【ナゾロジー】線虫は「粒子」で記憶を他の個体に転送していたと明らかに(Cell)
哺乳類の胎盤獲得のように、進化においてウイルスはある生命体から別の生命体に情報を運ぶ役割をする、生命体全員が共有する、遺伝情報の銀行のような役割を果たしていることが明らかになってきました。
2021/09/08(水) 21:18:46.
線虫は「粒子」で記憶を他の個体に転送していたと明らかに
記憶を転送するメカニズムが確認されました。
8月6日、アメリカのプリンストン大学の研究者たちにより『Cell』に掲載された論文によれば、線虫において、ある個体が学習した記憶が、他個体へ転送されるメカニズムを発見したとのこと。
また受け取られた記憶は4世代に渡って子孫にも遺伝することも判明。
線虫の世界では、記憶は個体ら個体への水平伝播と、親から子への垂直伝播が同時に行われているそうです。
論文が掲載された『Cell』は生物学における最も権威ある学術誌であり、信ぴょう性は確かなようです。
しかし線虫たちは、いったいどんな仕組みで記憶を転送し合っていたのでしょうか?
結論から言えば、記憶はウイルスのようなタンパク質の殻とRNAを含む粒子によって運ばれていました。
(※今回の発見は科学的な意味が非常に大きいため、記事の最後には論文に書かれている「概要」に基づいた内容を付け加えておきました)
目次
- 他者へと記憶を運ぶ物質が存在する
- 記憶はウイルスにソックリな粒子によって運ばれていた
- 学習記憶の水平伝播は種を超えるのだろうか?
- 論文の冒頭部分をご紹介(意訳)
他者へと記憶を運ぶ物質が存在する
他者へと記憶を運ぶ物質が存在する / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
古い生物の教科書には、親の経験は子どもに遺伝しないと書かれています。
しかし近年の生物学の進歩により、マウスなどでは親が受けたストレスが子どものストレス耐性を弱めるといった、経験の遺伝が起きることが明らかになってきました。
慢性社会的敗北ストレスは父マウスから子へ「精子にのって遺伝する」と明らかに
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一方で、親子関係ではない他者への「記憶転送」に関しては、最近になるまでフィクションの領域にあるとの考えが主流でした。
しかし記憶の転送を示す証拠は一部の研究者たちによって古くから報告され続けていました。
例えば1959年にプラナリアを切断する実験では、頭部を含まないパーツから再生された個体も、切断前の記憶を引き継いでいることが示されています。
また2018年に行われた研究では、学習を終えたウミウシの中枢神経から抽出したRNAを、別のウミウシに注射したところ、記憶も移ることが示されました。
まるでSFの世界。ウミウシ間で「記憶の移植」に成功
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そこで今回、プリンストン大学の研究者たちは線虫を用いて、個体から個体への記憶転送が起きているか、また起きていた場合にはどのようなメカニズムなのかを調べることにしました。
線虫は長年にわたって実験生物として扱われていたため、ショウジョウバエやマウスと同じく、地球上で最も解明が進んだ生物の1つとなっており、記憶転送を解明するモデル生物として最適です。
早速、研究者たちは線虫に「緑膿菌」という菌を与えて学習を行わせました。
緑膿菌は線虫が好むような物質を分泌していますが、食べてしまうと線虫は病気になってしまいます。
そのため緑膿菌を食べて苦しんだ経験のある線虫は、次回以降は緑膿菌を避ける「学習記憶」を持つようになります。
学習を行った線虫の体内では記憶の伝達物質が作られる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
次に研究者たちは学習を終えた線虫を破砕し、破砕液をまだ緑膿菌を食べたことのない線虫たちに注入しました。
すると驚くべきことに、破砕液を与えられた線虫もまた、緑膿菌を避けるようになっていました。
さらに、転送された記憶は受け取った線虫の4世代後の子孫にも受け継がれていることが判明。
この結果は、線虫において個体間の記憶転送が起きているだけでなく、受け取った記憶が親から子への遺伝していることも示します。
そうなると気になってくるのが、記憶転送を担っている物質の存在です。
線虫たちの記憶は、どんな物質によって転送されていたのでしょうか?
記憶はウイルスにソックリな粒子によって運ばれていた
破砕液の中にはウイルスに似た粒子が含まれており、記憶の転送をになっていた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
線虫たちの学習記憶は何によって運ばれたのか?
