■ザ・ボーダー 下 /ドン・ウィンズロウ 2020.2.24
このミステリがすごい! 海外編 3位 『ザ・ボーダー(上・下)』
上に続き、下を一気に読む。 p799
麻薬戦争に様々な人物が登場し死んでいく。
そのひとつひとつが躍動し面白い読み物になっている。
時間を忘れて読みふける。
ニコ・ラミレスは、命からがら生まれ故郷を逃げ出し、新天地での豊かな生活を求めて米国にたどり着いた。だが、そこでの現実は。
正しいことをしたかった。ギャングとは関わりたくなかった。つまるところ、そのためにここまで来たのだ。それでもこれまで生きてきた彼の人生がニコ・ラミレスを現実主義者にする。選択には悪い選択ともっと悪い選択がある。人は生き延びるためにしなければならないことをしなければならない。それがこれまでの人生でニコが学んだことだ。
米国の刑務所の事情もよく分かる。これ以外にも随所で触れられている。
「おれはもうムショには戻りたくない。何があっても絶対に戻りたくない」
刑務所は苦しみの館だ。
壁に口があったら、壁は咆哮するだろう。
シレロはこれ見よがしの同情心を持ち合わせたリベラリストではない。大勢の連中を刑務所送りにしてきただけでなく、それが連中のほとんどにとって当然の報いであることに満足している。なぜなら、大半のお巡りがそうであるように、彼も犯罪の被害者をその眼で見て知っているからだ。彼らの痛みと苦しみを知っているからだ。街場でも緊急治療室でも死体安置所でもじかに眼にして知っているからだ。暴力を受けて消えない傷を負った人々のことも、レイプされた記憶を抱えて生きている女性たちのことも知っているからだ。愛する家族がもう戻ってこないことを自ら被害者の家族に伝えてきたからだ。
痛み、苦しみとはそういうものだ。シレロはそう思う。
そう、壁の内側で苦しんでいるろくでなしどもに同情の余地はない。それでも・・・・・・
ここにいるべきでない者もいる。
この男はアーカンソーでクラックの売買に関与した罪で終身刑三回を食らっている。
「終身刑三回を食らっている。」とは、これは宗教観の違いでしょうか。 ぼくには、とっても面白く感じる。
苦しめ。苦しめ。天国でか、地獄でか。とにかく苦しめということか。
ギャングの世界だけでなく。 生きるということの意味も。
悪魔は両手いっぱいに贈りものを携えてやってくる。悪を正当化できるよう“より大きな善”という選択肢を与えるのだ。ケラーは思う。おれもまたそうした取引をしてきた。一度ならず何度も。それは実にうまいやり方だ。
リックは父親が伝えようとしていたこと、無理にでも自分にやらせようとしていたこと----妻と子どもともっと一緒に過ごすこと----をやっと理解する。ふたりとの時間のためなら、なんでも差し出そう。リックはそう思う。時間は永遠にあると思っていた。明日やればいいと。もうそれはできない。
もう手遅れだ。
イバンはリックに少し時間を与える。
「女を用意してある」とイバンが言う。「最後のファックもさせずに男を見送るなんてな。そんなのはおれじゃない」
「この世の善は聖人が成し遂げるんじゃない。妥協を知る人間が精一杯のことをして成し遂げるんだ」
ふたりは別々の方向に歩き去る。
ジャクソンはその場にくずおれて泣く。
身も世もなく泣きじゃくる。
彼は生まれて初めて絶望の真の意味を知る。
絶望とは希望の完全喪失もしくは不在のことだ。
「“死こそがわれらの生きた証しとなる”」
生き抜くために。
「あら、自分は何も答えないくせに質問だけはするのね。言ったでしょ、情報源の名前は明かせないって」
そう言いながらも、アナは確かな手ごたえを得ている。質問というのはしばしば答えと同じくらい多くを明らかにしてしまう。
哀れにも酒を飲んで泣いている。自分のことをそう思う。
一杯目は心を宥める。
二敗目は感情を麻痺させる。
三敗目になると、自分への問いかけが始まる。
「この世において何かひとつでも確かなことがあるって素敵じゃないか、ええ?」
あえて作者自身の言葉を確認せずに書くが、もしトランプが大統領に就任しなければ『ザ・ボーダー』が生を受けることはなかったか、..........(巻末解説 杉江松恋)
まさか自分の国があんな男に投票するとは。あんな人種差別主義のファシストの悪党に。大言壮語のナルシストのペテン師に。女性を公然と侮辱し、障害者を笑いものし、独裁者どもにすり寄るような男に。
正真正銘の大嘘つきに。
もちろん、実態はもっとひどい。
「税制改革も? 移民問題も? 壁も?」
「デニソンのクソ野郎が嫌いなのはおれも同じだ」とオブライエンは言う。「とはいえ、やつの言うことがすべて的はずれというわけでもない。それに、きみにしてもあの連中を敵にまわしたくないだろう」
『 ザ・ボーダー 上 /ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳/ハーバーBOOKS 』
