アメリカの中間選挙が終わったが、2年ごとに選挙フィーバーが繰り広げられる国で起こっている真実に真剣に目を向けているアメリカ国民は多くないのであろうか。また先進国アメリカの中の後進国という矛盾を誰も不思議だと思わないのだろうか。
最初に、デール・マハリッジ著「コロナ禍のアメリカを行く」(原書房、2021年11月発行)を紹介しよう。この著者は、ピュリツァー賞作家でコロンビア大学の教授であるが、労働者階級の出身でアイビーリーグの大学の先生が上流階級の出身が多い中で、極めて居心地が悪いと思っている先生である。彼が主に取り組んでいるテーマは貧困問題で、この本もコロナ禍にあるアメリカを西から東までの取材の旅である。この本のサブタイトルとも言うべき言葉は、廃墟と化したガソリンスタンドの建物の中にあったスプレーで書かれた「Fucked at Birth」という文字。著者はこの言葉を取材する相手に見せてその感想を聞いている。
※「fuck」はそのものずばりの意味、「fuck you」はくたばっちまえ、「fuked at Birth」は生まれたときからどん底
著者が目にするのは至るところに存在するホームレスの群れ。例え雇用されていても、低すぎる賃金(アメリカでは最低賃金が15ドル/時間)と高すぎる家賃のために、容易にホームレスになる。アイダもその一人で配達員として働いているが、今の住居は小型のSUV。公営住宅入居待ちリストの最下位にいるので、当面住宅に入居することはできない。自家用車で寝ることも安全上あるいは規則上難しい。こうした人たちに安全な駐車場を提供するボランティア団体も存在する。コロナのせいで移動を禁止され、仕事場の近くに車を停めて寝られるようになった。ところが、一方でコロナにより、在宅勤務への切り替えが進み、オフィスビルに人がいなくなり、清掃員や警備員がいらなくなった。
1980年代仕事を探す新たな浮浪者達にも楽観論が聞こえた。90年代~2000年代になると、彼らは自分たちの人生は良くならないだろうと感じるようになった。そこではびこるのが自己責任論、「私はこのアメリカという図式の中で失敗した。それは私自身の責任だ」「悪いのは私だ。私があまり賢くなかったから」。ニューヨークシティでは、貧困から目をそらすことは不可能に近い。物乞い、睡眠不足のまま地下鉄に乗ってその日二つ目か三つ目の仕事に出かける移民、居酒屋や市場で働く人々、リフトやウーバーの運転手。すぐ目の前に存在するのに、精神的な影響を受けないためには、意識的に目を閉じていなければならない。
著者が1991年に「ニューヨークタイムズ」に寄稿した論説。国中のホームレス一掃計画で厚さ5cmにもなったファイル、もうファイルを作ることさえあきらめた。ホームレス一掃は今やニュースにさえならない。解決策は明らか、誰もが知っているのに何もしない。最低賃金を上げ、公営住宅を建て、精神療養施設を増やし、教育を施す。リベラル派も保守派も不寛容な社会を容認している。
さて、これはアメリカの話であった。では日本は?日本の相対的貧困率はG7の中でアメリカに次いで高い。2018年の数字で貧困率は15.7%、6人に一人、約2000万人が貧困ライン以下(世帯年収でいうと127万円)。そして自己責任論がはびこっている。セーフティネットである生活保護制度も受給を希望しない国民が大勢いる。日本の場合は自己責任論もあるが、政府の世話になるというスティグマ(焼き印)を怖れているせいで、受給を希望しない。
一冊目でここまで来てしまった。二冊目は菅谷洋司著「「偉大な後進国」アメリカ」(現代書館、20年5月)、ドラマ仕立てで読んでいて面白い。特に最後のドラマ、メラニアとビンドマン中佐の話、二人はともに東欧(前者はスーパーモデルでユーゴスラビア出身、後者はウクライナ出身)。2019年11月アメリカ下院情報特別委員会公聴会にビンドマン中佐は証言台に立つ。事件はウクライナ疑惑すなわち当時のトランプ大統領がバイデン候補の息子の汚職疑惑を現在テレビで毎日顔を見ないことはないゼレンスキー大統領に軍事援助を見返りに捜査するよう要求したというもの。ビンドマン中佐はトランプとゼレンスキーの電話会談の模様を聞いていた。中佐が述べた発言の最後、「父さん、私が議員たちを前に、今日、この議会の席に座り、このような話をできていることは、40年前にあなたがソ連を去り、家族のためにより良い生活を求めてアメリカへ来た決断が正しかったことを証明しています。心配しないでください。私は真実を話します。」そして議員たちに「(この機会を与えてくれた)皆様のご厚意に感謝します。私はあなたたちの質問に喜んでお答えします。」
※メラニア トランプ元大大統領夫人
アフリカへハンティングに訪れる外国人の8割がアメリカ人。アメリカの若い女性がキリン狩りをして、その肉を食べたことをSNSで流したら、非難が殺到した。アメリカは血塗られた歴史を持つ、先住民の殺戮、バッファロー、さらにはベトナム戦争。国内では警察官に射殺される人の数は毎年千人近くになる。1999年に起きたコロンバイン・ハイスクール(コロラド州)は今や聖地化されようとしている。以下「陽気なエノラ母さんが運んだ爆風」から引用。彼女の名前は知らなくとも、陽気なエノラ母さんに出会った日本人は少なくとも十万人以上はいる。しかし、その記憶をとどめている人はもはや数少ない。間近で彼女を見上げた多くの人は、それからまもなく、記憶を持てない体になっていた。朝日を浴びながら座っていた階段に影だけ残して、消えてしまった人もいる。(引用終わり)エノラ・ゲイは広島に原子爆弾を投下したB29のパイロットの母親の名前。そしてオバマが訪れた広島。その訪問には重そうな黒い皮の鞄(「ニュークリア・フットボール」と呼ばれた、核攻撃命令を下す装置)を持った軍人が付き添っていた。
