糸口

2012-03-12 04:26:36 | Bicycle
子どもらの安全を考えた時『自転車 + ヘルメット』は捨てがたい。
『ああだこうだ』と屁理屈を並べていないで、もう一度『正攻法』で子どもらに話してみる。

子を思う親の気持ち…。
自分の家族がどれだけ大切か。
だから諦めない…絶対に。

真剣に話した結果は…
長女…『言っていることは分かる。ヘルメットの効果も分かる。でも「何時も」は被りたくない。』
次女…『(中学生の日常レベルで)遠くに行く時はしょうがない。でも、近くの時は歩くかも。』
ヘルメットの効果は分かっているが、面倒くさいし、カッコ悪い。何時もいつもは…イヤだなぁ。
…そんなところだろうか?

次女は距離での交通手段の『使い分け』を括ってきた。
近い距離は歩く。自転車が必要な時はやむを得ないし、ヘルメットを使う。
スポーツ用の『トゲとげヘルメット』は所有している次女…日常レベルでトゲとげはイヤ。
街乗り用の『デザインヘルメット』なら…しょうがないか…。

長女はシチュエーションで考えた。
オシャレして出かける時は絶対にイヤ。
できるだけ被りたくないが、どうしてもの時はしょうがないか…。

次女の発想は合理的だ。
歩いて5分のコンビニまでなら、自転車を出すより歩いた方が速いかもね。
ヘルメット被ってカギを開けているウチに着いちゃうかも。
大きくなってクルマの免許を持った時に、『近いし、歩こう。』という発想にも繋がる。

長女の発想にも譲歩はある。
例えば通学の時だけ…と限定されたとしても、学生の自転車使用の7割以上は通学だと思っていい。
そこまで使用してくれなくても…持っていることの意味もある。
被るものすらない…のでは、そこから先に進まない。

お互いの立場を考えた時、その辺が解決の糸口なのか?
自転車に乗る時は『何時でも』ヘルメットを着用するのが理想的。
でも、それを強要してみたところで…嫌悪感しか生まれない。

先ず、自分用のヘルメットが手元にある。
そこから始めようか。

YAKKAY は『ハードシェル』…完全ではないが、万が一の防災でも使える。
そういう発想もアリ。

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