大阪府警はクリニックの玄関付近にガソリンのようなものを撒き、火を放ったとして、逮捕前に谷本盛雄容疑者(61)の氏名を異例の公表に踏み切った。 AERAdot.が既報したように、谷本容疑者は今回の犯行を彷彿とさせるような殺人未遂事件を10年前に起こしていた。編集部はその公判の判決文を入手。取材していくと今回との類似点が浮かび上がった。
谷本容疑者が長男に対し、殺人未遂事件を起こしたのは、2011年4月25日早朝6時15分頃だ。大阪市淀川区のマンションの1階の部屋で「助けて」と大きな声が響き渡り、玄関ドアから谷本容疑者の長男が飛び出してきた。
谷本容疑者の手には包丁が握られていたという。現場近くに住む住民は当時をこう振り返る。 「部屋の玄関には血だまりがあった。外から中をのぞき込むと、壁に血がしぶきのように飛び散り、すごい現場だった」
谷本容疑者は2008年に元妻と離婚。 <家族と離れて一人暮らしをするようになったが、寂しさに耐えかねて、2009年9月ごろに元妻に復縁を申し込んだが、断られた。そのため、寂しさを募らせて、孤独感などから自殺を考えるようになった。
そして、犯行前日に元妻、長男、次男と映画を見たことをきっかけに、「家に寿司を買ってるから、持って行ったるわ」などと元妻に告げた。
元妻方に行く口実をつくって一旦、自宅に戻り、出刃包丁など凶器と寿司を持って元妻方を訪れた。寿司を一緒に食べるなどして、殺害の機会をうかがったものの、ためらう気持ちもあって犯行に及ぶことができなかった。しかし、その後、長男と2人で居酒屋に出かけ、再び元妻宅に戻って2人で飲酒するうちに夜も明けてきたので、そろそろ実行しなければならないと考え、右手で持った出刃包丁(刃体の長さ約15cm)を何度も長男の頭部などに振り下ろしたという。
殺人未遂事件は事前の計画、準備などが綿密に練られていた。
<事前に寿司を買っていくという口実をつくり、犯行に使用した出刃包丁以外に刺身包丁、文化包丁と合計3本も用意。そこへ、スタンガン、催涙スプレー、ハンマーなど多数の凶器を持ち込んでいる> <逮捕された後、元妻に家族全員を道連れにするつもりであった旨を打ち明ける手紙を出した>
殺人未遂事件の判決文でも計画性、凶悪性が指摘されていた。今回の放火殺人事件で、谷本容疑者は大阪市西淀川区の自宅近くのガソリンスタンド店で「バイクなどに使用する」と嘘を言って、運転免許証を提示して、ガソリン10リットルを購入。
そして今回も谷本容疑者の衣服から催涙スプレー2本が発見された。
また放火事件の犯行前日に非常階段につながる扉に粘着テープが貼られていた。しかし、こちらは心療内科クリニックの西澤弘太郎院長(死亡)が発見し、はがしたという。そして、大阪府警が谷本容疑者の自宅を捜索したところ、2019年7月に京都市の京都アニメーションで36人が死亡、32人が重軽傷を負った放火殺人事件に関する記事が発見されたという。
また谷本容疑者の自宅から「大量殺人」と書かれた手書きのメモも捜索で押収されている。
谷本容疑者は雑居ビルのエレベーターから降りると、すぐに犯行に及んでおり、内部を熟知した様子だったという。
放火時に写っていた防犯カメラ映像には、谷本容疑者が火をつけた後、逃げずに炎の中に飛び込むような様子が映っていたことから、「自殺願望があった」(捜査関係者)とみられる。
谷本容疑者も事件現場となった心療内科クリニックに通っていたことが所持していた診察券などからわかっている。10年前の殺人未遂事件でも判決文には<うつ病等の精神疾患が犯行に影響していた可能性がある>と谷本容疑者の弁護側の主張が記されていた。
だが、大阪地裁は判決でそうした弁護側の主張を一蹴し、実刑判決となった。 <ただ自分が死にたいとなんの落ち度もない被害者を巻き添えにしようとした身勝手極まりない> <被告人自身の行いが招いた> <精神疾患といえるようなものではない>
放火事件の数か月前に谷本容疑者と会った知人はこう話す。
「谷本容疑者は精神的に苦しくなると病院に行く。『よくならない、病院が悪い』と言っていた。酒を飲み泥酔し、現実逃避しようとしているのか、よく元妻や子供らに責任転嫁するようなことを大声で言っていた。だが、原因は容疑者自身にもあるように思えました」
谷本容疑者は殺人未遂事件で服役後、社会復帰もうまく果たせなかったようで、「定職につかず、福祉の世話になっている」と知人に語っていた。
「谷本容疑者は顔や足のやけど、重度の一酸化炭素中毒で重篤な容態。少し持ち直したが、予断は許さない状態です」(前出の捜査関係者)
元東京地検特捜部の落合洋司弁護士はこう解説する。
「谷本容疑者が死亡すれば、被疑者死亡で事件は裁判もなく終わります。命は助かるも一酸化炭素中毒で脳の機能で裁判を受けることができるかとなった場合、当局がどのような対応をするか、注目されると思います。脳機能が失われているとなれば、不起訴となる可能性があります。私も公判検事の時、脳梗塞で被告人が倒れて、論議になった経験があります。ただ、これだけ犠牲者を出した放火殺人ですから、当然、警察や検察は被害者感情にも配慮しなければならない。難しい判断となるでしょう」
(AERAdot.編集部 今西憲之)