BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

黒衣の聖母 3

2025年01月09日 | 薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説「黒衣の聖母」

素材表紙は湯弐さんからお借りしました。

「天上の愛地上の恋」「薔薇王の葬列」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。


「ハイリンヒ様、おはようございます。」
「ハイリンヒ様、お召し替えをなさいませんと。」
翌朝、女官達がそう言いながらハイリンヒの部屋に入ると、そこには寝台の上で互いの手を握り合いながら眠っているリヒャルトとハイリンヒの姿があった。
「リヒャルト、一緒に朝ご飯食べようよ!」
「いいえ、俺は・・」
「ハイリンヒ様がそう仰っておられるのですから、遠慮するものではありませんよ。」
「は、はい・・」
ハンガリー人の女官からそう言われ、リヒャルトはその日の朝からハイリンヒと食事を共にするようになった。
「ねぇ、リヒャルトはどうして左右の目の色が違うの?」
「これは生まれつきなので、何故左右の目の色が違うのかは俺にもわかりません。それよりもあの白い犬は・・」
「あの子、犬じゃなくて狼なんだ。昔ここへ来た時、森で怪我をして倒れているのを見つけて世話をしていたら、いつの間にか僕に懐いちゃったんだ。」
「そうなのですか。名前はお付けになられたのですか?」
「ううん、まだ付けていないんだ。これといった名前が思い浮かばなくて。リヒャルト、僕と一緒にこの子の名前を考えてくれない?」
「わかりました。」
リヒャルトがそう言った時、窓の外から賑やかな笑い声が聞えて来た。
ふと窓の外を見ると、邸宅の中庭ではルドルフとアルフレートが、ルドルフの愛犬・アレクサンダーと戯れていた。
「どうやら仲直りできたようですね、あの二人。」
「そうだね。」
イシュルで休暇を過ごした皇帝一家は、王宮があるウィーンへと戻った。
「リヒャルト、どうしてもメルクに行っちゃうの?」
「休暇の時には必ずこちらへ帰って来ますから、どうか聞き分けてください。」
「嫌だよ、ずっと一緒に居たのに、独りぼっちになるなんて耐えられないよ!」
「ハイリンヒ様・・」
リヒャルトとアルフレートがメルクへと発つ前日の夜、ハイリンヒはリヒャルトに駄々を捏ね、リヒャルトを困らせた。
「俺がメルクに行っても、アマリリスが居るでしょう?」
「そうだけど、アマリリスは言葉が話せないよ。ねぇ、毎日僕に手紙をくれる?」
「ええ、毎日手紙を書きますよ。だから、俺のメルク行きを許していただけますね?」
「わかったよ・・」
リヒャルトはそう言ってハイリンヒと毎日手紙を出すという約束をかわし、リヒャルトはアルフレートと共にメルクへと向かった。
メルクでの集団生活は厳格な規則などがあり、最初は慣れなかったものの、それぞれ友人ができ、二人は次第にメルクでの生活に慣れていった。
「それ、ハイリンヒ様への手紙かい?」
「ああ。毎日手紙を出さないとハイリンヒ様は駄々を捏ねてしまわれるから・・」
リヒャルトが図書館でハイリンヒへの手紙をしたためていると、そこへ友人のマリウスがやって来た。
「そういえばさっき、君の幼馴染も手紙を書いていたよ。きっとその相手はルドルフ様だと思うなぁ。」
「どうして、そう思うんだ?」
「だってあいつ、ルドルフ様の話ばかりするんだもの。まるで恋人の話をしているかのようだったぜ、あいつ。」
「恋人、ねぇ・・」

一時期険悪な関係だったルドルフとアルフレートだったが、最近二人は毎日手紙のやり取りをしたりしている。

「それで、お前はハイリンヒ様とどういう関係なんだ?」
「別に、ただの友人同士だが・・」
「嘘つけ。ハイリンヒ様への手紙を書いている時のお前の顔、まるで恋人へ向けて手紙を書いているような顔だったぜ。」
「そんな・・」

リヒャルトは友人からそんな指摘を受けて頬を赤く染めながら、ハイリンヒ宛の手紙を封筒に入れた。

「アマリリス、リヒャルトから手紙が届いたよ!」
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黒衣の聖母 2

