庭掃て
出でばや寺に
散柳
奥の細道 大聖寺
大聖寺の城外、全昌寺といふ寺にとまる。なお加賀の地なり。曽良も前の夜この寺に泊て、
終宵秋風聞くやうらの山
と残す。
一夜の隔て、千里に同じ。われも秋風を聞きて衆寮にふせば、明ぼのの空近う、読経声すむままに、鐘板鳴て食堂に入る。今日は越前の国へと、心早卒にして堂下に下るを、若き僧ども紙・硯をかかえ、階のもとまで追来たる。折節庭中の柳散れば、
庭掃て出でばや寺に散柳
とりあへぬさまして草鞋ながら書捨つ。
名月や
北国日和
定めなき
敦賀
漸白根が嶽かくれて、比那が嵩あらはる。あさむづの橋をわたりて、玉江の蘆は穂に出でにけり。
鴬の関を過て湯尾峠を越れば、燧が城、かへるやまに初鴈を聞きて、十四日の夕ぐれつるがの津に宿をもとむ。その夜、月ことに晴れたり。「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路のならひ、なお明夜の陰晴はかりがたし」と、あるじに酒すすめられて、けいの明神に夜参す。仲哀天皇の御廟なり。社頭神さびて、松の木の間に月のもり入たる、おまへの白砂霜を敷るがごとし。
「往昔遊行二世の上人、大願発起のことありて、みづから草を刈、土石を荷ひ、泥渟をかはかせて、参詣往来の煩なし。古例今にたえず。神前に真砂を荷ひたまふ。これを遊行の砂持ともうしはべる」と、亭主のかたりける。
月清し遊行のもてる砂の上
十五日、亭主の詞にたがはず雨降。
名月や北国日和さだめなき
さびしさや
すまに勝ちたる
浜の秋
種の浜
十六日、空霽たれば、ますほの小貝ひろはんと種の浜に舟を走す。海上七里あり。天屋何某といふもの、破籠小竹筒などこまやかにしたためさせ、しもべあまた舟にとりのせて、追風時のまに吹き着きぬ。浜はわづかなる海士の小家にて、侘しき法花寺あり。ここに茶を飲、酒をあたためて、夕ぐれのさびしさ感に堪たり。
寂しさや須磨にかちたる浜の秋
波の間や小貝にまじる萩の塵
その日のあらまし、等栽に筆をとらせて寺に残。