今日は特定地方交通線に関する話題です。
まず特定地方交通線とは近々に廃線する事を前提に選定された路線のことです。
つまり幹線は勿論、地方交通線よりも更に格下である事を意味します。
さて特定地方交通線の選定は最早、「その路線に死を告げる」に値するものでした。
そしてその「悪魔の宣告」は国鉄分割民営化が迫るにつれて1つまた1つと増えていきました。
(これによって第1次廃止対象路線から第3次廃止対象路線まで計79路線が選定されました。)
まず1981年9月頃に以下の基準に則って第1次廃止対象路線に選定されました。
(輸送密度とは1日1km当たりの平均輸送量を意味します。)
・輸送密度が2000人/日未満である。また営業キロ数が30km未満の行止まり線である。(高砂線など)
・営業キロ数が50km未満である。また旅客輸送密度が500人/日未満である路線。(白糠線など)
また1984年6月頃には以下の基準に該当する路線が第2時廃止対象路線に選定されました。
・輸送密度が2000人/日未満である場合。(羽幌線など)
(支線並びに行止まり線であるかどうかは一切問わない)
ただし下記の条件に1個でも該当する路線は上記の廃止対象路線の選定から除外されました。
(しかし選定後に該当しなくなった場合は、新たに廃止対象路線に追加選定されます。)
・代替輸送道路が未整備。或いは代替輸送道路が積雪で1年間に10日以上通行不能になる場合。(越美北線など)
・最混雑時の乗客が一方向あたり1時間当たり1000人を超える場合。(宗谷本線など)
・平均乗車キロが30km以上である。また輸送密度が1000人/日を超える場合。(大湊線など)
そして上記の廃止対象路線は国鉄分割民営化の直前をピークに次々と廃止されました。
(特に1987年における廃止距離は他年と異なり突出しています。)
如何ですか。一度でも廃線が進行すると、後を追う様に他の路線も次々と廃止される様子がお分かり頂けるはずです。
さて今後再びこの様な大規模な赤字路線の廃止が行われた場合どうなるのか…。
最早、恐ろしい結果になる事は容易に想像が付くはずです。
今日の記事は以上です。
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はじめに
5月頃に購入した私のノートパソコンが木曜日にいきなり電源が全く入らなくなりました。
(本当に最近、碌な事が起こりません。)
では本題です。東舞鶴駅からは特急「まいづる」を利用して二条駅まで向かいます。
既に自由席車両は窓側を中心に席が埋まりつつありました。
(この日[1月4日]がUターンラッシュのピークであった事も関係しています。)
さて列車は大勢の乗客を乗せて東舞鶴駅を後にしました。
列車は停車駅を重ねる毎に、此方の予想以上の数の乗客を乗せていきます。
(西舞鶴駅を発車する時点で自由席は立席客が発生しました。)
さて少々話をずらしますが何故、特急降車駅を京都駅でなく、あえて二条駅にしたのか?