2025年01月09日 | 薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説「黒衣の聖母」

素材表紙は湯弐さんからお借りしました。

「天上の愛地上の恋」「薔薇王の葬列」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

両性具有・男性妊娠設定ありです、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。


そう言ってリヒャルトを迎えたハイリンヒの部屋は、美しい調度品や家具で飾られており、部屋の中央には真紅のチンツ張りのソファが置かれてあった。

「ハイリンヒ様にはご機嫌麗しく・・」
「そんな堅苦しい挨拶はしないで!それに僕を“様”づけで呼ぶのを止めて。僕は、君と友達になりたいんだ!」
「俺と、友達に?ですが、俺は平民で・・」
「友達になるのに、身分なんて関係ないよ!ねぇ、ここに一緒に座って、お互いの事を話そうよ!」
「は、はい・・」
ハイリンヒに勧められ、リヒャルトは恐る恐るソファの上に座った。
そこはふわふわで座り心地が良く、こんな高価なソファに座る事も、見た事もリヒャルトは今まで一度もなかった。
「君は、あの子・・アルフレートって言ったっけ?あの子と一緒の村出身なの?」
「はい。俺は赤ん坊の時に親から捨てられて、村の神父様が俺の事を育ててくださいました。アルフレートと俺は幼馴染で、アルフレートの両親には彼らが流行病で亡くなるまで、彼らは俺の事を本当の子供のように接してくれました。でも、小さい貧しい村で、俺達のような育ち盛りの子供二人を抱えた神父様の心情を慮ると、俺達はウィーンへ来て良かったのだと・・」
「そう、君は色々と辛い目に遭ったんだね。リヒャルト、僕の事を何不自由なく育った、甘えん坊の貴族の子と思っているの?」
「それは・・」
「そう思ってもいいよ。でも僕は、この国の皇太子でありながら病弱で、勉強もスポーツもゲームも、弟のルドルフと違って何も出来ないんだ。だからゾフィーお祖母様も、お父様もルドルフの方ばかり可愛がるんだ・・」
そう言ったハイリンヒの蒼い瞳が、涙で潤んでいる事にリヒャルトは気づいた。
「ごめんね、暗い話をしちゃって。ねぇ、リヒャルトは何が得意なの?僕は絵を描いたり、物語を書いたりするのが好きなんだ。」
ハイリンヒはソファから立ち上がると、窓際に置かれている机の上から一冊のスケッチブックを取った。
「見ても、宜しいでしょうか?」
「うん、いいよ。」
リヒャルトがスケッチブックを開くと、そこにはシュタルンベルク湖の美しい青と翠が鮮やかに描かれ、その中央に白い犬と戯れているハイリンヒの姿が描かれていた。
「とてもお上手ですね。」
「ありがとう。」
「俺は刺繍や裁縫、それに料理をするのが好きで、良く村の子供達からはそんな女みたいな事をするなと揶揄われました。でも教会には女手が居なかったので、俺が神父様の代わりに家事をこなすしかなかったんです。」
「そうなんだ。ねぇリヒャルト、君はお菓子も作れるの?」
「はい。何度か村の教会の集まりでパイを焼いたことがあって、それが村の大人達に喜ばれた事があります。」
「そうなんだ!じゃぁ今度、君が作ったパイが食べたいな!」
「はい・・」
屈託なく笑うハイリンヒの姿を見たリヒャルトは、彼の笑顔に孤独だった心が少し癒された。
「ハイリンヒ様、もうすぐラテン語の授業ですよ。」
「わかったよ。じゃぁまた後でね、リヒャルト!」
