■陽炎の市 241021
ドン・ウィンズロウのギャング・ノワール三部作
『業火の市』
『陽炎の市』
『終の市』
主人公ダニー・ライアンの一生を逆にたどるのも一興と思い第三部から読み始めました。
第3部と第1部を読み終えて、第2部の『陽炎の市』も読み終えました。
戦争のきっかけはひとりの女だ。
クリス・パルンボはむずかしい問題に直面していた。
ドミンゴ・アバルカの組織から四十キロのヘロインを仕入れる取引きをまとめ、ピーター・モレッティとニューイングランドのマフィアの半数にその費用を出資させ、ダニー・ライアンとアイルランド系の連中にヘロインを略奪させた。
全員を手玉に取る。いかにもクリス・パルンボのやりそうなことだった。
まず、ダニー・ライアンを言いくるめてアイルランド系マフィアにヘロインを強奪させる。強奪させたそのヘロインをFBIのシャーディンと組んで持ち逃げし、ピーターに一泡吹かせる。ピーターは出資した者たちに金を返せず、その責めを負う。
そうやってピーターを玉座から引きずり下ろし、自分がその後釜に坐る。それがクリスの算段だった。
ピーターがへまをするたびに尻拭いする役目にはほとほとうんざりしていたのだ。ピーターに分けまえを上納するのにも、弟のボーリーがしくじって後始末をさせられるのにも。
計画は無残にも失敗に終わった。
クリスはダニー・ライアンが隠し持っている十キロを奪う手筈になっていた。ところが、ダニーはここぞとぱかりに度胸を見せ、家族を殺すと脅してクリスを退けた。まあいい、十キロは失ったかもしれない。かなりの量だが、致命的ではない。なのにジャーディンまでもが殺された。
あの身のほど知らずのクソ野郎。
結局、クリスの手にはいるはずだったヘロインはすべて失われた。過去の不徳を済算しようという目論見はジャーディンの死とともに消え去った。おまけに、ヘロイン強奪の件でピーターが彼を疑っているのはまちがいない。血眼になって行方を捜しているだろう。
権謀術数に長けたクリス・パルンボはこの上なくシンプルな解決策を選んだ。
逃げた。
ピーターが死刑宣告を出したからといって、のこのこ出ていって刑を執行させることはない。
そういうことはおれ抜きでやってくれ。
昔はこんなじゃなかった。といっても、そう遠い昔じゃない。ほんの数年まえまで、パムは彼がこれまで出会った中で誰より美しい女だった。彼だけでなく、世界じゅうの男が出会った中で誰より美しい女だった。
そもそもそれが一連の悪夢の始まりだった。ポーリーが絶世の美女を連れていることにリアム・マーフィが嫉妬し、酔いも手伝って、ビーチでのパーティのあと彼女に手を出そうとした。ポーリーとピーターとサルはリアムをぼこぽこに叩きのめした。すると、パムは瀕死のアイルランド野郎を病院に見舞い、あろうことか、ポーリーを捨ててリアムになびいてしまったのだ。
そこからすべてが始まった。歯止めが利かなくなった。
何人の死体が転がった? 何度葬式がおこなわれた?
やがて、クリスがアイルランド側にわざと麻薬を略奪させるという妙案を思いついた。
その結果、今に至る。アイルランド系組織は壊滅し、ニューイングランドはイタリア系のものになった。そうしてポーリーはパムを取り返した。しかし、取り返すだけの価値があったのか?
「麻薬にはもう手を出さない」とダニーは言う。
「そこが今回の件のいいところだ」とハリスは請け合う。「麻薬には手を触れない。奪うのは現金だけだ。ついでに麻薬の運び屋にも痛手を負わせられる。きみは国のために奉仕できる」
ダニーは言う。「おれは堅気になりたいんだ」
「最後に一仕事するだけで、新しい人生が手にはいる」
「それと同じことを最後におれに言ったのは誰だと思う?」とダニーは言う。「リアム・マーフイだ。悪いが、おれは手伝えない」
「きみひとりの問題じゃない」とハリスはさらに言う。「モネタはきみの友達のジミーも刑務所にぶち込むつもりだ。ショーン・サウスも、ケヴィン・クームズも、バーニー・ヒューズも、ネッド・イーガンも。全貝捕まる。親父さんも刑務所送りになって、そこで死ぬことになる。連邦刑務所。最重警備刑務所、超重警備のペリカンベイ。FBIはできるだけひどい場所に送ろうとするだろう」
「おれがノーと言ったら」とダニーは言う。「あんたはその手助けをする側にまわる」
「そういうことだ」
ダニーは一瞬考えをめぐらせてから言う。「捕まらないほうに賭ける」
「そんなことはできやしない」とハリスは言う。「きみのことは詳しく調べた。イエス・キリストを気取って。”打てるものならおれに釘を打て”とは言えても、友達や家族まで十字架に磔にされるのには耐えられない」
彼の言うことは正しい、とダニーは思う。
「もしやるなら」とダニーは言う。「おれだけでなく、仲間と家族の安全も保証してもらいたい」
「約束する」
『 陽炎の市/ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳/ハーパーBOOKS 』
ドン・ウィンズロウのギャング・ノワール三部作
