■■■■■■■■■■第3の推論法■■■■■■■■■
北條俊彦
経営コンサルタント・前 住友電工タイ社長
■■「ドン・キホーテ」
🔵スペインの作家ミゲル・セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」
は, 私の好きな作品である。
空想と現実の区別がつかなくなった田舎郷士が, Don Quixote dela
Manchaと名乗り、遍歴の騎士として正義の戦いの旅に出る。
「ドン・キホーテ」(出典:スペイン情報誌acueducto特集後編出版400年に寄せて)
普段は理性的であり,思慮深い遍歴の老騎士は、三度の旅の後, 病に
倒れ、心の平安を取り戻し、やがて死を迎える。
・正気から狂気、
・そして喜劇から悲劇への転換。
・『理想と現実の相剋』、
・そして『狂気と正気の相対性』、
兎角、人の世は儘ならぬ。
🔵ツルゲーネフは、講演『ハムレットとドンキホーテ』で,人を ハ
ムレット型とドンキホーテ型の二種類に分け その概念を述べている
が,「ハムレット型は自己中心的でエゴイスト、優柔不断で非行動的
であり、懐疑、苦悩そして自虐の世界へと入り込む。
ドンキホーテ型は真理と理想を信じ,自己犠牲を厭わず正義に生きよ
うと行動するが分別に欠ける嫌いがあり, 誇大妄想に陥り易い.」と・
(ツルゲーネフ肖像:出典Wikipedia)
以前に読んだニューヨークタイムズに、『プーチンは、ロシア文化
の偉大さを自慢し、とりわけ文豪ツルゲーネフを礼賛している。
そしてモスクワ南方の地方都市ムチェンスクににあるツルゲーネフ
の屋敷を、国威誇示の場として大改修している。
しかし、ツルゲーネフは国際的な進歩主義者であり1883年パリ郊外
で生涯を閉じる迄,祖国ロシアに対しては明らかに悲観的に見ていた。
彼の文章には祖国についての手厳しい批判が常に織り込まれている。
19世紀のロシアは、いわゆる“西欧派”と“スラブ主義者“の間で理論
や政治をめぐって対立、衝突の火種は今日まで燻り続けている。
ツルゲーネフは“ロシアは欧州に属し、欧州と分離した道を行くとい
うような馬鹿げた空想は避けねばならない“と考えており、西欧派の
立場を明確に支持している。
そのツルゲーネフが今日のロシアで何故、礼賛されるのか?その理
由は何なのか?それは“彼が紛れもないロシア人であり, ロシアを代
表する文豪の一人“であるからだ。』と言うような記事が載っていた
と記憶する。
若い頃、ロシア音楽や文学に触れることも多く,ツルゲーネフの作品
では「初恋」と「猟人日記」を私は好んだ。彼の作品は社会性が
強く人間や社会について厳格な観察による真実の描写が印象的で あ
った。
そういえば ウラジミール・ウリヤーノフ(レーニン)も 革命
思想に触れる前,ツルゲーネフの作品を読み耽っていたとか、彼がツ
ルゲーネフの作品をどう解釈したのか知りたいところである。
■■「トヨタの行方」
🔵最近、トヨタ自動車グループで安全や品質に関する重大な不祥事
が続いている。トヨタを永く敬愛してきた者として,非常に残念であ
る。
自動車産業のグローバル化は進み,部品メ―カーとの系列色は 薄まっ
ているが、今回の不祥事は,トヨタ自動車(創業家)を頂点にトヨタ
グループ内の支配強化で“本体にものが言えず” グループ企業の独立
性が損なわれてしまったことが要因の一つではないだろうか。
そして“上にもの言えない風潮”に優秀な従業員はトヨタを去り,トヨ
タというブランド志向のブランド学生を選択採用するなど,人財の質
も大きく変化してきているようだ。
個性を活かし,トヨタの企業風土や文化の担い手を育てるといった人
財の育成は進まず、価値の共有や技術の伝承もされなくなっている。
🔵企業寿命30年説では 『企業が繁栄のピークを謳歌できる 期間は
平均僅か30年程度であり,経営者が創業精神を失った時衰亡の途を辿
り始める。私利私欲に走らず,創業期の理念と情熱を持ち続け、実勢
の中に変化を見極め自己変革の決断ができる企業のみがその成長を
持続させ,企業寿命を永らえさせることができる。』としつつも、
時代の変化、経済・社会の変化、産業構造の変化は更に激しく,企業
は益々厳しい環境に直面し、その寿命は短縮化し20年とも言われる。
創業家至上主義は企業姿勢を,より内向的、且つ保守的にさせ企業組
織の活力を失わせる。リーダーとしての資質と 謙虚さのない経営者
による独裁体制は、いずれ破綻の危機を迎えることになりかねない。
“企業は個人の所有物ではなく”創業期の原点に立ち戻り,輝きを取り
戻す日が来ることを切に願いたい。
企業組織は、企業目的を達成するために個人から構成される集団で
あり,夫々に企業文化や風土が存在する。事業変化とその複雑性,多様
化する働き方、仕事観やキャリア観の変化から,厳格なルールや細か
