素材表紙は
湯弐さんからお借りしました。
「天上の愛地上の恋」「薔薇王の葬列」二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
両性具有・男性妊娠設定ありです、苦手な方はご注意ください。
二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。
そう言ってリヒャルトを迎えたハイリンヒの部屋は、美しい調度品や家具で飾られており、部屋の中央には真紅のチンツ張りのソファが置かれてあった。
「ハイリンヒ様にはご機嫌麗しく・・」
「そんな堅苦しい挨拶はしないで!それに僕を“様”づけで呼ぶのを止めて。僕は、君と友達になりたいんだ!」
「俺と、友達に?ですが、俺は平民で・・」
「友達になるのに、身分なんて関係ないよ!ねぇ、ここに一緒に座って、お互いの事を話そうよ!」
「は、はい・・」
ハイリンヒに勧められ、リヒャルトは恐る恐るソファの上に座った。
そこはふわふわで座り心地が良く、こんな高価なソファに座る事も、見た事もリヒャルトは今まで一度もなかった。
「君は、あの子・・アルフレートって言ったっけ?あの子と一緒の村出身なの?」
「はい。俺は赤ん坊の時に親から捨てられて、村の神父様が俺の事を育ててくださいました。アルフレートと俺は幼馴染で、アルフレートの両親には彼らが流行病で亡くなるまで、彼らは俺の事を本当の子供のように接してくれました。でも、小さい貧しい村で、俺達のような育ち盛りの子供二人を抱えた神父様の心情を慮ると、俺達はウィーンへ来て良かったのだと・・」
「そう、君は色々と辛い目に遭ったんだね。リヒャルト、僕の事を何不自由なく育った、甘えん坊の貴族の子と思っているの?」
「それは・・」
「そう思ってもいいよ。でも僕は、この国の皇太子でありながら病弱で、勉強もスポーツもゲームも、弟のルドルフと違って何も出来ないんだ。だからゾフィーお祖母様も、お父様もルドルフの方ばかり可愛がるんだ・・」
そう言ったハイリンヒの蒼い瞳が、涙で潤んでいる事にリヒャルトは気づいた。
「ごめんね、暗い話をしちゃって。ねぇ、リヒャルトは何が得意なの?僕は絵を描いたり、物語を書いたりするのが好きなんだ。」
ハイリンヒはソファから立ち上がると、窓際に置かれている机の上から一冊のスケッチブックを取った。
「見ても、宜しいでしょうか?」
「うん、いいよ。」
リヒャルトがスケッチブックを開くと、そこにはシュタルンベルク湖の美しい青と翠が鮮やかに描かれ、その中央に白い犬と戯れているハイリンヒの姿が描かれていた。
「とてもお上手ですね。」
「ありがとう。」
「俺は刺繍や裁縫、それに料理をするのが好きで、良く村の子供達からはそんな女みたいな事をするなと揶揄われました。でも教会には女手が居なかったので、俺が神父様の代わりに家事をこなすしかなかったんです。」
「そうなんだ。ねぇリヒャルト、君はお菓子も作れるの?」
「はい。何度か村の教会の集まりでパイを焼いたことがあって、それが村の大人達に喜ばれた事があります。」
「そうなんだ!じゃぁ今度、君が作ったパイが食べたいな!」
「はい・・」
屈託なく笑うハイリンヒの姿を見たリヒャルトは、彼の笑顔に孤独だった心が少し癒された。
「ハイリンヒ様、もうすぐラテン語の授業ですよ。」
「わかったよ。じゃぁまた後でね、リヒャルト!」
「ではこれで失礼いたします、ハイリンヒ様。」
ラテン語教師と入れ違いにハイリンヒの部屋から出たリヒャルトは、パイのレシピを調べる為、ホーフブルク宮殿内にある王宮図書館へと向かった。
そこは約740万冊もの蔵書を収蔵し、尚且つ美しい天井のフレスコ画や、大理石の彫像に囲まれた世界で一番美しい図書館と謳われている場所であった。
広大な図書館内で何とか自力で菓子作りの本を何冊か持って来たリヒャルトがそれに目を通そうと長テーブルの前に腰を下ろした時、丁度マイヤー司祭の手伝いを終えたばかりのアルフレートが図書館に入って来た。
「アルフレート、もうマイヤー司祭の手伝いは終わったのか?」
「うん。リヒャルト、どうしてお菓子作りの本を読んでいるの?」
「先ほどハイリンヒ様にお会いして、菓子作りが得意だと言ったら、今度俺のパイを食べたいとおっしゃったから、今色々とパイのレシピをこの本から調べている所なんだ。」
「ハイリンヒ様はルドルフ様と同じ顔をしていらっしゃるけれど、ハイリンヒ様の方がルドルフ様よりもお優しそうだね。」
「そういえば、お前はルドルフ様の遊び相手として暮らしているんだったな。ルドルフ様はどんな性格をされているんだ?」
「う~ん、気難しい性格をしていらっしゃるし、僕より3つも年下の割には陛下と政治のお話なんかをされているよ。どうしてそんな事が知りたいの、リヒャルト?」
「いや、ハイリンヒ様の弟君だから、少し知りたくてな。それにしても、貴族の生活というのは堅苦しいことだらけだな。故郷には余りいい思い出は全くないが、時々のどかな時間が流れるあそこへ戻りたい。あそこなら、人の顔色を窺ったり、口煩い女官達に監視されたりする事もないからな。」
「そうだね・・でも、ここでなら多くの事が学べる。父さんが昔、言っていたよ、“金銀財宝は人に奪われるが、学んだことは決して奪われない。何よりもそれはお前自身の財産となる”って。」
