ステプラーグ
カザフスタン共和国ウルタウ州にソビエト連邦の強制労働行政機関グラーグのステプラーグという支部が位置していた。これはソビエト連邦内務省の強制収容所(ラーゲリ)の支部で、ケンギル支部とも言われる。1940年にカルラーグ強制収容所システムに所属した「ジェズカズガンラーグ」を基礎として、1948年に設置された。囚人は第二次世界大戦でナチス・ドイツに捕らわれたソビエトの兵隊たち、ソビエト体制の敵対者として起訴された知識層からなった。また第二次世界大戦の時、捕虜になった多くの外国人が囚人として収容された。1952年1月における受刑者の総数は2万3千89人で、そのうちの30人が日本人だった。ステプラーグの受刑者はみんな過酷な労働を強いられ、数多くの建築に携わった。つまり、抑留者の手によって建てられたジェズカズガン市の発電所、選鉱場、ケンギル貯水池、ジェズカズガン市内の住宅と建物は今でも使用されている。
写真:ステプラーグの廃墟
カザフスタン共和国ウルタウ州にソビエト連邦の強制労働行政機関グラーグのステプラーグという支部が位置していた。これはソビエト連邦内務省の強制収容所(ラーゲリ)の支部で、ケンギル支部とも言われる。1940年にカルラーグ強制収容所システムに所属した「ジェズカズガンラーグ」を基礎として、1948年に設置された。囚人は第二次世界大戦でナチス・ドイツに捕らわれたソビエトの兵隊たち、ソビエト体制の敵対者として起訴された知識層からなった。また第二次世界大戦の時、捕虜になった多くの外国人が囚人として収容された。1952年1月における受刑者の総数は2万3千89人で、そのうちの30人が日本人だった。ステプラーグの受刑者はみんな過酷な労働を強いられ、数多くの建築に携わった。つまり、抑留者の手によって建てられたジェズカズガン市の発電所、選鉱場、ケンギル貯水池、ジェズカズガン市内の住宅と建物は今でも使用されている。
写真:ステプラーグの廃墟