新古今和歌集の部屋

絵入横長源氏物語 賢木 八講法事の後 蔵書

                兵部卿
し給はざりつることなれば、みこも

いみじうなき給。参り給へる人々"も

おほかたのことのさまも、哀にたうと

ければ、みな袖ぬらしてぞかへり給

ける。こ院のみこたちは、むかしの御有

さまをおぼしいづるに、いとゞ参り

かなしうおぼされて、みなとふらひ
       源
聞え給を、大"将はたちとまり給て

きこえいで給べきかたもくれまど

ひておぼさるれど、などかさしもと
            兵部
人見奉るべければ、みこなど出給
        藤ノ
ぬるのちにぞおまへにまいり給へる。

やう/\人しづまりて、女房共"など

はなうちかみつゝ所々"にむれゐ
  源心
たり月はくまなきに、雪のひかり

あひたる庭のありさまもむかしの

こと思ひやらるゝにいとたへかたうおぼ

さるれば、いとようおぼししづめて、
 源詞
いかやうに覚したゝせ給て、かう俄

にはと聞え給。いまはしうて思給ふ

ることにもあらぬを、物さはがし

きやうなりつれば、心みだれぬへく
                地 源心
など、例の命婦"して聞え給。みさ

のうちのけはひ、そこらつどひ給"人の

きぬのをとなひしめやかにふるまひ

なして、うちみじろきつゝ、かなしげ

さのなぐさめがたげにもり聞ゆる

けしき、ことはりにいみじときゝ給。

風はげしう吹ふゞきて、みすのうちの

にほひいと物ふかきくろはうにしみ
                   源
て、みやうがうの煙もほのか也。大将の

御にほひさへかほりあひ、めでたう

極楽思ひやらるゝよのさまなり。春

宮"の御つかひもまいれり。の給ひし

さまおもひ出聞えさせ給にぞ。御心
              藤
づよきもたへかたうて、御返も聞え
             源
させやらせ給はねは、大"将ぞことくは

へ聞えさせ給ける。たれも/\ある

かぎり、心おさまらぬほどなれば、

おぼすこと共もうち出給はず。
  源
  月のすむ雲ゐをかけてしたふ

ともこのよのやみになをやまどはん。
 源
と思給へらるゝこそ、かひなくおぼし

たゝせ給へるうらめしさは、かぎり

なうとはかり聞え給て、人々"ち

かうさふらへば、さま/"\みだるゝ心の

うちをだにえきこえあらはし

給はず。いぶせし

 


し給はざりつる事なれば、親王もいみじう泣き給ふ。参り給へる

人々も大方の事の樣も、哀れ尊ければ、皆、袖濡らしてぞ帰り

給ひける。

故院の親王達は、昔の御有樣をおぼし出づるに、いとど参り悲し

うおぼされて、皆、とぶらひ聞こえ給ふを、大将は、立ち止まり

給ひて、聞こえ出で給ふべき方、くれ惑ひておぼさるれど、な

どかさしもと、人見奉るべければ、親王など出で給ひぬる後にぞ、

御前に参り給へる。

やうやう人靜まりて、女房共など鼻打ちかみつつ、所々に群れゐ

たり。月は隈なきに、雪の光あひたる庭の有樣も、昔の事思ひ遣

らるるに、いと堪へ難うおぼさるれば、いとようおぼし鎮めて、

「いかやうに、覚し立たせ給ひて、かう俄には」と聞こえ給ふ。

いまはしうて、思ひ給ふる事にもあらぬを、物騒しきやうなり

つれば、心乱れぬべく」など、例の命婦して、聞こえ給ふ。御

簾()の内の気配、そこら集ひ給ふ人の衣(きぬ)の音なひ、

しめやかに振る舞ひなして、うち身じろきつつ、悲しげさの慰め

難げに漏り聞こゆる気色、理りに、いみじと聞き給ふ。風激しう

吹きふぶきて、御簾の内の匂ひ、いと物深き黒方にしみて、名香

の煙も、仄かなり。大将の御匂ひさへ香りあひ、めでたう極楽思

ひ遣らるる世の樣なり。春宮の御使ひも参れり。宣ひし樣、思ひ

出で聞こえさせ給ふにぞ。御心強きも堪へ難うて、御返も聞こえ

させ遣らせ給はねば、大将ぞ、こと加へ聞こえさせ給ひける。

誰もたれもある限り、心治らぬ程なれば、おぼすこと共も、打ち

出で給はず。

  月のすむ雲井をかけて慕ふともこの世の闇になをや惑はん

と思ひ給へらるるこそ、甲斐なくおぼし立せ給へる恨めしさは、

限りなうとばかり聞こえ給ひて、人々、近うさぶらへば、樣々乱

るる心の内をだに、え聞こえ表し給はず。いぶせし。

 

 

京都堀川通 風俗博物館

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