地主で資産家の片岡圭太郎さん(77歳・仮名)は、相続税対策に余念がない。
一人娘に少しでも多く財産を残すべく、これまで入念に準備を重ねてきた。そんな折に不動産営業マンから「タワマン節税」の話を聞いて、俄然興味を持ったのは【前編】『節税のため「高級タワマン」を購入し、逆に「痛い目」を見た70代・資産家の大誤算』で紹介した通りだ。
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【写真】節税のため「高級タワマン」を購入し、逆に「痛い目」を見た資産家の悲劇
12・23・2021
ベイサイドのタワマンは品薄状態
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ここ数年、首都圏のタワマンは供給不足の状態が続いている。タワマンに適する広い用地の確保が少しずつ難しくなってきているうえに、東京オリンピックの影響で建材や建築業者の手配が追いつかなくなってしまい、需要に比べて供給が少ない状態なのだ。“駅直結”など希少な立地のタワマンは販売開始と同時に申し込みが殺到、高倍率の抽選を勝ち抜けなければ買えない、という状況が当たり前のように続いている。
片岡さんの住む横浜エリアも同じような状況だ。みなとみらいのタワマンは、10年前の販売価格の1.5倍にもなっているうえに品薄状態が続いている。ベッドタウンが広がる横浜市はもともとファミリー層が多く、さらに有名企業の本社や開発拠点、大学のキャンパス移転・校舎の新設が相次いでいる。 つまり、人がどんどん増えるのに住宅の供給数がなかなか増えず、横浜の人気エリアの住まいの希少価値はますます高まるばかりなのだ。
娘の静止を振り切って、2億円で購入
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「駐車場の売却金に少しの預金を足して、2億円の物件を購入しました。例の不動産営業マンが横浜のベイサイドにあるタワマンの優先販売を紹介してくれたんです。まさに渡りに船でした」
そうこともなげに話す片岡さんだが、一般的な感覚で言えば2億円のタワマンはかなりの高額物件だ。娘は「もう少し慎重になったら?」と思いとどまるように言っていたそうだが、先祖代々の土地をうまく活用して大きな財を築いた片岡さんは自分の判断に自信があり、タワマン購入を強行した。
「タワマンは確かに高額でしたよ。でも高層階も低層階も固定資産税が変わらないと聞いていたので、私が住む高層階の物件なら、相続税が3分の1から4分の1に圧縮できる算段でした。お得に高級物件を遺すことができるから、そのうち娘も絶対に感謝すると思っていたのです」
思い入れのある自宅は維持することにした。タワマン購入には反対していた娘だが、実家には愛着があったようで、片岡さんと交代で風通をしに行くなど快く協力してくれた。
「タワマンの暮らしは快適そのもの。抜群の眺望、戸建てとは違って段差もなくて安全だし、断熱性があり床暖房で冬も暖かい。ゴルフ仲間や経営者仲間を招いて鼻高々でした。そのときは本当にいい買い物だと思っていたんです。これで娘に苦労かけずに財産を譲ることができるから、安心して余生を送ることができる、と…」
期待外れ? 「タワマン節税」の落とし穴
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しかし、片岡さんはすぐに大きな後悔を抱えることになる。
片岡さんがタワマンの購入を決めたのは2017年の年末だったが、実際に物件が引き渡されたのは2018年6月のこと。たった半年の違いが命運を大きく分けたのだ。
タワマン節税は、高層階と低層階で相続税評価額が変わらないため、より高額な高層階を購入した人は結果として相続税対策として“お得”になる、という仕組みだ。
タワマンは同じ間取り・床面積の部屋であっても、階が1つ上がるごとに物件価格が100万円上昇すると言われている。極端な例でいえば、高層階と低層階で1億円ほどの物件価格の差があったとしても、相続税評価額が変わらないということだ。その場合、相続税を3分の1から4分の1ほどまでに圧縮できるというのが「タワマン節税」のカラクリだった。
といっても、これが通用したのも2017年までのこと。タワマンに関しては、長年、その節税効果の高さが問題視されてきたため、ついに2017年の税制改正でメスが入ることとなった。その結果、2018年1月1日以降に引き渡されたタワーマンションから、高層階になるほど固定資産税が高くなるように計算方法が変更になったのだ。
「節税になるって聞いていたのに、こんなのってないですよ。セールストークに流されないで、ちゃんと自分で調べるべきでした。タワマンを買ったゴルフ仲間のように、これで自分も安心だと思い込んでいた……どうして誰も教えてくれなかったのでしょうか」
「タワマン節税」は物件選びがポイント
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片岡さんの購入した物件は2018年1月1日以降に引き渡されたため、購入後すぐに相続が発生してしまうと、行きすぎた節税対策だとして国税庁から認められず、圧縮された相続税評価額ではなく、時価で課税されてしまう可能性がある。
ただし、2017年までに建てられた物件を中古で買った場合は、2018年以降に購入しても相続税評価額はどの階でも変わらない。だから片岡さんの場合、2017年より前に建てられたタワマンの高層階を購入すれば狙った通りの節税効果が得られたはずなのだ。
「もっとよく調べて、タワマンを買うにしても築浅の中古物件にしておけばよかったと後悔しきりです。間の悪いことに、先月の人間ドックで腫瘍が見つかって……。幸いにも良性だったので、今はとにかく健康に気を使って過ごしています。すぐに死ぬとはさすがに考えたくはないですが、もしそうなったら娘夫婦に迷惑がかかってしまいますからね」
片岡さんは、せめて娘と合意がとれてからタワマンを購入すればよかった、と今さら後悔しているようだ。
「それに、最初こそ快適だったものの、最近はタワマンの暮らしがなんとなく嫌になってきました。初めは眺望や豪華な設備に気分が高揚しましたが、同じマンションに知り合いはいないし、外に出るのにもエレベーターで下まで降りるのに10分以上かかる。これまでの住み慣れた大きな戸建てとは違う閉塞感があります。娘の忠告を聞かずに引っ越した手前、やはり元の家に戻るとも言えなくて……」
災害が起こったときも、タワマンでの一人暮らしは心もとない。
「地震だって怖いですよ。埋立地だから液状化が怖いし、ついこの間の地震も、震度3だというのにぐらぐらと5分近く揺れました。武蔵小杉の台風被害では何日も停電が続いたというし、どうしてタワマンなんかに引っ越してしまったのか……」
娘家族のためを思っての行動といっても、タワマン購入を独断で決めてしまったことが明暗を分けたのだろう。娘にはもう頼れないばかりか、タワマン暮らしや健康面の不安や愚痴も吐けずに、片岡さんは今もこの問題をたった一人で抱えている。
「家族との話し合い」は必須
相続関連のトラブルは相変わらず増え続けている。片岡さんはまだ家族関係は円満だが、なかには家族の仲が断絶してしまうまでに至ったケースも頻繁に聞かれる。
終活が一般的なものになり、自分の人生の後始末を前もって計画する人が増えている。家族がいる人の終活は、“立つ鳥跡を濁さず”という言葉のとおり、残された家族に迷惑がかかることのないように気をつけることが不可欠である。
それと同時に、終活で大きな判断をする際は、独断に走ったり自分の決断を過信してしまったりしないように気をつけたい。家族とよく話し合い、関わる全員が納得いく選択をしなければ、老後の「安寧」は得られないはずだからである。