「ではこれで失礼いたします、ハイリンヒ様。」
ラテン語教師と入れ違いにハイリンヒの部屋から出たリヒャルトは、パイのレシピを調べる為、ホーフブルク宮殿内にある王宮図書館へと向かった。
そこは約740万冊もの蔵書を収蔵し、尚且つ美しい天井のフレスコ画や、大理石の彫像に囲まれた世界で一番美しい図書館と謳われている場所であった。
広大な図書館内で何とか自力で菓子作りの本を何冊か持って来たリヒャルトがそれに目を通そうと長テーブルの前に腰を下ろした時、丁度マイヤー司祭の手伝いを終えたばかりのアルフレートが図書館に入って来た。
「アルフレート、もうマイヤー司祭の手伝いは終わったのか?」
「うん。リヒャルト、どうしてお菓子作りの本を読んでいるの?」
「先ほどハイリンヒ様にお会いして、菓子作りが得意だと言ったら、今度俺のパイを食べたいとおっしゃったから、今色々とパイのレシピをこの本から調べている所なんだ。」
「ハイリンヒ様はルドルフ様と同じ顔をしていらっしゃるけれど、ハイリンヒ様の方がルドルフ様よりもお優しそうだね。」
「そういえば、お前はルドルフ様の遊び相手として暮らしているんだったな。ルドルフ様はどんな性格をされているんだ?」
「う~ん、気難しい性格をしていらっしゃるし、僕より3つも年下の割には陛下と政治のお話なんかをされているよ。どうしてそんな事が知りたいの、リヒャルト?」
「いや、ハイリンヒ様の弟君だから、少し知りたくてな。それにしても、貴族の生活というのは堅苦しいことだらけだな。故郷には余りいい思い出は全くないが、時々のどかな時間が流れるあそこへ戻りたい。あそこなら、人の顔色を窺ったり、口煩い女官達に監視されたりする事もないからな。」
「そうだね・・でも、ここでなら多くの事が学べる。父さんが昔、言っていたよ、“金銀財宝は人に奪われるが、学んだことは決して奪われない。何よりもそれはお前自身の財産となる”って。」
「お前の父さん達は、村でつまはじきにされていた俺に唯一優しくしてくれた。俺がお前とここで多くの事を学び、それを身に付ける姿を天国から二人が見守ってくださるのかもしれないな。」
「そうだね。これからお互いに頑張ろう、リヒャルト。」
「ああ。」
リヒャルトとアルフレートが誓いの握手を交わしたとき、図書館に皇妃付きの女官が入って来た。
「二人とも、ここに居たのですね。わたくしと共について来なさい、皇妃様があなた方をお呼びですよ。」
「は、はい!」
「わかりました、すぐに参ります。」
女官と共に二人が向かったのは、皇帝一家が集まっている部屋だった。
「皇妃様、二人をお連れ致しました。」
「ご苦労様、アデーレ。」
「皇妃様、ご機嫌麗しく・・」
皇妃の玲瓏な声が頭上から響いて来たので、アルフレートは慌てて彼女にそう挨拶すると、彼女は鈴を転がすかのような声で笑った。
「まぁ、そんな堅苦しい挨拶など要らないわ、同じバイエルン出身ではないの。さぁ、顔を上げなさい、二人とも。」
「はい・・」
アルフレートとリヒャルトが恐る恐る俯いていた顔を上げると、そこには欧州随一の美女と謳われた、オーストリア=ハンガリー帝国皇妃・エリザベートの姿があった。
「貴方達が、ルドルフとハイリンヒがわざわざバイエルンから連れて来たお友達ね?」
「はい、皇妃様。僕はアルフレート=フェリックスといいます。こちらは、僕の友人のリヒャルトです。」
「初めまして皇妃様、リヒャルト=プレトリウスと申します、以後お見知りおきを。」
「リヒャルト、貴方左右の瞳の色が違うのね?前髪で隠している左目を少しわたしに見せて頂戴。」
