何年か前、廃墟を趣味とする人たちの間で、話題になった研究所の廃墟があった。ウイルス等の研究を行っていた巨大な施設で、実験器具等が残され、そっくりそのまま廃墟になっているというのだ。
12/29/2020
廃墟マニアの私もずっと気になっていたが、しばらくして、運良くそこを管理されている方と連絡を取ることができた。
【画像】実験室には大量の薬品瓶が…元研究所“ヤバい廃墟”の写真を見る(33枚)
思い切って内部を見学させてほしいとお願いすると、「機器や薬品を持ち出したり壊したりしなければどうぞ」というお返事をいただき、早速現地に向かった。
実験をしていた瞬間に時が止まったような……
高額な機器がそのまま残っていた
第一印象は、とにかくデカい。一見しっかりと施錠されているが、開いている場所を事前に聞いていたので、そこから内部へ入ることができた。非常に立派な建物だが、中は完全に廃墟の状態になっていた。天井板が落ちて配線がぶら下がっているのは、金属泥棒にやられた跡だろう。
廊下から室内を覗くと、実験室には多くの機材が残されていた。三角フラスコやピンセットなどが整然と並び、ガラス瓶やマイクロチューブには、何やら液体が入っている。実験をしていたその瞬間に、突然時が止まってしまったかのようだ。
複数の階にかけて多くの実験室があるので、一つずつ見て回った。私は普段、工業薬品を研究する仕事をしているので、つい設備や器具が気になってしまう。自動分注機や電子顕微鏡など、高額な機器もそのまま残っていた。今となっては使用できない状態になっていて、どうしても勿体ないなぁと感じてしまう。
動物用の薬品を作っていた実験室
建物内には動物実験を行うためか、手術室もあった。ここでは主に、家畜やペットなど、動物用の薬品を研究・製造していたようだ。ウイルスや細菌の研究も行っていたようで、入口にエアシャワーが設けられている実験室や、バイオハザードマークが掲示された実験室もあった。
ちなみにバイオハザードマークは、生物災害を起こしかねない場所に掲示される。廃墟でこれを見るとは何とも恐ろしいが、管理者さんの話によると、危険なウイルスや試薬は全て処分済みだという。それでも、紙製の箱やファイルだけを狙ったかのように、黒カビがビッシリと生えている光景を見ると、とても不安な気持ちになる。強烈な異臭を発している保管庫もあり、慎重に探索した。
覗いてみると……
廃墟マニアの多くは、こうした研究設備を見ることに喜びを感じる。見た目がカッコよくて、写真も映えるからだ。探索を進め、上階へと向かう。これまで見ていた下階には実験室が並んでいたが、上階は事務室や物置になっていた。
事務机が並び、棚には多くの書類が残されているが、これでは写真映えしない。この建物に来て、事務室をじっくり探索する廃墟マニアは少ないだろう。しかし、私は廃墟に来ると、どうしても書類が気になってしまう。時として、その建物の来歴が記された文章が残っていたりするからだ。
廃墟と化した建物を観察し、建物の構造や設備、そして書類などの残置物から当時の姿を想像する時間は、とても楽しいのだ。
管理者さんからは「物を持ち出したり壊したりしないこと」と言われている。そもそも、廃墟では自分が訪れたことの一切の痕跡を残さないのが、私のなかでのルールだ。それを守りながら、現場に残された書類を観察していく。
放置されていた“抗議文や告訴状”
その部屋には経理に関する事務書類のほか、会社案内といった当時を知るための手がかりも残されていた。気になったのは、抗議や訴訟に関する書類だった。この会社の業務について、複数の研究者や専門家から「おかしいのではないか」との指摘を受けていたようで、その都度、相手方に抗議文を送ったり、訴訟を起こしたりしていたようだ。詳細は割愛するが、色々と揉め事の多い会社だという印象を受けた。
これまでの探索で、どのような業務を行っていた会社か、だいたい分かってきた。業務のなかで、鳥インフルエンザなどの高病原性ウイルスを扱い、動物実験も行っていたようだ。また、残置物の多さが、ある日突然閉業したことを物語っており、何らかの問題を抱えていたことを窺わせる。
