【計算機科学】グーグルの「時間結晶」研究と量子コンピューターにみる可能性

グーグルの「時間結晶」研究と量子コンピューターにみる可能性
「時間結晶」という言葉からSF的なものを想像するかもしれない。
実際それはSF的なものだ。
「時間結晶」という言葉からSF的なものを想像するかもしれない。
実際それはSF的なものだ。
時間結晶は研究者らが述べているように、新たな「物質の相」であり、固体や液体、気体、結晶といった相に追加される可能性がある新たな状態として数年前から理論研究が進められてきている。
なお、この論文はプレプリントの段階であり、現在は査読を控えている状態だ。
まず、思考実験から始めてみよう。外の世界から隔離された閉じた系の中にある箱の中に数十枚のコインを入れて100万回振ったと考えてほしい。コインが裏返ったり、転げ回ったり、互いにぶつかったりしながら、その位置はランダムに変化し、どんどん無秩序な状態になっていく。その後で箱を開けると、コインのほぼ半数は表向きに、そして残り半数は裏向きになっていることが期待できるはずだ。
実験を開始する段階で裏向きのコインが多かった、あるいは表向きのコインが多かったとしても何の関係もない。この系は初期の状態を忘れ去り、箱が振られるたびにどんどんランダムに、そして無秩序になっていく。
この閉じた系を量子レベルに置き換えると、時間結晶を見つけ出すための取り組みにとって最適な環境となる。同氏は、「閉じた系で予想されている、安定した唯一の時間結晶は量子力学的なものだ」と述べた。
そしてここでGoogleの量子プロセッサーである「Sycamore」が登場する。量子超越性を達成したとして知られているこの量子プロセッサーは現在、量子コンピューティング向けの何らかの有益な用途を模索している。
量子プロセッサーはその名が示す通り、動作原理そのものが量子力学に基づいているため、量子力学系の挙動をシミュレートする上での完璧なツールと言える。このシナリオに沿い、Googleのチームは閉じた系の中に入れるコインを上向きスピンと下向きスピンを持ったキュービットで表現し、箱を振る代わりにキュービットの状態に変化が与えられる特定の量子演算一式を何度も繰り返して適用した。
時間結晶であれば、常識的な予想を裏切った結果が得られることになる。特定回数の演算操作後、すなわち箱を振った後の系を観測すると、キュービットの状態はランダムではなく、当初の状態と同様の結果、つまり時間とともにエントロピーが不可逆なかたちで増大していくという熱力学の第2法則に反するような状態が現れるというわけだ。
Keyserlingk氏は「時間結晶を構成する最初の要素は、当初の状態を記憶するというものだ。時間結晶は忘れない」と述べ、「箱の中のコインという系は忘れるが、時間結晶という系は忘れることがない」と続けた。
それだけではない。系を振るたびに一部のコインは表から裏へ、裏から表へと変わるものの、振る回数が偶数の場合にはオリジナルと同様の状態が現れ、奇数の場合には別の状態が現れるのだ。
この系に対して演算操作を何度繰り返したとしても、常に結果は交互に同じ状態が現れ、2つの状態を行き来するものになるという。
これは「時間対称性の破れ」と呼ばれている。ここで言う対称性とは、系が特定の変化(空間の変化、または時間の変化)にさらされてもその様相が変化しないという性質を表している。例えば、物質が結晶構造をとる場合、原子が規則正しく並ぶことで空間の物理的様相が離散的に変化するようになる。これは空間対称性の破れと呼ばれている。時間結晶が「結晶」と名付けられているのはこういった背景があるためだ。
Keyserlingk氏は「Googleの実験では、こういった一連のスピンに対してひとそろいの演算操作を適用した後、まったく同じ操作を何度も、何度も繰り返すのだ。100回も、100万回もそれを続けるのだ」と述べた。
「彼らは、対称性を有するような条件を系に与えたが、それでも系は対称性を破る挙動を見せた。各周期ではなく2周期ごとに同じ結果がもたらされる。これこそがまさに『時間結晶』を構成する要素なのだ」(Keyserlingk氏)
時間結晶の挙動は、科学的な観点から見ると非常に興味深いものがある。既知の他の系とは異なり、無秩序な混沌状態に向かっていく傾向は見られない。ぐちゃぐちゃになって半分は表、半分は裏になるという、箱の中のコインとは異なり、特殊な時間結晶状態に入り込み、エントロピーの法則に逆らうのだ。
言い換えれば時間結晶は、あらゆる自然現象が向かっていく方向を実質的に定義している熱力学の第2法則を無視するのだ。このことについて、しばらく考えてみてほしい。
このような特殊な系の観測は容易ではない。時間結晶は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授であり、ノーベル物理学賞受賞者でもあるFrank Wilczek氏が提唱した2012年以来、興味深いテーマとなってきており、それ以来この理論に対する異議や討論、抗論が何度も繰り返されてきている。
これまでにも、時間結晶を実現し、観測する試みがいくつかあり、その成果の度合いはさまざまとなっている。オランダのデルフト工科大学のチームは7月、ダイヤモンドプロセッサー内で時間結晶を実現したという論文のプレプリントを発表したが、これはGoogleが実現したものよりもより小規模な系だった。
Googleのリサーチャーらは時間結晶を実証するために20キュービットのチップを使用した。これはKeyserlingk氏によると、今までに達成されたものよりずっと規模が大きく、古典的コンピューターでは達成できないレベルだという。
10程度のキュービットをシミュレートするのであれば、ノートPCでもたやすいだろうとKeyserlingk氏は説明した。しかしキュービット数がそれ以上になると、現在のハードウェアではすぐに頭打ちになる。量子ビットが追加されるたびに、必要となるメモリーの量が指数関数的に増加するためだ。
Keyserlingk氏によると、この新たな実験は量子超越性を示すものではないという。同氏は「古典的なコンピューターでこういったことが不可能だと言い切るにはまだまだ材料が足りない。というのも、私が思いついていないような巧妙な方法を使えば、古典的コンピューターでも実行できるかもしれないためだ」と述べた。
量子インターネットとは、その可能性--今知っておきたいこと
「しかし、これは今までに実施されてきた時間結晶の実証実験で最も説得力のあるものだと考えている」(Keyserlingk氏)
Googleの実験における範囲と統制は、時間結晶のより長期的な観測や、詳細な測定、系の規模変更などが可能であることを意味している。言い換えれば、これは純粋に科学を進歩させられる有益なデモであるとともに、物理分野での新たな発見を可能にする上で量子シミュレーターが中心的な役割を果たすことを示す鍵となるはずだ。
もちろんこれには落とし穴もある。他のすべての量子コンピューターと同様、Googleのプロセッサーも依然として量子デコヒーレンスと無縁ではない。つまり外部環境からの系への干渉によってキュービットの量子状態が崩壊し、時間結晶の振動が破壊されてしまうのは不可避なのだ。
しかしこの論文の著者らは、プロセッサーと環境の隔離がより進んでいくとともに、この問題は緩和されていくだろうと主張している。
確かなことが1つある。それは、時間結晶がわれわれのリビングルームに設置されるような未来は当面やってこないだろうということだ。というのも、科学者らは時間結晶の有益かつ決定的な用途をいまだに見出していないためだ。
つまりGoogleの実験は、時間結晶のビジネス上の価値を探求するために実施されたというよりは、量子コンピューティングの初期の応用に向けた可能性を示すために実施されたものであり、新しくホットなこの発展途上の分野における同社の技術力を示すもう1つの例と言えるだろう。
(以下略、続きはソースでご確認下さい)
zdnet 2021-09-06 06:30