末の露もとの雫や世の中のおくれさきだつためしなるらむ
758 小野小町
あはれなりわが身のはてやあさ緑つひには野べの霞と思へば
759 中納言兼輔
桜散る春の末にはなりにけりあままも知らぬながめせしまに
760 藤原実方朝臣
墨染のころもうき世の花盛をり忘れても折りてけるかな
761 藤原道信朝臣
あかざりし花をや春も恋つらむありし昔をおもひ出でつつ
762 成尋法師
花ざくらまだ盛にて散りにけむなげきのもとを思ひこそやれ
763 大江嘉言
花見むと植ゑけむ人もなき宿のさくらは去年の春ぞ咲かまし
764 左京大夫顕輔 ○
誰もみな花のみやこに散りはててひとりしぐるる秋のやま里
765 後徳大寺左大臣
花見てはいとど家路ぞ急がれぬ待つらむと思ふ人しなければ
766 摂政太政大臣
春霞かすみし空のなごりさへ今日をかぎりの別なりけり
767 前左兵衛督惟方 ○
立ちのぼる煙をだにも見るべきに霞にまがふ春のあけぼの
768 大宰大弐重家
形見とて見れば歎のふかみぐさ何なかなかのにほひなるらむ
769 高陽院木綿四手
あやめ草たれ忍べとか植ゑ置きて蓬がもとの露と消えけむ
770 上西門院兵衛 ○
今日くれどあやめも知らぬ袂かな昔を恋ふるねのみかかりて
771 九条院
菖蒲草引きたがへたる袂にはむかしを恋ふるねぞかかりける
772 皇嘉門院
さもこそはおなじ袂の色ならめ変らぬねをもかけてけるかな
773 小野宮右大臣
よそなれど同じ心ぞ通ふべきたれもおもひの一つならねば
774 藤原為頼朝臣
一人にもあらぬおもひはなき人も旅の空にや悲しかるらぬ
775 和泉式部
置くと見し露もありけりはかなくて消えにし人を何に例へむ
776 上東門院
思ひきやはかなく置きし袖の上の露を形見にかけむものとは
777 周防内侍 ○
浅茅原はかなく置きし草の上の露をかたみと思ひかけきや
778 女御徽子女王
袖にさへ秋のゆうべは知られけり消えし浅茅が露をかけつつ
779 一条院御歌
秋風の露のやどりに君を置きてちりを出でぬることぞかなしき
780 大弐三位
別れけむなごりの袖もかわかぬに置きや添ふらむ秋の夕露
781 よみ人知らず
置き添ふる露とともには消えもせで涙にのみも浮き沈むかな
782 清慎公 ○
女郎花見るに心はなぐさまでいとどむかしの秋ぞこひしき
783 和泉式部
ねざめする身を吹きとほす風の音を昔は袖のよそに聞きけむ
784 知足院入道前関白太政大臣 ○
袖ぬらす萩の上葉の露ばかりむかしわすれぬ虫の音ぞする
785 権中納言俊忠
さらでだに露けき嵯峨の野辺に来て昔の跡にしをれぬるかな
786 後徳大寺左大臣
悲しさは秋のさが野のきりぎりすなほ古里に音をや鳴くらむ
787 皇太后宮大夫俊成女
今はさはうき世のさがの野辺をこそ露消えはてし跡と忍ばめ
788 藤原定家朝臣
玉ゆらの露もなみだもとどまらず亡き人恋ふるやどの秋風
789 藤原秀能
露をだに今はかたみの藤ごろもあだにも袖を吹くあらしかな
790 殷富門院大輔
秋深き寝覚にいかがおもひ出づるはかなく見えし春の夜の夢
791 土御門内大臣
見し夢を忘るる時はなけれども秋の寝覚はげにぞかなしき
792 大納言実家 ○
馴れし秋のふけし夜床はそれながら心の底の夢ぞかなしき
793 西行法師
朽ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて枯野の薄形見にぞ見る
794 前大僧正慈円 ○
ふるさとを恋ふる涙やひとり行く友なき山のみちしばの露
795 皇太后宮大夫俊成 ○
うき世には今はあらしの山風にこれや馴れ行くはじめなるらむ
796 皇太后宮大夫俊成 ○
稀にくる夜半もかなしき松風を絶えずや苔のしたに聞くらむ
797 久我太政大臣
物思へば色なき風もなかりけり身にしむ秋のこころならひに
798 (よみ人知らず) ○
故郷をわかれし秋をかぞふれば八とせになりぬありあけの月
799 能因法師
命あればことしの秋も月は見つわかれし人に逢ふよなきかな
800 前大納言公任 ○
今日来ずは見でややみなむ山里の紅葉も人も常ならぬよに
801 太上天皇
思ひ出づる折りたく柴の夕煙むせぶもうれし忘れがたみに
802 前大僧正慈円
思ひ出づる折りたく柴と聞くからにたぐひも知らぬ夕煙かな
803 太上天皇
亡き人のかたみの雲やしぐるらむゆふべの雨にいろはみえねど
804 相模 ○
神無月しぐるる頃もいかなれや空に過ぎにし秋のみや人
805 土御門右大臣女
手すさびのはかなき跡と見しかども長き形見になりにけるかな
806 馬内侍
尋ねても跡はかくてもみづぐきのゆくへも知らぬ昔なりけり
807 女御徽子女王
いにしへのなきに流るるみづぐきは跡こそ袖のうらによりけれ
808 藤原道信朝臣 ○