「お前の父さん達は、村でつまはじきにされていた俺に唯一優しくしてくれた。俺がお前とここで多くの事を学び、それを身に付ける姿を天国から二人が見守ってくださるのかもしれないな。」
「そうだね。これからお互いに頑張ろう、リヒャルト。」
「ああ。」
リヒャルトとアルフレートが誓いの握手を交わしたとき、図書館に皇妃付きの女官が入って来た。
「二人とも、ここに居たのですね。わたくしと共について来なさい、皇妃様があなた方をお呼びですよ。」
「は、はい!」
「わかりました、すぐに参ります。」
女官と共に二人が向かったのは、皇帝一家が集まっている部屋だった。
「皇妃様、二人をお連れ致しました。」
「ご苦労様、アデーレ。」
「皇妃様、ご機嫌麗しく・・」
皇妃の玲瓏な声が頭上から響いて来たので、アルフレートは慌てて彼女にそう挨拶すると、彼女は鈴を転がすかのような声で笑った。
「まぁ、そんな堅苦しい挨拶など要らないわ、同じバイエルン出身ではないの。さぁ、顔を上げなさい、二人とも。」
「はい・・」
アルフレートとリヒャルトが恐る恐る俯いていた顔を上げると、そこには欧州随一の美女と謳われた、オーストリア=ハンガリー帝国皇妃・エリザベートの姿があった。
「貴方達が、ルドルフとハイリンヒがわざわざバイエルンから連れて来たお友達ね?」
「はい、皇妃様。僕はアルフレート=フェリックスといいます。こちらは、僕の友人のリヒャルトです。」
「初めまして皇妃様、リヒャルト=プレトリウスと申します、以後お見知りおきを。」
「リヒャルト、貴方左右の瞳の色が違うのね?前髪で隠している左目を少しわたしに見せて頂戴。」
「はい・・」
リヒャルトがいつも前髪で隠している左目をエリザベートに見せると、彼女はほぅっと感嘆の溜息を吐いた。
「綺麗な銀色ね。まるで美しく磨き上げられたダイヤモンドみたいだわ。」
「有り難き幸せにございます、皇妃様。」
「そうだわ、この子は末っ子のマリア=ヴァレリーよ。この子達とも仲良くしてあげてね。」
そう言うとエリザベートは、揺り籠の中で眠っている赤ん坊を二人に見せた。
「皇妃様、もうお発ちになりませんと。」
「ええ、わかったわ。フランツ、わたしはこれからハンガリーへと向かうから、子供達の事を宜しくお願いしますわね。」
「シシィ、もう行ってしまうのかい?」
「そんなに寂しがらないでくださいな。一度ゲデレーにいらして。ジゼル、ルドルフ達の事を頼むわね。」
「はい、お母様。」
「お母様、僕もゲデレーに行っては駄目ですか?」
「まぁハイリンヒ、我儘を言ってはいけないわ。今度沢山貴方にお土産を買って来てあげるから、先生達の言う事を良く聞きなさいね。」
「わかりました、お気をつけて、お母様。」
ハイリンヒとルドルフ、そして双子の姉である皇女・ジゼルとエリザベートはそれぞれ別れの抱擁を交わした後、アルフレートの額にキスをして彼にこう言った。
「メルクへ行って沢山お勉強をしていらっしゃい、アルフレート、リヒャルト。わたしは貴方のような賢い子は大好きよ。」
エリザベートが去った後、ルドルフが憎悪の眼差しをアルフレートに向けている事にリヒャルトは気づいた。
アルフレートが突然外へと飛び出して行ったルドルフの後を慌てて追った姿を見たリヒャルトは、庭園で二人が言い争っている姿を見た。
激昂したルドルフが、手に持っていた乗馬用の鞭でアルフレートの頬を強かに打った。
「君はとっくに僕の共犯者だ!」
そうアルフレートに言い放ったルドルフの美しい顔は、涙に濡れていた。
「アルフレート、大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・」
「マイヤー司祭様の所へ一緒に行こう。傷の手当てをしないと。」
マイヤー司祭の元へアルフレートをリヒャルトが連れて行くと、マイヤー司祭から傷の手当てを受けたアルフレートが突然泣き出した。
「どうしたんだ、アルフレート?そんなに傷が痛むのかね?」
左頬にガーゼと絆創膏を貼られても、アルフレートの美貌はそれで衰えることはなかった。
「アルフレート、傷は大丈夫なの?」
「はい、ジゼル様。ただマイヤー司祭様から、傷跡が残ると言われました。」
「まぁ、そんな綺麗な顔をしているのに可哀想だわ。ルドルフを後できつく叱ってやらないと。」
その日、ルドルフの姿を二人は見ることはなかった。
それから暫く経ち、イシュルへと向かう皇帝一家と共に、二人もイシュルへと向かった。
夕食後、ルドルフがアルフレートを連れて外出したのを見送ったリヒャルトが厨房で作ったパイを持ってハイリンヒの部屋へと向かい、ドアをノックすると、中からハイリンヒの愛犬が爪でドアを引っ掻く音が聞こえて来た。
「ハイリンヒ様?」
嫌な予感がしてドアを開けて部屋の中に入ると、そこには寝台で横たわり、じっと発作に耐えているハイリンヒの姿があった。
「今、人を呼びます。」
「やめて、呼ばないで・・誰にも、こんな姿を見せたくないんだ。お願いだから、放っておいて・・」
「わかりました。では俺が、あなた様の手を一晩中握ってあなた様のお傍に居ます。」
リヒャルトはそう言うと、ハイリンヒの手を優しく握った。
「有難うリヒャルト、君は僕の天使だ。」
「朝になったら、一緒にパイを食べましょうね、ハイリンヒ様。それまで、ゆっくりと休んでください。」
その夜は一晩中、リヒャルトとハイリンヒは互いの手を握り合ったまま眠った。