んでいきたいと考えている。

例えば「チャレンジってステキな在り方だよ」としみじみ若い人達に伝えているようなサンタクロースみたいな。

自分の趣味もあるけど、週1で学校に通って次世代へのヒントを伝え続けたい。

このブログは恐らく100年後も残っていると考えて、誰かがいつか読んでくれると信じていたりもする。

1人は好きだ。
でも社会と繋がっていないのは悲しい。

わがままで先の短い老人が未来を潰す選挙は目も当てられない。

死に際こそ腹を切って死んでいきたいものである。

その覚悟をどのように育てて行くかが今後の僕の課題だ。

まずはこの後、夏休みのキャンプイベントで小学生達にチャレンジの素晴らしさを伝えてからベトナムで大学生達を勇気付ける。

帰国後は僕自身のチャレンジを見つけて実行する。2018年はそのように過ごしたいと考えている。

世界観一周

2018-08-17 | 雑念
世界観って魅力的です。

誰かの心の中にあるもう一つの宇宙。
それが個人一人一人にもある。
そして縄文人の世界観とか江戸時代の世界観とか、インド人の世界観とかの集団においての世界観も存在する。

不思議な概念だなぁと思う。

僕は世界一周のことを考えていた時に不意に「世界観一周」という言葉が浮かんで、たくさんの人の世界観を探る旅も面白いなぁと考えるようになった。

僕は絵を描くのが好きなので1枚のA4の紙に1人ずつの世界観を描いていく。

楽しそう。

まずは僕自身の世界観を絵に表現してみよう。

今からとりかかるのでいつになるのやら、やらないのか?気が向いたら描き始めてみよう!

誰かに褒められたらまた意欲に火がつくだろ!

そんな火種の話でした。

ちなみに「僕の世界観を絵にして下さい」という人がいたらインタビューさせてもらって後日作品に取り掛かります。

そんなリクエストがあればいいね。