早朝から町内の新年御祈祷に参じました。
今年は初詣をしていなかったので、これが初詣にもなりました。
早い時間であり、1月も中旬ですので、参拝する人の姿はまばらでした。訪れるのは祈祷を受ける人々にほぼ限定されていました。
御祈祷の前に個人的に参拝を済ませました。地方の神社にありがちな八百万の神々が散りばめられた配置なので、一周するには結構時間を要します。
御祈祷が始まる前にそそくさとお参りを済ませました。
岡山藩による新田開発の際、児島湾を大規模に干拓して耕地に転換する大規模な工事は幾度も自然の前に挫折しかけました。それを龍神の怒りととらえて、怒りを鎮めるために人柱になった一人の女性、名を「きた」といったそうな。龍神の怒りは収まり、工事は完成を見て、広大な「沖新田」が誕生しました。元禄の頃の話ですから、真偽を詳らかにするには資料が不足していますが、伝説の「きた」を祀ったのがこの「おきた神社」、転じて現在は「沖田神社」と呼ばれます。
岡南大橋のたもとに立つ津田永忠の銅像が指さす方向は何を示しているのか? それは伝説というよりも歴史のロマンですね。
今年も皆様に幸多かれと祈ります。