謎を解明するため研究者たちは、破砕液を遠心分離機を使って密度別に分類し、記憶転送が行われる区画を探索しました。
すると、特定の区画を加えたときのみ記憶転送が再現されることが判明。
区画の分析を続けたところ、大きさが90nmほどの粒子が特定されました。
またその粒子は外部がタンパク質で覆われており、内部には遺伝物質になりえるRNAを含む、ウイルスのような構造をもつことも判明します。
さらに研究者たちの1人が、このウイルスのような構造が、線虫のDNAに潜む「レトロトランスポゾンのCer1」が作る粒子に非常に類似していることに気付きました。
レトロトランスポゾンとはDNAに含まれる「特定パターンの繰り返し配列」であり、DNAの内部を勝手に飛び回りながら増殖するというウイルスに似た遺伝要素を持つ、非生命・非ウイルスの配列情報です。
またレトロトランスポゾンの中には、タンパク質の殻を作って内部に遺伝情報を封入し、他の細胞へ遺伝情報を侵入させるといった、よりウイルス的な性質を持つものも知られています。
そこで研究者たちはDNAから「Cer1」を取り除いた線虫を用意し、同じような緑膿菌を用いた学習を行わせた後に、破砕して他の線虫にふりかけました。
結果、記憶転送だけでなく子孫への記憶遺伝も起こらなくなっていることが判明します。
この結果は、トランスポゾン「Cer1」が作るウイルス様粒子が、線虫における記憶の水平伝播(個体から個体)だけでなく、垂直伝播(親から子)にもかかわっていることを示します。
学習記憶の水平伝播は種を超えるのだろうか?
線虫は本来ならば害になるトランスポゾンを記憶の転送に利用している / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
今回の研究により、線虫における個体間の記憶転送が、ウイルス様粒子に依存していることが示されました。
研究者たちはウイルス様粒子の内部に含まれるRNAが、記憶の情報(緑膿菌を食べたらダメ)を持っている可能性があると考えています。
また追加の実験で、線虫の体を破砕せずに、周囲の水を与えた場合にも記憶転送が起こりえることも示されました。
この結果は、緑膿菌にかかわる学習を行った線虫の体からは「緑膿菌を食べてはダメ」という情報を含んだウイルス様粒子が放出され、周囲の個体と知識を共有している可能性を示します。
また「Cer1」の欠損が記憶の遺伝を妨げたことから、ウイルス様粒子は線虫の生殖細胞にも記憶の内容を伝達している可能性があります。
研究者たちは今後、記憶の転送と遺伝における、ウイルスやウイルス様粒子の役割を調べていくとのこと。
哺乳類の胎盤獲得のように、進化においてウイルスはある生命体から別の生命体に情報を運ぶ役割をする、生命体全員が共有する、遺伝情報の銀行のような役割を果たしていることが明らかになってきました。
もしウイルスやウイルス様粒子の扱う情報が遺伝情報だけではなく、個体の学習記憶も含んでいるのが事実ならば、生命や情報という概念そのものが大きく変わるかもしれません。
論文の冒頭部分をご紹介(意訳)
論文の冒頭部分はこんな感じで書かれている(意訳) / Credit:Rebecca S. Moore et al . 2021 . Cell . The role of the Cer1 transposon in horizontal transfer of transgenerational memory
動物の生存は様々な脅威にさらされています。
外からの脅威の代表的なものとしては病原体があげられます。
しかし脅威は細胞やDNAの内部にも潜んでします。
動物や植物のDNAには勝手に飛び回って変異を引き起こす増殖性の配列(レトロトランスポゾン)が含まれているからです。
しかし線虫はDNAに潜む脅威(レトロトランスポゾン)を生存に有利な武器に変換しているようです。
線虫は緑膿菌が危険であるという情報を学習すると、自らのDNAに含まれるレトロトランスポゾン「Cer1」にウイルスにソックリな粒子を作らせ、学習された記憶を注入して仲間の個体に伝達していました。
またトランスポゾン「Cer1」によって作られるウイルスに似た粒子は、線虫の体内において自己の免疫力を強化し、最大で4世代にわたって「記憶遺伝」を行うための媒介としても活躍していました。
一方で、トランスポゾン「Cer1」を生まれながらに持たない野生の線虫(2種類)は「記憶の転送」や「記憶の遺伝」を行う能力がありませんでした。
以上の結果から、線虫はDNAに潜む脅威であるレトロトランスポゾンの能力を上手くハイジャックして、緑膿菌から自分自身や子孫を守っていることが示唆されました。
論文へのアクセスはこちら
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https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(21)00881-3?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867421008813%3Fshowall%3Dtrue
(以下略、続きはソースでご確認下さい)
ナゾロジー 2021.09.08