『業火の市』
『陽炎の市』
『終の市』
主人公ダニー・ライアンの一生を逆にたどるのも一興と思い第三部から読み始めました。
第3部と第1部を読み終えて、第2部の『陽炎の市』も読み終えました。
戦争のきっかけはひとりの女だ。
クリス・パルンボはむずかしい問題に直面していた。
ドミンゴ・アバルカの組織から四十キロのヘロインを仕入れる取引きをまとめ、ピーター・モレッティとニューイングランドのマフィアの半数にその費用を出資させ、ダニー・ライアンとアイルランド系の連中にヘロインを略奪させた。
全員を手玉に取る。いかにもクリス・パルンボのやりそうなことだった。
まず、ダニー・ライアンを言いくるめてアイルランド系マフィアにヘロインを強奪させる。強奪させたそのヘロインをFBIのシャーディンと組んで持ち逃げし、ピーターに一泡吹かせる。ピーターは出資した者たちに金を返せず、その責めを負う。
そうやってピーターを玉座から引きずり下ろし、自分がその後釜に坐る。それがクリスの算段だった。
ピーターがへまをするたびに尻拭いする役目にはほとほとうんざりしていたのだ。ピーターに分けまえを上納するのにも、弟のボーリーがしくじって後始末をさせられるのにも。
計画は無残にも失敗に終わった。
クリスはダニー・ライアンが隠し持っている十キロを奪う手筈になっていた。ところが、ダニーはここぞとぱかりに度胸を見せ、家族を殺すと脅してクリスを退けた。まあいい、十キロは失ったかもしれない。かなりの量だが、致命的ではない。なのにジャーディンまでもが殺された。
あの身のほど知らずのクソ野郎。
結局、クリスの手にはいるはずだったヘロインはすべて失われた。過去の不徳を済算しようという目論見はジャーディンの死とともに消え去った。おまけに、ヘロイン強奪の件でピーターが彼を疑っているのはまちがいない。血眼になって行方を捜しているだろう。
権謀術数に長けたクリス・パルンボはこの上なくシンプルな解決策を選んだ。
逃げた。
ピーターが死刑宣告を出したからといって、のこのこ出ていって刑を執行させることはない。
そういうことはおれ抜きでやってくれ。
昔はこんなじゃなかった。といっても、そう遠い昔じゃない。ほんの数年まえまで、パムは彼がこれまで出会った中で誰より美しい女だった。彼だけでなく、世界じゅうの男が出会った中で誰より美しい女だった。
そもそもそれが一連の悪夢の始まりだった。ポーリーが絶世の美女を連れていることにリアム・マーフィが嫉妬し、酔いも手伝って、ビーチでのパーティのあと彼女に手を出そうとした。ポーリーとピーターとサルはリアムをぼこぽこに叩きのめした。すると、パムは瀕死のアイルランド野郎を病院に見舞い、あろうことか、ポーリーを捨ててリアムになびいてしまったのだ。
そこからすべてが始まった。歯止めが利かなくなった。
何人の死体が転がった? 何度葬式がおこなわれた?
やがて、クリスがアイルランド側にわざと麻薬を略奪させるという妙案を思いついた。
その結果、今に至る。アイルランド系組織は壊滅し、ニューイングランドはイタリア系のものになった。そうしてポーリーはパムを取り返した。しかし、取り返すだけの価値があったのか?
「麻薬にはもう手を出さない」とダニーは言う。
「そこが今回の件のいいところだ」とハリスは請け合う。「麻薬には手を触れない。奪うのは現金だけだ。ついでに麻薬の運び屋にも痛手を負わせられる。きみは国のために奉仕できる」
ダニーは言う。「おれは堅気になりたいんだ」
「最後に一仕事するだけで、新しい人生が手にはいる」
「それと同じことを最後におれに言ったのは誰だと思う?」とダニーは言う。「リアム・マーフイだ。悪いが、おれは手伝えない」
「きみひとりの問題じゃない」とハリスはさらに言う。「モネタはきみの友達のジミーも刑務所にぶち込むつもりだ。ショーン・サウスも、ケヴィン・クームズも、バーニー・ヒューズも、ネッド・イーガンも。全貝捕まる。親父さんも刑務所送りになって、そこで死ぬことになる。連邦刑務所。最重警備刑務所、超重警備のペリカンベイ。FBIはできるだけひどい場所に送ろうとするだろう」
「おれがノーと言ったら」とダニーは言う。「あんたはその手助けをする側にまわる」
「そういうことだ」
ダニーは一瞬考えをめぐらせてから言う。「捕まらないほうに賭ける」
「そんなことはできやしない」とハリスは言う。「きみのことは詳しく調べた。イエス・キリストを気取って。”打てるものならおれに釘を打て”とは言えても、友達や家族まで十字架に磔にされるのには耐えられない」
彼の言うことは正しい、とダニーは思う。
「もしやるなら」とダニーは言う。「おれだけでなく、仲間と家族の安全も保証してもらいたい」
「約束する」
『 陽炎の市/ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳/ハーパーBOOKS 』
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