最後に残った部屋に入ると、ここにも少量ながら書類が残されていた。この部屋には土地の権利書など、会社にとって重要な書類が置かれていた。会社には重要でも、私のような探索者にとっては、それほど面白いものではない。少し拍子抜けしたが、ふと、ある議事録が目に留まった。
ヤバすぎる会話が記録された文字起こし
いや、正確には議事録とも呼べないような代物だった。どこかの飲み屋で話した内容をそのまま文字起こししただけで、50ページ以上はあるだろうか。出席者5名は、全員が動物薬品や養鶏の関係者だ。
「ビールだけじゃなくて、お酒もあるんですよ。」 「そんならビールで。」 「焼酎のお湯割り。」 「灰皿もらったら?」
そんなやり取りが2ページ目まで続いている。飲み会の会話を書いただけの文書。これは下らないが、面白い。アルコールが入ると、後半にはますます酷いことになるに違いないと期待し、読み進めていく。
しかし、3ページ目をめくったところで、話は突然とんでもない方向に向かい、私は一瞬で真顔になった。
「茨城のワクチンていうのは、打ったやつね。作ったんですか?」 「作ったんですよ。日本で。茨城で。」 「ウイルスはどこから持ってきたんですか?」
「香港。」
「それはもう隠して持ってきています」
どうやら、2005年に茨城県で発生した鳥インフルエンザについて話しているようだ。厚生労働省の発表では、原因として野鳥が運んだという説と、人為的に持ち込まれた説が有力視されていたが、いまだ解明されていない。一方、ワクチンとは、ウイルスを無毒化または弱毒化したものから製造されるので、そもそもウイルスがないと作ることができない――。
そして発言者の一人は「ウイルスを香港から日本に持ち込んできた」と述べているのだ。 「それはもう隠して持ってきています。」 「あ、輸入手続きやってない。」 「やってない、ポケットに入れて持ってきてるだけやから。」 「それはできますわ。」
これは、とんでもない話になった。高病原性のウイルスを、一切の手続きを行わずに海外から日本に持ち込んだというのだ。しかし、これはあくまでも廃墟に落ちていた真偽不明な書き起こしに過ぎない。廃墟になった後に外部の人間がいたずらで持ち込んだ可能性ももちろんある。だが、その前提で読んでいても、とても興味深い。
この後は、県警が家宅捜索しても証拠が出なかった理由などを、皆であれこれ話している。雑談を挟みつつも、関係者の会話は弾み、生ワクチン(ウイルスそのものの毒性を弱くしたもののこと。これを打つことにより感染してしまうリスクがあるため、そもそも鳥インフルエンザに関して生ワクチンは日本で承認されていない)を打って感染した鶏を、大型焼却炉をいくつも用意して木だと偽って燃やしたとか、ゴルフ場に埋めたとか、とんでもなくヤバい会話が続く。
なぜこんな文書が落ちているのか?
「ゴルフ場に穴掘って埋めたんよ。約30万羽ぐらい埋めたんじゃないか?」 「カントリーの運営者は何も言わんのですか。」 「そこを買うたから。」
未承認の生ワクチンを鶏に打ったら鳥インフルエンザに罹ってしまい、ゴルフ場を買って30万羽を埋めたというのだ。くどいようだが、あくまでも廃墟に放置されていた真偽不明の文書だ。これが彼らの会話の、本当の文字起こしだったとしても、内容自体が酔っ払いの他愛のない想像に過ぎないのかもしれない。
しかし、こうしたヤバい内容が文書化されていることも、ちょっと引っかかる。おそらく、参加者に内緒で会話を録音し、文字起こしされたものだろう。そこにも闇を感じる――。
この探索で出会った“廃墟に落ちていた文書”は非常に衝撃的で、様々な想像が膨んでしまった。このあとも、刺激的な内容がたくさん書かれており、結局、最後まで読んでしまった。こうして深い闇の深淵を覗いた気持ちになれるのも、廃墟の魅力……なのかもしれない。 撮影=鹿取茂雄