「見当たり捜査」継承、殺人事件でスピード逮捕…男の「顔」を頭にたたきこむ
「顔の骨格をよく見ろ」と
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「神業」―草創期の捜査員から弟子へ
数百人分の容疑者の顔を記憶し、雑踏から見つけ出す「見当たり捜査」。科学捜査が進歩した今も、職人技が事件を解決に導くケースは少なくない。愛知県豊田市で6月に会社経営者が殺害された事件でも、逃走中の男(39)をベテラン捜査員が発見した。そこには「伝説の捜査員」から脈々と受け継がれた確かな技術があった。(岡花拓也)
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居場所を読む
名古屋市内の雑踏。見当たり捜査員は人波の中から容疑者を見つけ出す
「力を貸してくれ」。6月7日午後、見当たり捜査歴20年を誇る愛知県警刑事特別捜査隊の坂本英己警部(54)の元に、前日に起きた殺人事件捜査への協力要請が届いた。
捜査本部が置かれた豊田署で、男の顔や身長を頭にたたきこみ、車で滞在先として浮上していた刈谷市へ。赤信号で止まる度、顔写真を繰り返し確認した。
日暮れが近付くと「仕事帰りに買い物をするのでは」と考え、男の関係先近くの商業施設に車を止め、店の出入り口に目を光らせた。到着からわずか数分、視線の先に男の姿を捉えた。マスクを着けているが、目つきや背丈などが、写真で覚えた特徴と一致した。
車を降りて近づき、「間違いない」と確信して声を掛けると、男は本人だと認め、同日夜に逮捕された。「常に頭の中にあるのは、被害者の無念さ。犯人が逃げていたら住民の不安も大きい。逮捕に貢献するのが私の役目ですから」と、坂本警部は静かに話す。
伝説の捜査員
見当たり捜査は、大阪府警が1978年に全国で最初に始めたとされる。
愛知県警も97年に導入。草創期に活躍し「伝説の見当たり捜査員」と語り継がれるのが、2年前に75歳で亡くなった落合武さんだ。現役時代を知る人たちは「頭の中に1000人の顔が入っていた」「指名手配犯を見つける神業の持ち主だった」と振り返る。
99年から見当たり捜査に携わる坂本警部は、退官前の落合さんから手ほどきを受けた最後の弟子。「厳しい方で、ほめてもらった覚えはない。容疑者を捕まえても『動きが違う』と怒られたものです」と振り返る。
落合さんは常々、「顔の骨格をよく見ろ」と口にしていた。顔は目元を中心に覚えることが多いが、県警には鼻や耳、顔の形などを満遍なく記憶する捜査員が多く、落合さんの教えが今も生きているという。
人の目の力
坂本警部はルーペで顔写真を凝視して特徴を覚えた約200人の容疑者を捜して連日、駅前や繁華街の雑踏に立つ。正面の顔写真しかなくても、じっと見ていると不思議と横顔が浮かび上がってくるのだという。
一日中歩き回り、年に4足は靴を履き潰す。泥臭い手法で、約170人の容疑者を見つけ出してきた。
新型コロナウイルスの影響で街はマスク姿の人であふれ、見当たり捜査も困難を極める。科学捜査の技術や防犯カメラの性能も日々、進化しているが、坂本警部はこう力を込める。「容疑者の顔が割れても、機械は逮捕できない。人の目には、まだまだ需要がある」
退職するまでルーペ手に…
落合武さんの妻・孝乃(たかの)さん(69)は「休日でも犯人が行きそうな場所へ捜しに行くほど。仕事が本当に好きだったのでしょうね」と振り返る。2005年3月に退職するまで、自宅でも時間が空けばルーペを手に取り、数百人以上の顔写真が入ったファイルをめくっていたという。
とりわけ弟子の坂本さんのことは「坂ちゃん」と呼び、かわいがっていた。坂本さんの活躍が容疑者の逮捕につながったことについて、孝乃さんは「涙が出るぐらいうれしい。お父さんもきっと、天国で喜んでいます」とほほ笑んだ。