北京オリンピック女子フィギュアスケートは衝撃の幕引きとなった。ドーピング違反の疑いのある15歳のワリエワを始め、ROCから出場した3選手を指導するのが、“鬼コーチ”として知られるエテリ・トゥトベリーゼ(47歳)だ。厳しすぎる食事制限、強権的な指導法に、極度のマスコミ嫌い……。女子フィギュアに一時代を築いた人物の本質とは――。

全2回/後編に続く》
【写真】トゥルソワが泣き叫びながら“鬼コーチ”の腕を払った緊迫の瞬間。13歳ワリエワ衝撃の演技と15歳悪夢の転倒…シェルバコワ、リプニツカヤ、ザギトワが美しい。この記事の写真を一気に見る。
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泣き叫ぶトゥルソワ…異常な空気の決勝
なんという、異常な空気の女子決勝だったことか。最終結果が出た時、トップ3が待機するグリーンルームに座っていたのは1位のアンナ・シェルバコワと3位の坂本花織のみ。坂本が優勝が決まったシェルバコワを祝福しようとするが、彼女は気が付いていないのかうつろな目をして、まっすぐ前を向いたままだった。
金メダルが確定したのに、どのコーチもシェルバコワを祝福に来ないのは、4位に終わって号泣したカミラ・ワリエワの対応に追われていたのだろう。
マスコット贈呈式の準備をしている間、リンク際では2位のアレクサンドラ・トゥルソワが、顔をグシャグシャにして泣きながらロシア語で何かを叫び続けていた。訳してくれたロシア人の知人によると、こう叫んでいたという。
「みんな金メダルを持っている。みんな! ないのは私だけ! フィギュアスケートなんか大嫌い! 二度と氷の上になど上がらないわ! 絶対に!」
その後も贈呈式になど出ない、とコーチの一人セルゲイ・デュダコフに当たり散らした。ようやく姿を現したエテリ・トゥトベリーゼが肩を抱こうとすると、トゥルソワはその腕を振り払った。ついにロシアフィギュアスケート連盟会長のアレクサンドル・ゴルシコフが近づいて、彼女を落ち着かせた。
エテリ・トゥトベリーゼの生徒が女子の1位、2位を占めたのは4年前の平昌と同じ。フリー2位の選手がトップだったことも同じだ。
だがトゥルソワの態度は、4年前に潔く2位を受け入れたメドベデワとはほど遠く、スポーツマンとして見苦しいと言われても仕方のないものだった。
泣き崩れたワリエワに「なぜ? 理由を言いなさい」
過去10日間、ドーピング違反の報道でロシアを除く世界中の批判にさらされていたカミラ・ワリエワは、フリーでは2度転倒した他、ステップアウトなどミスも出て崩壊に近い演技だった。泣き崩れたワリエワに、トゥトベリーゼは情け容赦なく、「なぜ途中で諦めたの? 理由を言いなさい」とロシア語で問い詰めた。
CAS(スポーツ仲裁裁判所)は未成年であることなどを理由にワリエワに出場許可を与えたものの、15歳の心はプレッシャーに耐え切れなかったのだろう。このような状況になるのなら、潔く棄権した方が本人のためにも良かったのかもしれない。総合4位という結果が出ると、アシスタントコーチのダニル・グレイヘンガウスは納得したかのように小さく何度か頷くも、トゥトベリーゼは不満そうに片手を宙に上げた。
IOCはワリエワが3位以内に入ったら、マスコット贈呈式も表彰式も行わない、と宣言していた。正直に言えば、こうして彼女が表彰台からもれたことで、胸をなでおろした関係者も多かったのではないか。ありがたくない理由で世界中の目が集中していた女子フィギュアスケートに、ようやくノーマルさが戻った贈呈式だった。
ワリエワはこの北京では演技をすることを許されたが、ドーピング検査が陽性になった件に関する捜査はまだこれからだ。WADA(世界アンチ・ドーピング機構)は今後ワリエワのコーチ陣、チームドクターなどを調査していくと発表し、最終的結論が出るまでに数カ月はかかると見込まれている。
エテリ・トゥトベリーゼとは何者なのか?
それにしてもワリエワのドーピング陽性に加えて、世界中に放映されたトゥルソワの癇癪に、エテリ・トゥトベリーゼとそのチームの株は急降下する一方である。
そもそもこのトゥトベリーゼという人は、どのような経歴を持っているのか。 トゥトベリーゼはモスクワ生まれで、元アイスダンサーとして短期間だがタチアナ・タラソワの指導を受けたこともある。競技引退後、アイスショーの団員として渡米し、6年間オクラホマシティ、シンシナティ、ロサンジェルスなどに住んでいた。娘でアイスダンサーのダイアナ・デイビスは、ラスベガスで誕生したという。
マスコミ嫌いで、ロシアの媒体以外にはほぼ出ない
トゥトベリーゼはその後コーチとして、テキサス州サンアントニオで活動を始めた。当時13歳で彼女の指導を受けたというアメリカ人の女性は、当時から厳しいコーチで大会中は水を飲まないよう指導していたが、「泣くほど厳しいというほどではなかった」とワシントンポスト紙に語っている。アリーナ・ザギトワは平昌オリンピック開催中は水を飲まずにうがいをするだけにとどめたと告白しているので、これはトゥトベリーゼがロシアで身に着けた指導ポリシーの一つなのだろう。
ロシアに帰国したトゥトベリーゼが脚光を浴びたのは、ソチオリンピックで団体戦金メダルに貢献したユリア・リプニツカヤのコーチとしてだった。 それから現在まで、多くの女子のトップ選手たちを育て続けてきたが、未だに彼女の人物像が謎に包まれているのは、筋金入りのマスコミ嫌いであるためだ。
一世代前のロシアの名伯楽たち、タチアナ・タラソワ、アレクセイ・ミーシン、タマラ・モスクビナなどは、メディアと友好関係を築くことを重視し、時には自分たちの生徒を守るために矢面に立って、積極的に記者たちの前でコメントをした。
だがトゥトベリーゼはごく限られたロシアの媒体を除くと、報道陣の取材に応えることはほとんどない。その姿勢は、リプニツカヤの指導者として名前を知られるようになった当時も今も変わっていない。
今回のワリエワのドーピング事件でも、彼女の口からもっと真摯な言葉が報道関係者に伝えられていたなら、世間の目もだいぶ異なったのではないかと思う。
選手は怯えながら食事…正常な状態ではない
筆者は彼女のアシスタントコーチ、ダニル・グレイヘンガウスを3年前に個別取材した。その際に彼は「エテリは傍から見ると怖い人に見えるかもしれないけれど、身近にいる我々にとってはそうではないんです」と語った。
だが果たして、彼女の生徒たちは彼の意見に同意するだろうか。
某ISU関係者から直接聞いた話だが、2021年のNHK杯でダリア・ウサチョワが選手専用のカフェテリアから出てきたところでその関係者とばったり会うと、顔面を蒼白にして「エテリも一緒なの?」と聞いたのだという。
リプニツカヤはソチオリンピック中にプロテインシェークなどの液体食のみしか口にせず、その後拒食症を発病して競技から引退した。
ウサチョワはあきらかに自分がカフェテリアで食事をしたことを、トゥトベリーゼに知られたくなかったのだろう。食事をしたために顔色を変えるほどコーチを怖がるというのは、正常な状態とはいえない。トゥトベリーゼはこうして恐怖政治を強いてきたのだろうか。
ウサチョワは結局NHK杯の公式練習で怪我をして、棄権することになった。 《後編に続く》