ほしもあへぬ衣の闇にくらされて月ともいはずまどひぬるかな
809 東三条院 ○
水底に千々の光はうつれども昔のかげは見えずぞありける
810 源信明朝臣
物をのみ思ひ寝覚のまくらには涙かからぬあかつきぞなき
811 上東門院 ○
逢ふ事も今はなきねの夢ならでいつかは君をまたは見るべき
812 女御藤原生子
憂しとては出でにし家を出でぬなりなど故郷にわが帰りけむ
813 源道済 ○
はかなしといふにもいとど涙のみかかるこの世を頼みけるかな
814 (よみ人知らず)
故郷に行く人もがな告げやらむ知らぬ山路にひとりまどふと
815 権大納言長家 ○
玉の緒の長きためしにひく人も消ゆれば露にことならぬかな
816 和泉式部
恋ひわぶと聞きにだに聞け鐘の音にうち忘らるる時の間ぞなき
817 紫式部
誰か世にながらへて見む書きとめし跡は消えせぬ形見なれども
818 加賀少納言
亡き人を忍ぶることもいつまでぞ今日の哀は明日のわが身を
819 律師慶暹 ○
亡き人の跡をだにとて来て見ればあらぬさまにもなりにけるかな
820 紫式部
見し人の煙になりしゆうべより名ぞむつまじき塩釜のうら
821 弁乳母
あはれ君いかなる野辺の煙にてむなしき空の雲となりけむ
822 源三位
思へ君燃えしけぶりにまがひなで立ちおくれたる春の霞を
823 能因法師 ○
あはれ人今日のいのちを知らませば難波の葦に契らざらまし
824 大江匡衡朝臣 ○
夜もすがら昔のことを見つるかな語るやうつつありし世や夢
825 新少将 ○
うつりけむ昔の影やのこるとて見るにおもひのます鏡かな
826 按察使公通 ○
書きとむる言の葉のみぞみづぐきの流れてとまる形見なりける
827 中院右大臣
有栖川おなじながれはかはらねど見しや昔のかげぞ忘れぬ
828 皇太后宮大夫俊成
限りなき思のほどの夢のうちはおどろかさじと歎きこしかな
829 摂政太政大臣
見し夢にやがてまぎれぬ吾身こそ問はるる今日もまづ悲しけれ
830 藤原清輔朝臣 ○
世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空の煙なりけり
831 西行法師
いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人の過ぐらむ
832 前大僧正慈円
皆人の知りがほにして知らぬかな必ず死ぬるならひありとは
833 前大僧正慈円 ○
昨日見し人はいかにと驚けどなほながき夜の夢にぞありける
834 前大僧正慈円
蓬生にいつか置くべき露の身は今日のゆふぐれ明日のあけぼの
835 前大僧正慈円 ○
我もいつぞあらましかばと身し人を忍ぶとすればいとど添ひ行く
836 寂蓮法師 ○
尋ね来ていかにあはれとながむらむ跡なき山の峰のしら雲
837 西行法師
亡き跡の面影をのみ身に添へてさこそは人の恋しかるらめ
838 西行法師 ○
哀とも心に思ふほどばかりいはれぬべくは問ひこそはせめ
839 入道左大臣 ○
つくづくと思へば悲しいつまでか人の哀をよそに聞くべき
840 土御門内大臣 ○
おくれゐて見るぞ悲しきはかなさをうき身の跡となに頼みけむ
841 前大僧正慈円 ○
そこはかと思ひつづけて来て見れば今年の今日も袖は濡れけり
842 右大将忠経 ○
たれもみな涙の雨にせきかねぬ空もいかがはつれなかるべき
843 法橋行遍 ○
見し人は世にもなぎさの藻塩草かき置くたびに袖ぞしをるる
844 祝部成仲
あらざらむ後忍べとや袖の香を花たちばなにとどめ置きけむ
845 藤原兼房朝臣 ○
ありし世に暫しも見ではなかりしをあはれとばかりいひて止みぬる
846 権中納言通俊 ○
問へかしな片しく藤の衣手になみだのかかる秋の寝覚を
847 権中納言国信 ○
君なくてよるかたもなき青柳のいとどうき世ぞおもひ乱るる
848 左京大夫顕輔 ○
いつのまに身を山がつになしはてて都を旅と思ふなるらむ
849 柿本人麿
久方のあめにしをるる君ゆゑに月日も知らで恋ひわたるらむ
850 小野小町 ○
あるはなくなきは数添ふ世の中にあはれいづれの日まで歎かむ
851 在原業平朝臣
白玉か何ぞと人の問ひしとき露とこたへて消なましものを
852 延喜御歌 ○
年経ればかくもありけり墨染のこは思ふてふそれかあらぬか
853 中納言兼輔 ○
亡き人をしのびかねては忘草おほかる宿にやどりをぞする
854 藤原季縄
悔しくぞ後に逢はむと契りける今日を限といはましものを
855 中務卿具平親王 ○
墨染のそでは空にもかさなくにしぼりもあへず露ぞこぼるる
856 紫式部 ○
暮れぬまの身をば思はで人の世の哀を知るぞかつははかなき
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