徒然幸せ日記

作者が日常の生活で見たこと、感じたこと、感動したこと!を書いています。
特に、「幸せ」とは何かについて考えています。

後醍醐天皇は魂の政治家?!

2017-09-21 15:12:04 | ひと
後醍醐天皇「闘う覇王~未完に終わった“建武の新政”」


昨日、NHKの歴史秘話ヒストリアで後醍醐天皇のことを取り上げていたが、その内容はオンデマンドでも見てもらうしかないが、別の番組のものがyoutubeにあがっていたので、共有させていただくことにした。
なお、後醍醐天皇の生涯がどうだったかは、詳しくはウィキペディア等をご覧下さい。
以下は私の感想のみ書かせていただきます。

NHKの番組でもそうだったが、この後醍醐天皇という人物は本当に神がかり的な存在である。
それまで、鎌倉幕府という武家社会が続いていたのにこの人が31歳という若さで1318年に天皇になってから弘法大師(空海)の力を借りてお宝を作り出し、そのパワーで鎌倉幕府を打倒していくのである。

途中、幕府に知られて、笠置山(京都府)へ逃げたり、隠岐の島へ島流しにあったりしながらでも、決して、あきらめることはない。

そして、ついに、楠木正成、新田義貞、足利尊氏らの力を借りて、1333年に鎌倉幕府を打倒するのである。まさに、神がかり。

そして、始めたのが、「建武の新政」。天皇中心の政権を作り、武士を統治しようとするが、時代に合わずに3年後には九州に追いやった足利尊氏に京都を奪われ、いったん比叡山へ逃げ延びるがつかまり、京都に幽閉されることになる。

しかし、それでも、女装して吉野山に逃げて、南朝を作り、南北朝時代を作る。最後は吉野山で亡くなる。
生涯天皇中心の政治をしようとしたことが後に評価され、明治維新時、幕府に対向する中心人物に天皇が復権する道筋がついたということだった。

ああ、なんというエネルギー。ふつう、どこかであきらめようとするが、そうしたことがない。
youtubeでは途中で楠木正成の進言もあり、足利尊氏と「和睦」する道もあったが、あえてしなかったと言っていたが、そうした妥協がない人だった。

時代がうまくあっていたといえばそうだが、時代にあっていなかったといえばそうでもある。
非常に不思議な存在感のある天皇であった。

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