「はい・・」
リヒャルトがいつも前髪で隠している左目をエリザベートに見せると、彼女はほぅっと感嘆の溜息を吐いた。
「綺麗な銀色ね。まるで美しく磨き上げられたダイヤモンドみたいだわ。」
「有り難き幸せにございます、皇妃様。」
「そうだわ、この子は末っ子のマリア=ヴァレリーよ。この子達とも仲良くしてあげてね。」
そう言うとエリザベートは、揺り籠の中で眠っている赤ん坊を二人に見せた。
「皇妃様、もうお発ちになりませんと。」
「ええ、わかったわ。フランツ、わたしはこれからハンガリーへと向かうから、子供達の事を宜しくお願いしますわね。」
「シシィ、もう行ってしまうのかい?」
「そんなに寂しがらないでくださいな。一度ゲデレーにいらして。ジゼル、ルドルフ達の事を頼むわね。」
「はい、お母様。」
「お母様、僕もゲデレーに行っては駄目ですか?」
「まぁハイリンヒ、我儘を言ってはいけないわ。今度沢山貴方にお土産を買って来てあげるから、先生達の言う事を良く聞きなさいね。」
「わかりました、お気をつけて、お母様。」
ハイリンヒとルドルフ、そして双子の姉である皇女・ジゼルとエリザベートはそれぞれ別れの抱擁を交わした後、アルフレートの額にキスをして彼にこう言った。
「メルクへ行って沢山お勉強をしていらっしゃい、アルフレート、リヒャルト。わたしは貴方のような賢い子は大好きよ。」
エリザベートが去った後、ルドルフが憎悪の眼差しをアルフレートに向けている事にリヒャルトは気づいた。
アルフレートが突然外へと飛び出して行ったルドルフの後を慌てて追った姿を見たリヒャルトは、庭園で二人が言い争っている姿を見た。
激昂したルドルフが、手に持っていた乗馬用の鞭でアルフレートの頬を強かに打った。
「君はとっくに僕の共犯者だ!」
そうアルフレートに言い放ったルドルフの美しい顔は、涙に濡れていた。
「アルフレート、大丈夫か?」
「うん、大丈夫・・」
「マイヤー司祭様の所へ一緒に行こう。傷の手当てをしないと。」
マイヤー司祭の元へアルフレートをリヒャルトが連れて行くと、マイヤー司祭から傷の手当てを受けたアルフレートが突然泣き出した。
「どうしたんだ、アルフレート?そんなに傷が痛むのかね?」
左頬にガーゼと絆創膏を貼られても、アルフレートの美貌はそれで衰えることはなかった。
「アルフレート、傷は大丈夫なの?」
「はい、ジゼル様。ただマイヤー司祭様から、傷跡が残ると言われました。」
「まぁ、そんな綺麗な顔をしているのに可哀想だわ。ルドルフを後できつく叱ってやらないと。」
その日、ルドルフの姿を二人は見ることはなかった。
それから暫く経ち、イシュルへと向かう皇帝一家と共に、二人もイシュルへと向かった。
夕食後、ルドルフがアルフレートを連れて外出したのを見送ったリヒャルトが厨房で作ったパイを持ってハイリンヒの部屋へと向かい、ドアをノックすると、中からハイリンヒの愛犬が爪でドアを引っ掻く音が聞こえて来た。
「ハイリンヒ様?」
嫌な予感がしてドアを開けて部屋の中に入ると、そこには寝台で横たわり、じっと発作に耐えているハイリンヒの姿があった。
「今、人を呼びます。」
「やめて、呼ばないで・・誰にも、こんな姿を見せたくないんだ。お願いだから、放っておいて・・」
「わかりました。では俺が、あなた様の手を一晩中握ってあなた様のお傍に居ます。」
リヒャルトはそう言うと、ハイリンヒの手を優しく握った。
「有難うリヒャルト、君は僕の天使だ。」
「朝になったら、一緒にパイを食べましょうね、ハイリンヒ様。それまで、ゆっくりと休んでください。」

