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化けもの 南町奉行所吟味方秘聞/藤田芳康

2023年12月18日 | もう一冊読んでみた
化けもの 2023.12.18

 恋に狂って何が悪い
 恋に狂ったことが一度もないなんて、何て淋しい一生なのでしょう

藤田芳康さんの『化けもの 南町奉行所吟味方秘聞』を読みました。
面白い時代ミステリです。

所々でもらされる、独白が伏線になっています。
化けもの」は、一体誰なのでしょうか。

 「そちは一体誰を殺そうとした? 討つべき敵は何者であったのか?」
 「敵は、化けものでございます」
 「化けもの?」
 「はい。わたしが殺したいのは、化けものでございます」
 お絹の声が響いたとたん、誰もが言葉を失った。
 「アホかいな。何が化けもんや」
 清三郎は呆れたような声で叫んだ。
 「相手はヤマタノオロチか鞍馬の大天狗か、まさか桃太郎の鬼退治やあるまいしなあ」
 今や白洲は笑いの渦に巻き込まれている。同心や小者たちまで腹をゆすって哄笑していた。
 「黙れ、清三郎。余計なことを申すでない」
 近藤はいつになく冷静さを失っていた。剽軽者の冗舌に対して怒るというよりも、己の動揺を懸命に押し隠そうとしているかのようだ。


 「ほかの島娘が潮汲女になったところで何のお咎めもないというのに、どうしてわたしが菊次郎さんを好きになったら罪になるのでしょう。流人だって人間です。もし人が人を恋することが罪であるのなら、この世の者すべてが罪人ということになってしまいます。世間の人たちからすれば菊次郎さんやわたしは道を外れたふしだらな人間、ただ狂っているとしか思えないのかもしれません。だけど、狂っていて何が悪いのですか。何が困るのですか。恋をすれば、人は狂うのです。狂うような恋をしたことがない者には、それがちっともわからない。そういう人はきっと心が石なのです。心が石だから恋をしても狂わずにいられる。恋に狂ったことが一度もないなんて、何て淋しい一生なのでしょう
 恋に狂って何が悪い----お絹の熱弁に一同は圧倒された。
 桃井も気圧されたかのように無言のままでいる。




 桃井を仰ぎ見る与力や同心たちのまなざしには尊敬と羨望の念が込められている。
 わずか二百石の旗本から三千石を食む町奉行にまでのし上がった桃井のことを今太閤のように崇めているのだ。


 「あの日とは、どの日だ? いつのことか?」
 近藤が訊くと、お絹は懐かしむように微笑んだ。
 「忘れもしません。あれは今から一年近く前の三月十日----海風が吹きつける、まだ肌寒い朝のことでした。うちの近くの神湊の入り江に、待ちに待った春船が着いたのです」
 「春船とは流人船のことだな?
 「そうです。八丈の春は春船に乗ってやって来るといわれています。」


 「喧嘩口論はならぬ。盗みや狼藉はもってのほか。抜け舟は断じて許さん。地役人から島の掟を教えられて各自の名前の下に爪印を押したあとには、ただ一言----以後は『当人勝手次第に渡世すべき事』。
 好きに生きてゆけというより、勝手に死ねと突き放されたようなものなのです」


   『 化けもの 南町奉行所吟味方秘聞/藤田芳康/河出文庫 』



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