混乱の元

2012-03-03 11:16:43 | Bicycle
『自転車は誰もが手軽に乗れる乗り物(車両)だ』と言うこと自体が疑問に思えてきた。
国土交通省が募集したパブリックコメント『安全で快適な自転車利用環境の創出に向けた提言(仮称)(案)に関する意見募集について』を考えていて、どこをどうやっても自転車と歩道の関係がスッキリと片付かない…というジレンマがおいらの意識の中で溢れてしまったのだ。

ジレンマの自覚は以前からあった。でも、おいら自身のなかで『そこには触れてはいけない』場所だった…それは、
13 歳未満の子供や 70 歳以上の高齢者が自転車を運転する場合は、歩道通行が認められる。
それ以外の人たちであっても安全確保のためにやむを得ない場合、自転車による歩道通行が認められる。
…という、歩道走行可を規定した項目そのもの。

例えば…路地(生活道路)から大通り(幹線道路)に入る交差点は、基本的に信号が無いと思った方が良い。
ここで言う大通りとは、片側1車線以上のセンターラインがある道路を指すと思ってほしい…基本的に路地側に止まれの標識と停止線。
クルマや単車で大通りに進入する場合、停止線で一時停止して、左右確認の上で右折または左折。大通りに中央分離帯があれば、左右確認の上で左折する。
自転車も車両であるから、これと同じ動作を行えば良いのだ…というのが最もシンプルで当たり前の考え。

そこに来て、歩道走行可が絡むとどうなるのか?…と、考える。
…と、どうしても歩道と横断歩道の関係が顔を出してしまう。

歩道はイロイロな形があって、縁石で括ったものや、植栽・ガードレールで分離したもの…など、形態を数え上げたらキリがない。
一度歩道に上がってしまえば、路地の切れ目や駐車場などの敷地への出入り用に作られた『乗り降りできる場所』まで車道との出入りができないケースが普通に考えられる。

そうすると…路地から大通りに出て右折しようとした場合、歩道走行ならばどうやって走ればいいのか?
額面通りの左側通行で考えた場合、大通りに出て左右確認して左折、歩道を走行して最寄りの横断歩道まで走り、横断歩道を横断して、対向車線側の歩道を戻ってくる…ことになるよね。横断歩道まで行かなければならない理由は、上記の乗り降りできる場所が、道路の両端に向き合った状態であるとは限らないから。横断歩道なら『渡ることができるようになっている』わけだから、確実に車道に降りて反対側の歩道に上がれる。
でも、それはかなり苦痛…だって、進行方向と逆に走らなければいけないのだもの。
『ちょっとくらい』と考えるよね…普通。だから歩道の逆走が発生しやすくなる。

たったひとつの例を考えただけでも、歩道走行しようと思えば『確実に』右側歩道の逆走現象が起こる。
他の例を上げようと思えば、いくらでも出せる。

13 歳未満の子どもで考えた場合…
小学校の交通安全教室で『歩道を走ってね』と教わってさ、中学生になったら『歩道はダメ!車道左側通行!』って、言われるワケ?
最も交通事故を起こしやすい年代で、交通ルールを『ガラリ』と変えるワケ?
歩道の逆走は指導しにくい…普通に歩道を右側通行してきて怒られなかったのに、中学生になって『スパッ!』っと切り替えられるの?
これって、混乱の元なんじゃないの?
年齢で括る例外を用意すれば、例外規定が外れる局面での混乱は否めない。

そこを回避するには例外規定を撤廃するしかない。
小学生でも、お年寄りでも、車道左側通行とする。
それが怖いのならば、それが危ないと思うのならば、自転車に乗ること、乗せること自体に疑問を持つこと。
親が子どもに対して自転車に乗って出かけて良いかの見極めをしなければ…。
自転車の練習も『コマなしの練習で終わり』なのではなく『そこがスタートなのだ』と理解しなければ…。

考えれば考えるほど『一般的に思われている自転車の手軽さ』はなくなり、『移動手段として明確な地位』がふくらむ。
車道を走る車両、その車両を扱う運転者。
オーバーに言えば『自転車に乗るものの覚悟』…なんだろうか。

例外規定の中に抱える矛盾が道路行政を難しくしている。
車両なんだ…と、軸足を変えて動き出しているのに、まだ後脚に歩行者意識の柵を抱えている。

分かってるさ、極論だって。
でも、いくら車両だっていって車道の整備を考えたって、最初に教わる自転車が『歩道を走ってね!』では、いけないのではないか。

『安全をどうとらえるのか』って、難しい。
何を優先して考えるかで 180°方向が変わってしまう。
意見を具申する過程でそんなことを考えた。

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