その夜は一晩中、リヒャルトとハイリンヒは互いの手を握り合ったまま眠った。
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黒衣の聖母 1

2025年01月09日 | 薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説「黒衣の聖母」

素材表紙は湯弐さんからお借りしました。

「天上の愛地上の恋」「薔薇王の葬列」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

両性具有・男性妊娠設定ありです、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

1855年10月2日、バイエルン王国、シュタルンベルク湖畔の小さな村で、黒髪に黒と銀の瞳を持った赤子が生まれた。
その赤子は男女両方の性器を持つ、所謂両性具有者だった。
赤子の両親はほどなくして流行病に罹りこの世を去り、残された赤子はリヒャルトと名付けられ、教会へと預けられた。
その赤子の誕生から数年後の1858年8月21日、オーストリア・ウィーン郊外にあるラクセンブルク宮殿にて、欧州随一の美女と謳われたフランツ=カール=ヨーゼフ一世の后・エリザベートは待望の皇太子であるハイリンヒとその弟・ルドルフを出産した。
だが二人の皇子達は生後間もなくエリザベートの手から、彼女の姑に当たるゾフィー大公妃によって取り上げられた。
金髪碧眼である二人の皇子達の性格は全く正反対だった。
兄のハイリンヒは争いを嫌い、信心深い性格だったが、対して弟のルドルフは先進的な考えを持ち、9歳の子供でありながらも己の意見を教師達に理路整然と主張し、6ヶ国語を流暢に操ることが出来た。
そんな優秀な弟と、病弱で臆病なハイリンヒは常に周囲から比較されながら育った所為か、いつしか彼は心を病んでいった。

(お父様もお母様も、ルドルフだけが可愛いんだ。僕は、要らない子なんだ・・)

夏の避暑に皇帝一家がこの村を訪れると知った村人達は、皇帝一家を手厚くもてなす為に慌ただしく動き始めた。
そんな中、12歳となったリヒャルトは、農作業で掻いた汗を洗い流す為、シュタルンベルク湖で水浴びをしていた。
ここは余り人が近寄らず、リヒャルトにとって唯一の憩いの場だった。
村の大人達や、自分の養い親である教会の神父は自分によくしてくれているが、一部の心無い者達が自分の事を「悪魔」と呼んでいる事を、リヒャルトは知っていた。
そして、小さな村の教会が二人の育ち盛りの孤児を育てる金銭的余裕がない事も。
「リヒャルト、ここに居たんだね。」
「誰かと思ったら、アルフレートか。」
湖畔の方から声がしてリヒャルトがそちらの方を向くと、そこには自分と一日違いで生まれた黒髪に翡翠の瞳を持った村の天使・アルフレート=フェリックスが立っていた。
悪魔と罵られる自分とは対照的に、アルフレートはその清らかな心と容貌故に天使と村人達から呼ばれ、可愛がられていた。
そんなアルフレートの両目蓋の下が少し腫れている事に気づいたリヒャルトは、彼が神父の話を聞いてしまったのだと勘で解った。
「僕達はこれからどうなってしまうんだろう?神様はどうして、僕達を大人にしてくれないんだろう?」
「そんな下らない事を考えても無駄だ。」
水浴びを終えたリヒャルトが、そう言いながら持って来た布で濡れた髪と身体を拭いていると、不意に向こうから一発の銃声が聞こえた。
「何だろう、僕ちょっと見て来るよ。」
「おい、待て!」
アルフレートを慌てて止めようとしたリヒャルトだったが、自分が裸である事に気づき、慌てて初潮を迎えた後微かに膨らみ始めた乳房を隠す為、晒しを胸に巻き付けた。
その時、白い毛皮の塊のようなものが自分に突進してきたので、リヒャルトはそれを避ける間もなく全裸のまま草むらの上に倒れてしまった。
「エドワード、ステイ!」
甲高い変声期前の少年の声が頭上から聞こえ、その直後金色の髪を揺らしながら仕立ての良い服を着た貴族の子息と思しき少年が現れた。
「ごめんね、怪我はなかった?」
少年は蒼い瞳でリヒャルトを見つめながらそう言ってゆっくりとリヒャルトの方へと近づいて来た。
「来るな!」
リヒャルトは布で全身を覆い隠し、少年が何処かへ立ち去ってくれるのを望みながら、ゆっくりと目を閉じた。
だが再びリヒャルトが目を開けると、そこには先ほどの少年と、彼の従者と思しき軍服姿の男が立っていた。
「近くの村の子供でしょう。おい貴様、名を何という?」
「リヒャルトだ。俺に用がないのなら早くここから立ち去れ。」
「こいつ、生意気な!」
男はリヒャルトを睨みつけ、手袋を嵌めた手でその頬を張った。
「やめて、僕がエドワードを見ていなかったから悪いんだ!その子に乱暴しないで!」
「ですが、ハイリンヒ様・・」
男が少年の言葉を聞いてリヒャルトと彼を交互に見ていた時、銃声が聞こえていた方向からアルフレートの声と、もう一人の少年と思しき泣き声が聞こえた。
「お前も服を着て我々と一緒に来い。」
リヒャルトが服を着て男達と一緒にアルフレートが居る場所へと向かうと、そこにはアルフレートと泣き声の主である少年が、彼の乳母と侍女と思しき数人の女性達に囲まれ、一人の男と対峙していた。
「伯爵は、突然僕の前でピストルを咥えて・・そのまま、引き金を・・アルフレート、君も彼が自殺するところを見たよね!?」
「伯爵は敬虔なカトリックだ、自殺なんてあり得ない!」
「いい加減にしてください、ゴンドレクールト大佐!ルドルフ様はショックを受けておられるのですよ!」
女性達の一人がそう声を上げて男を睨みつけると、彼は少し怯んだ様子でそのまま黙り込んでしまった。
「はい、僕は見ました・・」
アルフレートの言葉を聞いたリヒャルトが、ふと女性達の腕に抱かれている少年の顔を見ると、彼はリヒャルトに気づき、微かに口元を歪めて笑った。
「さぁ、ルドルフ様を早くお連れしなければなりませんわ。」
「ハイリンヒ様、こちらへ!」

