今日は鉄道とは関係がある様で関係無い話題です
さて皆さんは「海の新幹線」といった台詞を何処かで聞いたことはありませんか。
恐らく殆どの方はまず聞いたことが無いはずです。
当然です。常識的に考えて新幹線が軌道上以外を走行することは絶対に有り得ません。
にもかかわらず何故、こんな言葉が自然に生まれたのでしょうか。
その答えはかつて宇野駅と高松駅間を結んでいた宇高連絡船の中にありました。
かつて瀬戸大橋が開通するまでの間、四国と本州の移動は海路が一般的でした。
この区間はJR四国が宇高連絡船として旅客営業を行っていました。
さて宇高連絡船は青函連絡船と異なり、運行便に普通、急行の区別が存在しました。
そして急行に主に充当されていたのが、水陸両用の乗り物であったホバークラフトです。
(画像はWikipediaより引用しています。)
このホバー便(急行)は一般便の約1/3の所要時間である約23分で宇高間を結んでいました。
また一般船を遥かに上回る時速80km/h運航もあり、利用者の間で「海の新幹線」の愛称を定着させました。
そして時には後続のホバー便が先発の一般便を海上で追い越す光景もあり、面白い存在でした。
ただ宇高連絡船の廃止から22年後の今、なぜホバー便はそれほど浸透しなかったのか。
実は急行便で運用される機体は、必ずしもホバークラフトだけではありませんでした。
そうです。多客期の臨時便や全般検査の際は、高速艇を使用する場合もあったのです。
この高速艇は宇高間を約27分で結んでいた為、両者の所要時間は実質ほぼゼロに等しいと言えます。
(画像はWikipediaより引用しています。)
また高速艇と比較して、燃費が悪い上に混雑時でも詰め込みが出来ない等、数多くの問題点が存在しました。
従って瀬戸大橋線の開通後はその役目を高速艇に託す形で、活躍の場を離れることになりました。
(高速艇の運航は、瀬戸大橋の開通後も暫く行われていました。)
今日は以上です。
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はじめに
最近は試験前という事もあり、更新が中々出来ない状況に陥っています。
(ただし一時休止をしたわけではありませんので勘違いしないで下さい。)
では本題です。今日、私は通学途中に偶然にも体質改善工事を施した221系電車に遭遇しました。
従って今回は、改造によって見違えるほど大変身した221系電車の様子を紹介します。
まず先頭部分を見ただけでも、改造前と比較して激変している様子が伺えます。
最大の特徴は今までJRマークが存在した場所に、行先表示板が新設されたことです。
そして排障器は更に頑丈に、前照灯は更に輝度を高めた物に変更されています。
まずは座席を中心とした車内全体の様子をご覧下さい。
座席は枕カバーが223系などと同様の物に交換された他、窓側席の肘掛が撤去されています。
また手摺は事故時の衝撃を軽減する目的か、225系などの物以上に丸みを帯びた形状に変更されています。
そして各車両のドア上部分には電光掲示板が新設されました。
元々無かったことに加え、少々前方に張り出しているので少々違和感を感じさせます。
ちなみにドア付近の座席は、ラッシュ時の詰め込みを考慮してか補助シートを装備した物に変更されています。
すぐ横に窓が存在していることもあってか、開放感が感じられます。
ただ補助シートの設置によって座席数が、1両あたり12席(3列分)も減少した点は少々痛いものです。
(車椅子スペースを新設した車両は、これに加えて更に4席減少します。)
さて。先頭車両への車椅子スペースの新設も今回の改造の大きな特徴です。
ちなみに連結面のドア、エアコン、手摺などは225系と同様の物に変更されています。
(ここだけ見たら、225系と殆ど変りません。)
最後に、この体質改善車ですがまだ本数が少ない為か、狙って乗車するのは至難の業です。
また網干総合車両所の編成で改装済みの車両は、6両編成と4両編成共に1本ずつとかなり少ないです。
従って体質改善車を頻繁に目に出来る様になるのは「まだまだこれから」と言えます。
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