新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

すべてが選挙向け

2010年03月08日 09時50分24秒 | 身辺雑記

 平成22年度予算が、衆院を通過しました。

 参院でどのような展開になろうと、これで新年度の予算は実行に移されます。

 そうなれば議員たちは、参議院選挙に走り出します。

 先日、西部邁氏と宮崎正弘氏の共著による「日米安保50年」を読みました。

 西部氏と言えば、60年安保闘争のころ、東大自治会委員長として闘争に参加した男です。

 彼はこの本の中で、『僕からすれば、子供の面倒くらい子供を生んだ男と女が面倒見やがれと言いたい。それどころか、保育園費も払わず、給食費も払わないでパチンコをやっているような、今の父親、母親の一割か二割か知りませんけど、そんな人間に子供手当てを配ってどうするんだという気持ちが強くあります』、と言っておりました。

 かなり乱暴な論です。

 彼が言いたかったことは、日本人の意識が低くなってしまったのではないか、ということだったようです。

 基本問題を論議せず、給付することで国民の支持を取り付け、選挙を有利に運びたい。

 この考えは、与野党を問わず、議員先生たちの意識に巣くっています。

 だから目先の論議ばかり。国民の気分をよくさせることばかりを言っています。

 日本には政治はない。政局論を政治と思っています。

 領土問題を含めた安全保障。現在から将来に向けた財政問題と成長戦略。少子高齢化問題。教育問題。医療・福祉問題。食糧自給に向けた農漁業の問題。などなど……。

 まだまだ問題は沢山あります。

 選挙戦略でない国家的な戦略を論じてほしい。

 私は政治家に対し、それを希望しております。

 もちろん、その前に、政治家たる資質に欠けている人には、退場してほしい。

 政治を国民の手に戻すため、これは是非とも実行してほしいものです。

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記憶と忘却

2010年03月07日 11時42分23秒 | 身辺雑記

 外山慈比古先生の「忘却の整理学」を読んだ。

 忘れっぽい私にとっては、救われる内容が多かった。

 とは言っても、この話、「老人性の物忘れ」とは異なり、「物覚え」について言っている。

 つまり、「記憶」と「忘却」は呼吸の「呼」と「吸」の関係だと説いている。

 呼吸は吐いてから吸っている。肺の空気を吐いてからでないと、新しい空気は吸えない。

 記憶についても同じで、忘却があるから、記憶することが出来るのだそうだ。

 しかも、記憶は「没個性」だが、忘却は「個性的」とも言っている。

 記憶は選択せずに「記憶」するが、記憶したことを「忘却」するのは、選択して行っているのだと言う。

 何を「記憶」したままにし、何を「忘却」するかは、本人の価値観や好悪や利害などによって選択されている。

 嫌いなものはアッサリと忘れる。これが脳の働きなのだそうだ。

「なるほどなあ」と思ってみたり、「そうかなあ」と訝しんでみたり・・・。

 しかし、おおかたは納得出来た。それに、安心もできた。

 暗記が不得意だったのは、能力というよりも個性だと説いてくれている。

 納得せざるをえない。

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土地所有の怪

2010年03月06日 06時11分13秒 | コラム・エッセー

 民主党幹事長の小沢一郎氏が、名護市辺野古地区からわずか9キロメートルの附近(沖縄県宜野座村)に、約1500坪の土地を持っているそうです。

 資産公開された中に入っておりました。

 その地域は、普天間飛行場移転先に近い地域だとのこと。

 不自然な話だと思いませんか?

 いいえ、資産をどこに持とうが、それは個人の自由です。

 しかし、論議の真っ直中の土地を所有している不自然さを、マスコミが報じない。

 とても不自然に感じます。

 自民党政権時代、自殺者が出るほど追及したマスコミが、どうしたのでしょうか。

 所詮政治家はいい加減です。

 そこを正すのがマスコミではないか。

 そんな風に願望を抱いていた私でした。

 それは幻想でしかなかった。ないものねだりだったのです。 

つまり私がノーテンキだった。

 万事が不思議な世の中です。

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明るい不倫

2010年03月05日 09時40分39秒 | 身辺雑記

 携帯電話が普及してから、不倫がし易くなったのだそうだ。

 これはある月刊誌の受け売りである。

 しかも、従来の「忍ぶ恋」が、「明るい不倫」になったのだそうだ。

 通信手段の変化がもたらした結果と言われている。

 いや、通信手段の変化だけではない。

 女性の意識が変化してきたのかもしれない。

 もちろん、不倫にはリスクも多い。バレたら大きな問題となる。

 その雑誌には、リスクを回避する方法が示されていた。

 妻や夫などにバレないようにする。

 こんなことは当たり前。基本中の基本だ。 問題は、そのためにどうするかが課題だ。

 ① ケイタイをガードすること。

   発信や着信の履歴を、必ず消去すること。

 ② 身近な相手を避けること。

   もともと、そんなことを考えて、不倫をするものか、私には理解が及ばない。 

 ③ 証拠を残さないこと。

 ④ 絶えず、別れる時の作戦を練っておくこと。

 いろいろ考えておかなければならないのだが、②や④を考えていては、なかなか不倫への道は難しい。

 アラフオーやアラフイフ女性が、不倫戦線に積極参画してきているそうだ。

 その方々、ゆめゆめ油断召されぬように。

 昔の「忍ぶ恋」が、今や「明るい不倫」になったというお話でした。

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15年後のSちゃんへ(その8)

2010年03月03日 07時23分00秒 | 身辺雑記

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 今日は平成22年3月3日の雛祭りです。

 15年後のSちゃん、今年のお雛様は、あなたが一人で飾り付けをしたのですか。

 それとも、お父さんと一緒に飾ったのでしょうか。

 例年は、お父さんとお祖母ちゃんが飾っていたのですが、今年は、私たちが手伝わなくとも、すでに出来上がっておりました。

 お祖母ちゃんが腰痛だったので、お父さんが一人で飾ったのでしょうね。

 あなたのお母さんは、初節句の数ヶ月後、病気で亡くなってしまいました。

 だからあなたには、お母さんと一緒の雛祭りが、記憶にないと思います。

 残っている写真では、お父さんとSちゃんの二人が写っています。

 あなたはどの写真でも、ニコニコと「V]サインをしてくれていました。

 もうあなたは20歳。どのようにして写真に写っていますか。

 私が元気なら、当然私はカメラマン。

 90歳を越えたカメラマンなので、きっと頼りなくなっているかもしれません。手が震えて、「手ブレ補正」では間に合わないと思います。

 去年の雛祭りに、私は俳句を詠みました。

    今宵こそ誰(た)ぞであれかし雛の客

「お雛祭の宵であればこそ、幻でいいから、お母さんに来て欲しい」

 そんなつもりの俳句でした。

 今年も詠もうと思ったのです。ところが、一句も詠めませんでした。

 雛祭りの句は、当分の間、私には作れません。

 15年後のSちゃん。この句が、15年前に詠んだ私の俳句です。

 来年になれば、新しい俳句ができるかもしれませんが、今年は、去年詠んだ句を残します。

    今宵こそ誰ぞであれかし雛の客   鵯 一平

       (こよひこそたぞであれかしひなのきゃく)

 15年後、「お祖父ちゃん、どうしてこんな俳句を作ったの?」と、あなたと笑い合えることができるでしょうか。

 今日は15年前の雛祭りでした。

 Sちゃん、15年後のSちゃん。

 思うところがあって、春のお彼岸を最後に、あなたへの手紙は終わりにします。

 その後は、別な形で何かを残します。

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