突然自分達の前に現われた少年達の正体を、アルフレートとリヒャルトが数日後に知ることになったのは、彼らが暮らす教会の前に一台の壮麗な馬車が停まり、その中から軍服姿の男が降りて来た時だった。

「アルフレート=フェリックス様、リヒャルト=プレトリウス様、ハイリンヒ様と、ルドルフ皇太子様の命により、お二人をお迎えに参りました。」

馬車に乗せられ、美しい館にある一室へと通された二人を出迎えたのは、寝台の上で本を読んでいるルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ=フォン=オーストリア、オーストリア=ハンガリー帝国皇太子その人だった。

「ねぇアルフレート、伯爵は何故自殺したと思う?」
「それは、僕にはわかりません。ですが自ら命を絶つことを、神様はお許しにはなりません。」
「はは、神様ねぇ・・ねぇアルフレート、神様は嘘を吐く事もお許しにならないんじゃないかい?」
そう言ってアルフレートを見つめるルドルフの目は、冷たかった。
「失礼します・・僕、もう帰らないと。リヒャルト、行こう。」
「誰が勝手に帰っていいと言った?君達は僕達と一緒にウィーンへ行くんだ。」
「何故、俺もお前達と一緒に行かなくてはならないんだ?」
「兄上がお前に興味を持っている。安心しろ、お前達には僕達の方から口煩い大人達に釘を刺しておく。これから味気ない宮廷での日々が楽しくなりそうだな、アレクサンダー?」
ルドルフはそう言って自分の胸元へと乗ってきた黒い犬の頭を撫でた。
こうしてアルフレートとリヒャルトは、ルドルフ達と共に故郷の村を離れ、ウィーンへと向かう事になった。
「君達の事は、きっと神様が守ってくださる。だから何も心配せずにウィーンへ行きなさい。」
「はい、神父様。」
「リヒャルト、ウィーンへ行ったら毎日手紙を頂戴ね。」
「わかった。」
「アルフレート、わたしにも手紙を頂戴ね、約束よ!」

二人は教会の前で幼馴染のローザとアンとそれぞれ別れの抱擁を交わし、故郷の村を後にした。

バイエルンから遠く離れたウィーンの街は喧騒に満ちた、美しい都だった。

その中心部に立つ白亜の宮殿・ホーフブルク宮殿で皇帝夫妻と二人の皇子達と彼らの姉であるジゼル皇女と暮らすことになったアルフレートとリヒャルトは、アウグスティーナ教会の司祭であるマイヤー司祭の下、互いに切磋琢磨し合いながら勉学に励む日々を送った。

「リヒャルト、ハイリンヒ様がお呼びだ。」
「わかりました。」

宮廷での暮らしに漸く二人が馴染めてきたある日の事、王宮図書館で本を読んでいたリヒャルトは、あの湖で起きた事件から二週間ぶりにルドルフ皇太子の兄であるハイリンヒと再会した。

「やっと会えたね、リヒャルト!」
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