い制度を作ることより
⑴インターナルコミュニケーションを活発にさせ、
⑵インナーブランデイング、即ち,企業理念や価値を再定義し,従業員
に対し共感と行動変容を促す行動が重要である。結果,,企業文化と風
土がより深く醸成され, 組織は活性化し, より持続的な成長を 続ける
事ができる。
🔵現役時代, 私は長らく営業としてトヨタを担当させて頂いたが、
多くのことを学び企業人として鍛えて頂いた。 当時,トヨタには“凄
い奴“が沢山いた。
企業としても 自由闊達な気風と世界をリードするという気迫に満ち,
各企業もトヨタと夢を共有し、互いに切磋琢磨したものである。
トヨタでは特に現場で学ぶ事の大切さを学んだが,三現主義という言
葉をご存知であろう。製造業の現場だけでなく、日本人の学び方、
職場での働き方の“肝“である。
普段、人は基本特性として「短時間で情報を判断して 意思決定する
(ヒューリステイック)」というプロセスを繰り返す。多くの複雑
で不確定な情報を限られた知見(経験)と記憶,そして短時間で問題
解決を行っている(ほぼ直感的に)。
この事実を体感し,これまでの経験と知見から瞬時に理解(推論)する
というプロセスを閃きともいうが、閃きは長年培われてきた我々の
知性であり、感性である。企業経営においても決断する上で,最も重
要な動機となる。
しかし,人の基本習性であるヒューリステイックだけでは判断を誤る
リスクを常に孕む。予想は事実ではなく,事実を的確に捉え正しい判
断と問題解決を行うためには,三現主義で考動することは必須である。
そして、第三の推論法『Abduction』も重要になってきている。
Abductionとは、アメリカの哲学者パースが, アリストテレスの論理
学をもとに「帰納法」「演繹法」に続く第三の推論法として 提唱し
た『想像力が発揮される余地の大きい仮説形成のための方法論』で
ある。
(Charles Sanders Peirce)(1839~1914)
“遡及推論”とも呼ばれ、結果から遡って原因を推測する 論理である
が、そもそも「推論」とは、既知の前提から 未知の結論を導き出す
ための論理的に統制された思考プロセスのことであり,その場合、人
は既知の領域を未知の領域に当てはめて(類似・相似)想像すること
になる(アナロジー)。
■■「推論の成果」
🔵ここで推論の方法を少しおさらいしてみるが、
第一の「演繹法」(deduction)は、三段論法推論で,その前提を真
と認めたら,結論を真と認めざるを得ない論理展開で, 前提が間違っ
ていると推論も間違ってしまう詐欺師の使う常套手段でもある。
第二の「帰納法」(induction)は、複数の前提(事実)から 共通点
を見つけ一般論を導く方法である。サンプル数が少ないほど推論の
妥当性が弱くなる(騙されやすい)。
そして、第三の推論「遡及推論」(abduction)が、観測(観察)で
きる事実や普遍的な事象から,観測不可能な原因を推論する方法であ
る。即ち,探求の第一段階であり、仮説形成(新理論の発見、新しい
着想)のプロセスとなる。
そのプロセスとは、
⑴現象の観測(観察)を基点とし、
⑵仮説の発見を経て、
⑶仮説の定立に終わる。
即ち,科学の方法(Scientific method)において仮説構築プロセスを
担当する論理となる。科学の方法が客観的事実や 実験結果と合致す
るかどうかといった客観的な判断基準によって 信念が決定づけられ
る。
この科学的方法によってのみ我々は「物事の真なる姿」に 辿り
着く事が可能になるのだ。科学的な発明には大抵,abductionが関係
しているのである。
🔵パースは、探求(inquiry)は 信念(belief)に到達しようとする
努力を指し、探求は疑念(doubt)という刺激によって生み出され信
念が得られた時に停止する。
この信念の形成へと至る探求こそが思考の唯一の機能であるとも語っ
ている。また創造はabductionで仮説を創出(観測、観察と気付きの
事実から説明仮説)し、⇨「演繹」で仮説を具体論にする(説明仮説
から検証可能な予測を演繹的に導き出し結論に向けて分析)。
⇨「帰納」で仮説を検証する(帰結と経験を照合し仮説を検証する)。
このように各プロセスを繰り返すことで,仮説は強化され理論は前に進
み、結果,新たな価値創造がなされて行くことになる。
パースの唱えるプラグマテイズムとは,物事の真理を理論や信念からだ
けではなく,行動の結果によって判断しようとする考え方で、経験不可
能な事柄の真理を考えることはできないとする実用主義, 実践主義など
と訳されるアメリカ哲学の一つである。
そして 創始者パースの「プログマテイズムの格率」とは,思考や
行動の真実性や価値を,それがもたらす具体的な結果を基準に判断する
というものである。