貯金3000万円で「海辺のリゾート」に引っ越し、すべてを失った夫婦の悲劇
豪華な食事と天然温泉
写真:現代ビジネス
「まさかたった2年半で、老後のためにコツコツ蓄えてきた虎の子の3000万円を失うなんて、当時は夢にも思いませんでした」
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こう語るのは、関東地方に住む70代の佐藤俊男(仮名)さんだ。俊男さん夫婦が、海辺のリゾート地にある高齢者施設に入居したのは今から3年ほど前だった。
50代で脱サラしてから、建設関係の会社を興して働きづめ、5年ほど前に事業は後輩に譲って引退していた。既に子どもたちもそれぞれの家庭を持ち、安心できる場所で夫婦そろって悠々自適の老後を送るはずだった。
「独立した子どもたちに迷惑をかけないためにも、一緒にで入居できる老人ホームでも探さなきゃね」 当時は、賃貸マンションに妻とふたりきりで暮らしていた俊男さん夫妻。今はともに健康だが、いずれはどちらかが介護が必要になるかもしれない。
そろそろ、本腰を入れて終の棲家を探そうか…。そう妻と話していた矢先に、長年の友人から引っ越しのハガキが届いた。聞けば、都心から車で2時間程度のリゾート地に暮らしているという。
「豪華な三食付きで、天然温泉の大浴場もある。これまで精一杯働いてきたご褒美に、いい施設で残りの人生を過ごすのも悪くないんじゃないかな」
友人の説明では、この施設は元々、リゾートホテルだったが、今は福祉関連の事業を手がける法人が買い取り、高齢者が終身で入居できるように運営しているとのことだった。 さっそく夫婦そろって実際に訪ねると、友人から聞いたとおり、鉄筋コンクリート造りの5階建て建物からは、目の前の湾が一望できた。
もとはリゾートホテルだけあって、パンフレットなどで見ていたほかの有料高齢者施設よりもはるかに部屋のしつらえなども良かった。吹き抜けのロビーは明るく開放的で、ここでなら趣味の釣りを楽しみながらのんびり暮らせると確信した。
部屋の間取りは十畳二間で、夫婦で入居すれば2部屋があてがわれるという。 「1人あたり1500万円の頭金を支払っていただければ、月額11万円ほどの食費込みの家賃で入居できます。 今後、介護認定を受けることがあれば、公的な介護保険を超えた分も、施設の福利厚生の一環として介護支援サービスを受けられます。大変な人気なので、空きが出てもすぐに満室になってしまいますよ」
施設の担当者はパンフレットを手に、熱心に入居を勧めた。
「これまでコツコツ貯めてきた貯金のほぼ全額がなくなるのに抵抗はありましたが、長年の友人も居るし、入居者の人間関係も良好だと太鼓判を押してくれた。
なによりも、妻もスタッフや入居者と楽しげに話して『素敵なところね』と気に入ってくれている。長年苦労を掛けた罪滅ぼしにも、こんなリゾート地でのんびりと余生を過ごすのは悪くない」 こう考え俊男さんは、見学したその日に入居を決めたという。
狂い始めた日常生活
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頭金は夫婦で計3000万円、家賃も値上がりせずに据え置きになるとの説明を受けたため、4年分を一括して前払いした。
入居当初は、夕食は刺身や天ぷらなどのまさにリゾートホテルの夕食といった品が並び、好きな時間に大浴場にも入れる。同世代の他の入居者との交流も楽しく、時には外から友人や子どもたち家族を招いて宴会をすることもあった。
各部屋にはナースコールボタンがあり、看護師の資格を持つスタッフが定期的に入居者の健康管理してくれる。体の不自由な人には病院や買い物の付き添いをしたりといった無料サービスも事前の説明の通りで、生活は充実していた。
しかし、入居から1年ほどたったころで経営者が交代になり、いたれりつくせりの生活の歯車が徐々に狂い始める。
経営難で半数以上の施設のスタッフが離職したことをきっかけに、食事はそれまでの豪華な出来たてのものから、簡易的なチルド食品を暖めたものに代わり、健康管理や買い物の介助といった無料サービスも廃止されて看護スタッフもみんないなくなってしまった。
加えて新任の施設長は入居者や残りのスタッフを集めて、「ここは高齢者向けの介護施設ではなく、われわれ法人の保養施設だと認識してほしい」と公言するようになった。
「新しい施設長が来てから、明るかった施設内がぐっと暗く陰気な雰囲気になっていきました。良くしてくれたスタッフもほとんどが居なくなり、活気がなくなって私も妻も籠もりがちになっていきました。
ほんの1年前までは、楽しかった食事も、電子レンジで温めた出来合いの食事を妻とふたり、会話なく食べる日々でした」