このミステリがすごい! 海外編 3位 『ザ・ボーダー(上・下)』
上に続き、下を一気に読む。 p799
麻薬戦争に様々な人物が登場し死んでいく。
そのひとつひとつが躍動し面白い読み物になっている。
時間を忘れて読みふける。
ニコ・ラミレスは、命からがら生まれ故郷を逃げ出し、新天地での豊かな生活を求めて米国にたどり着いた。だが、そこでの現実は。
正しいことをしたかった。ギャングとは関わりたくなかった。つまるところ、そのためにここまで来たのだ。それでもこれまで生きてきた彼の人生がニコ・ラミレスを現実主義者にする。選択には悪い選択ともっと悪い選択がある。人は生き延びるためにしなければならないことをしなければならない。それがこれまでの人生でニコが学んだことだ。
米国の刑務所の事情もよく分かる。これ以外にも随所で触れられている。
「おれはもうムショには戻りたくない。何があっても絶対に戻りたくない」
刑務所は苦しみの館だ。
壁に口があったら、壁は咆哮するだろう。
シレロはこれ見よがしの同情心を持ち合わせたリベラリストではない。大勢の連中を刑務所送りにしてきただけでなく、それが連中のほとんどにとって当然の報いであることに満足している。なぜなら、大半のお巡りがそうであるように、彼も犯罪の被害者をその眼で見て知っているからだ。彼らの痛みと苦しみを知っているからだ。街場でも緊急治療室でも死体安置所でもじかに眼にして知っているからだ。暴力を受けて消えない傷を負った人々のことも、レイプされた記憶を抱えて生きている女性たちのことも知っているからだ。愛する家族がもう戻ってこないことを自ら被害者の家族に伝えてきたからだ。
痛み、苦しみとはそういうものだ。シレロはそう思う。
そう、壁の内側で苦しんでいるろくでなしどもに同情の余地はない。それでも・・・・・・
ここにいるべきでない者もいる。
この男はアーカンソーでクラックの売買に関与した罪で終身刑三回を食らっている。
「終身刑三回を食らっている。」とは、これは宗教観の違いでしょうか。 ぼくには、とっても面白く感じる。
苦しめ。苦しめ。天国でか、地獄でか。とにかく苦しめということか。
ギャングの世界だけでなく。 生きるということの意味も。
悪魔は両手いっぱいに贈りものを携えてやってくる。悪を正当化できるよう“より大きな善”という選択肢を与えるのだ。ケラーは思う。おれもまたそうした取引をしてきた。一度ならず何度も。それは実にうまいやり方だ。
リックは父親が伝えようとしていたこと、無理にでも自分にやらせようとしていたこと----妻と子どもともっと一緒に過ごすこと----をやっと理解する。ふたりとの時間のためなら、なんでも差し出そう。リックはそう思う。時間は永遠にあると思っていた。明日やればいいと。もうそれはできない。
もう手遅れだ。
イバンはリックに少し時間を与える。
「女を用意してある」とイバンが言う。「最後のファックもさせずに男を見送るなんてな。そんなのはおれじゃない」
「この世の善は聖人が成し遂げるんじゃない。妥協を知る人間が精一杯のことをして成し遂げるんだ」
ふたりは別々の方向に歩き去る。
ジャクソンはその場にくずおれて泣く。
身も世もなく泣きじゃくる。
彼は生まれて初めて絶望の真の意味を知る。
絶望とは希望の完全喪失もしくは不在のことだ。
「“死こそがわれらの生きた証しとなる”」
生き抜くために。
「あら、自分は何も答えないくせに質問だけはするのね。言ったでしょ、情報源の名前は明かせないって」
そう言いながらも、アナは確かな手ごたえを得ている。質問というのはしばしば答えと同じくらい多くを明らかにしてしまう。
哀れにも酒を飲んで泣いている。自分のことをそう思う。
一杯目は心を宥める。
二敗目は感情を麻痺させる。
三敗目になると、自分への問いかけが始まる。
「この世において何かひとつでも確かなことがあるって素敵じゃないか、ええ?」
あえて作者自身の言葉を確認せずに書くが、もしトランプが大統領に就任しなければ『ザ・ボーダー』が生を受けることはなかったか、..........(巻末解説 杉江松恋)
まさか自分の国があんな男に投票するとは。あんな人種差別主義のファシストの悪党に。大言壮語のナルシストのペテン師に。女性を公然と侮辱し、障害者を笑いものし、独裁者どもにすり寄るような男に。
正真正銘の大嘘つきに。
もちろん、実態はもっとひどい。
「税制改革も? 移民問題も? 壁も?」
「デニソンのクソ野郎が嫌いなのはおれも同じだ」とオブライエンは言う。「とはいえ、やつの言うことがすべて的はずれというわけでもない。それに、きみにしてもあの連中を敵にまわしたくないだろう」
『 ザ・ボーダー 上 /ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳/ハーバーBOOKS 』