実は東舞鶴駅から京都駅まで特急を利用すると営業キロが100kmを超えてしまいます。
この為、特急料金が100km以内の場合の約1.4倍に跳ね上がってしまいます。
(二条駅~京都駅間のみでは快速列車でも所要時間は殆ど変りません。)
東舞鶴駅から約1時間半。京都駅の2つ手前である二条駅に到着しました。
ここからは221系を使用した普通列車で2駅先の京都駅に向かいます。
そして二条駅から約5分程度で山陰本線の終着駅である京都駅に到着します。
旅もいよいよ幕を下ろそうとしつつあります。
京都駅からは225系0番台を使用した新快速で加古川駅に向かいます。
列車はすっかり闇と化した東海道を高速で疾走します。
そして私は加古川駅で普通列車に乗り換えて宝殿駅を目指します。
(ここでは割愛します。)
午後8時頃。ついに今回の最終目的地である宝殿駅に到着しまし。
かくして今回の旅行記は幕を下ろしました。
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はじめに
今回は九頭竜湖駅から東舞鶴駅までの様子をご紹介します。
まずキハ120系気動車を使用した普通列車に戻ります。
前後を山で囲まれた小さな駅から1両編成の気動車が出発します。
午前10時52分。列車は九頭竜湖駅を後にしました。
九頭竜湖駅までは区間によっては手付かずの自然の眺めが広がります。
そして車窓には少しずつですが集落が増えてゆきます。
九頭竜湖駅から約100分。終点の福井駅に到着しました。
駅舎は高架式の物が採用されている他、駅構内には様々な商業施設が存在します。
(駅構内には新幹線の形を模したタイムカプセルが設置されています。)
福井駅からは521系を使用した普通列車で敦賀駅に向かいます。
2両編成という事もあり車内はかなり混雑していました。
(窓側座席を確保出来なかった為、車窓は撮影出来ませんでした。)
さて北陸トンネルに近い今庄駅では特急列車の通過待ちが行われます。
白銀の中を列車は一気に駆け抜けます。
福井駅から約1時間。敦賀駅に到着しました。
暫くすると遅れていた特急「トワイライトエクスプレス」がやって来ました。
敦賀駅からは125系を使用した普通列車で小浜線の終着駅である東舞鶴駅に向かいます。
西日本のローカル線では珍しく新型車両が採用されています。
午後2時22分。列車は敦賀駅を後にしました。
進行方向右側には時折、日本海の眺めが広がります。
(天気は晴れ⇒大雪⇒霙と目まぐるしく変化します。)
午後4時過ぎ。ようやく東舞鶴駅に到着しました。
今回はここまでです。次回は東舞鶴駅から宝殿駅までの様子を紹介します。
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はじめに
今回は2〜3回に分けての公開を予定しています。
では本題です。諸事情により今回の旅行は大阪駅から始まります。
まず223系2000番台を使用した新快速で京都駅を目指します。
いよいよ約14時間にも渡る長旅が幕を開けます。
午前6時33分。列車は大阪駅を後にしました。
まだ夜明け前の東海道を列車はひた走ります。
大阪駅から約30分。乗換駅の京都駅に到着です。
早朝という事もあり駅前と駅ビル共にかなり閑散としています。
京都駅からは683系4000番台を使用した特急「サンダーバード」で一気に福井駅に向かいます。
余談ですがこの日の自由席は約7割の座席が埋まる程度でした。
(私は混雑すると予想していた為、指定席を手配していました。)
さて列車は湖西線に入ると車両の性能を存分に発揮します。
唐崎駅を過ぎると進行方向右側には琵琶湖(1枚目)が広がります。
そして敦賀駅を出ると列車は全長約13kmの北陸トンネルに入ります。
京都駅から約90分。ようやく福井駅に到着しました。
車両には先頭車両を中心に雪が付着しています。
福井駅からはキハ120系気動車を使用した普通列車で九頭竜湖駅に向かいます。
車体には越美北線開通50周年を記念したラッピング塗装が施されています。
(ラッピング塗装のデザインは全部で3種類存在します。)
午前9時17分。約9分遅れで福井駅を出発しました。
列車は福井駅を出ると直ぐに北陸本線の線路と分離します。
やがて車窓には山々と雪が作り出した雄大な眺めが広がります。
午前10時50分。少し遅れて終点の九頭竜湖駅に到着しました。
今回はここまでです。次回の公開範囲は未定です。
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はじめに
皆さん明けましておめでとう御座います。本年もよろしくお願いします。
(今年は去年よりは更新頻度を上げる予定です。)
では本題です。今日は早朝且つ凍てつく寒さの中、初日の出を撮影する為に去年同様に「あの場所」へ行ってきました。
雲が多く掛っている事もあり、去年の今日と比較すると眺めはかなり劣っています。
(見えただけでも手を打ちましょう。)
さて果たして2013年はどの様な年になるのか…。
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