先行きの不安を仲の良かった施設のスタッフに話すと、施設長がスタッフたちに充てて書いた数枚の文書をこっそり見せてくれた。そこに書かれていた内容は目を疑うものばかりだったという。
---------- 今月も予算だけではお金が足りません。事務所には現金がほとんど残っておらず、入居者の飲み物さえも買えない状況です
---------- ---------- 1人1人は良い人ばかりですが、入居者が全員が集まるとそれぞれの不満にみんなが賛同し、クレームに発展するので厄介です。入居者が自分の権利を主張するのは当然ですが、スタッフは経営状況を踏まえてこれに対応して頂きたい
---------- ---------- 問題なのは、性格や人格が悪い入居者をどうするかです。その人たちについては、何か理由を付けて退居して頂きたいと思っていますが、なかなか明確な証拠が無くて困っています。複数の証人が必要ですので、皆さんが何か証拠を持っていたら教えて下さい -
--------- 経営状況の悪化する現状や、入居者をあしざまに言う文言が並ぶ文書を目の当たりにし、俊男さんの運営会社に対する疑念は深まっていった。
それが決定的になったのは、インターネット上で、施設が売りに出されているという書き込みを見たことだった。
入居者の間に動揺が広がったが、施設側に問いただしても、明確な説明はないばかりか、運営法人名義で「根拠のない噂を立てた入居者は一発で退居してもらう」と脅しの文句のような張り紙が食堂に張り出された。
しかし、俊男さんが施設と土地の登記簿を確認すると、いずれの所有権もこれまでの運営法人から聞いたこともない会社にすでに移転していた。
「彼らは、我々に何の相談もなく勝手に施設を売却して責任を逃れ、入居者たちを追い出そうとしている。いったいどういうつもりなのか、信用できない経営方針に怒りが収まりませんでした。
終の棲家だと思って、老後の蓄えの多くをつぎ込んでしまっているから、運営法人には当然何度も状況を尋ねたんです。だけど、その度にのらりくらりとかわされ、時には恫喝まがいの言葉を投げつけられる。
まったく納得はいってませんが、少しでもお金が帰って来るうちに手を打つしかないと出て行くことにしたんです
戻るかどうかもわからない
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俊男さんは頭金や前払いした家賃の返還が見込めるうちにと考え、入居からわずか2年半で施設を退居した。他の入居者も、経済的や体力的に余力のある人たちから、自主的に退居を決めていった。
俊男さん夫婦は入居から3年以下で退居したので、契約では頭金の30%と前払いした家賃の残りの合計でおよそ1200万円が返還される計算だった。
「施設側の運営の問題で出て行くハメになったので、頭金は全額を返金してほしいくらいでした。でも、契約は契約。このままここに暮らしていても状況は悪化する一方ですし、なによりも彼らにもう1円だって支払いたくない。納得はできませんが、1200万円が手元に残るだけでもと、この条件で了承したんです」
退居の旨を伝えると交渉に応じた担当者は「部屋の修繕費用を見積もったら、すぐに手続きに入ります」と返金を了承していた。
それが、徐々に「分割での返金を検討してもらえないか」、「あと1週間だけ」、「もう1週間だけ」と回答を先延ばしにするようになった。
既に退居から2カ月ほど経ち、しびれを切らした俊男さんが「いい加減に具体的な返金の期日を示してほしい」と詰め寄ると、それまで穏やかな口調だった担当者は態度を一変させた。
「あなたも施設内であらぬ噂を立てて、運営法人がもうダメだと入居者に触れ回ったメンバーの1人だ。そのせいで入居者がみんな不安になって、次々と施設を出て行く結果になった。いまの状況があるのはあなたのせいでもある」と語気を強めたという。
「こののち数回のやりとりの末に、この担当者からの連絡はぱったりと途絶え、メールを送っても返信さえしてこなくなりました。退居から半年ほどが過ぎた今も、頭金などの返還金が戻ってくるかさえも分からない。
私自身の判断が甘かったと言えばそれまでかもしれませんが、この年になってはとうてい勉強代とは割り切れない。
若い頃ならやり直しもききますが、年金暮らしの私たちにとって、3000万円という金額がどれだけ大切なお金だったのか、運営法人の人たちには思いが至らないのでしょうか。一括で前払いした家賃も少ない額ではありません。
今は少しでもお金が戻ってくるよう弁護士さんに相談して、法的手段を検討しています」 俊男さんはこれまでの経緯を振り返りながらこう憤る。誰しもが願う「老後の悠々自適な生活」は儚い夢に終わるどころか、3000万円を失ってしまったのだ