戀歌二
五十首ノ歌奉りし寄雲戀 俊成卿女
下もえにおもひ消えなむけぶりだに跡なき雲のはてぞかなしき
めでたし。 上二句は、煙の縁にて、忍ぶ戀にこひ死ぬる
意。煙はなき跡のけぶり也。 跡なき雲とは、いづれか
けぶりのなれるともわかれず、なべての雲になりはてゝ
煙は跡もなくなれるをいふ。 一首の意は、此世にて思ふ
人にもしられず、いたづらに消るのみならず、けぶりの末だに、
跡もなき雲となりなむことのかなしきとなり。
摂政ノ家ノ百首ノ哥合に 定家朝臣
なげかじなあまのもしほ火たきそめて煙は空にくゆりわぶとも
くゆるといふ詞を、くゆりとはたらして用ひられたるを、
難じたる。俊成卿の判に、うつるうつりとゞまるとゞまりな
どを、例に出されたるは、くはしからず。くゆるは、これらとは
格の事なる詞なり。ゆるといふ詞に、ゆりとはたらく例はな
きことなり。見ゆる聞ゆるを、みゆり聞りなどはいはぬをも
てわきまふべし。されどくゆるは、源氏物語などにも、くゆら
せとも、くゆりともいへる例あれば、難にはあらず。 なび
かじなと、こなたより定めたること、いかゞとは聞ゆれ。
百首歌奉りし時戀哥 摂政
戀をのみすまのあま人もしほたれほしあへぬ袖の果をしらばや
しらばやといへる、似つかはしからず。袖のはてをしらばや
とねがふは、何の心ぞや。
戀のうたとて 二條院讃岐
みるめこそ入ぬる磯の草ならめ袖さへなみのしたにくちぬる
めでたし。 √しほみてば入ぬるいその草なれや云々。
磯の草の、波の下に入ぬるのみならず、袖さへといふ趣意
なり。 此ぬるも、ぬることよと、歎きたるてにをはなり。
左大将に侍りける時家の百首哥合に忍恋
摂政
もらすなよ雲ゐる峯のはつ時雨木葉は下に色かはるとも
二の句に忍びかくれ意あり。 三の句は、はじめて逢たる
意。 下句は、今より後、おもひは深くなりぬともといふ
こゝろ。 もらすなよとは、逢たる人にいふなり。 此歌、
題も忍恋なり。哥のさまも、いまだ逢ざる戀のごとく聞ゆれ
ども、さてはもらすなよとはいひつくべき人なし。みづから
いましむるならば、もらさじなとこそあるべけれ。
※源氏物語などにも、くゆらせとも、くゆりともいへる
くゆり
鈴虫
峰よりも、げにくゆり出でたる本意なき業なり。
※ √しほみてば入ぬるいその~
拾遺集 恋歌五
題しらず 坂上郎女
しほみては入りぬるいその草なれや見らくすくなくこふらくのおほき
万葉集巻第七 寄藻1394
よみ人知らず
塩満者入流磯之草有哉見良久少恋良久乃大寸
潮満てば入りぬる礒の草なれや見らく少く恋ふらくの多き