最初に、デール・マハリッジ著「コロナ禍のアメリカを行く」(原書房、2021年11月発行)を紹介しよう。この著者は、ピュリツァー賞作家でコロンビア大学の教授であるが、労働者階級の出身でアイビーリーグの大学の先生が上流階級の出身が多い中で、極めて居心地が悪いと思っている先生である。彼が主に取り組んでいるテーマは貧困問題で、この本もコロナ禍にあるアメリカを西から東までの取材の旅である。この本のサブタイトルとも言うべき言葉は、廃墟と化したガソリンスタンドの建物の中にあったスプレーで書かれた「Fucked at Birth」という文字。著者はこの言葉を取材する相手に見せてその感想を聞いている。
※「fuck」はそのものずばりの意味、「fuck you」はくたばっちまえ、「fuked at Birth」は生まれたときからどん底
著者が目にするのは至るところに存在するホームレスの群れ。例え雇用されていても、低すぎる賃金(アメリカでは最低賃金が15ドル/時間)と高すぎる家賃のために、容易にホームレスになる。アイダもその一人で配達員として働いているが、今の住居は小型のSUV。公営住宅入居待ちリストの最下位にいるので、当面住宅に入居することはできない。自家用車で寝ることも安全上あるいは規則上難しい。こうした人たちに安全な駐車場を提供するボランティア団体も存在する。コロナのせいで移動を禁止され、仕事場の近くに車を停めて寝られるようになった。ところが、一方でコロナにより、在宅勤務への切り替えが進み、オフィスビルに人がいなくなり、清掃員や警備員がいらなくなった。
1980年代仕事を探す新たな浮浪者達にも楽観論が聞こえた。90年代~2000年代になると、彼らは自分たちの人生は良くならないだろうと感じるようになった。そこではびこるのが自己責任論、「私はこのアメリカという図式の中で失敗した。それは私自身の責任だ」「悪いのは私だ。私があまり賢くなかったから」。ニューヨークシティでは、貧困から目をそらすことは不可能に近い。物乞い、睡眠不足のまま地下鉄に乗ってその日二つ目か三つ目の仕事に出かける移民、居酒屋や市場で働く人々、リフトやウーバーの運転手。すぐ目の前に存在するのに、精神的な影響を受けないためには、意識的に目を閉じていなければならない。
著者が1991年に「ニューヨークタイムズ」に寄稿した論説。国中のホームレス一掃計画で厚さ5cmにもなったファイル、もうファイルを作ることさえあきらめた。ホームレス一掃は今やニュースにさえならない。解決策は明らか、誰もが知っているのに何もしない。最低賃金を上げ、公営住宅を建て、精神療養施設を増やし、教育を施す。リベラル派も保守派も不寛容な社会を容認している。
さて、これはアメリカの話であった。では日本は?日本の相対的貧困率はG7の中でアメリカに次いで高い。2018年の数字で貧困率は15.7%、6人に一人、約2000万人が貧困ライン以下(世帯年収でいうと127万円)。そして自己責任論がはびこっている。セーフティネットである生活保護制度も受給を希望しない国民が大勢いる。日本の場合は自己責任論もあるが、政府の世話になるというスティグマ(焼き印)を怖れているせいで、受給を希望しない。
一冊目でここまで来てしまった。二冊目は菅谷洋司著「「偉大な後進国」アメリカ」(現代書館、20年5月)、ドラマ仕立てで読んでいて面白い。特に最後のドラマ、メラニアとビンドマン中佐の話、二人はともに東欧(前者はスーパーモデルでユーゴスラビア出身、後者はウクライナ出身)。2019年11月アメリカ下院情報特別委員会公聴会にビンドマン中佐は証言台に立つ。事件はウクライナ疑惑すなわち当時のトランプ大統領がバイデン候補の息子の汚職疑惑を現在テレビで毎日顔を見ないことはないゼレンスキー大統領に軍事援助を見返りに捜査するよう要求したというもの。ビンドマン中佐はトランプとゼレンスキーの電話会談の模様を聞いていた。中佐が述べた発言の最後、「父さん、私が議員たちを前に、今日、この議会の席に座り、このような話をできていることは、40年前にあなたがソ連を去り、家族のためにより良い生活を求めてアメリカへ来た決断が正しかったことを証明しています。心配しないでください。私は真実を話します。」そして議員たちに「(この機会を与えてくれた)皆様のご厚意に感謝します。私はあなたたちの質問に喜んでお答えします。」
※メラニア トランプ元大大統領夫人
アフリカへハンティングに訪れる外国人の8割がアメリカ人。アメリカの若い女性がキリン狩りをして、その肉を食べたことをSNSで流したら、非難が殺到した。アメリカは血塗られた歴史を持つ、先住民の殺戮、バッファロー、さらにはベトナム戦争。国内では警察官に射殺される人の数は毎年千人近くになる。1999年に起きたコロンバイン・ハイスクール(コロラド州)は今や聖地化されようとしている。以下「陽気なエノラ母さんが運んだ爆風」から引用。彼女の名前は知らなくとも、陽気なエノラ母さんに出会った日本人は少なくとも十万人以上はいる。しかし、その記憶をとどめている人はもはや数少ない。間近で彼女を見上げた多くの人は、それからまもなく、記憶を持てない体になっていた。朝日を浴びながら座っていた階段に影だけ残して、消えてしまった人もいる。(引用終わり)エノラ・ゲイは広島に原子爆弾を投下したB29のパイロットの母親の名前。そしてオバマが訪れた広島。その訪問には重そうな黒い皮の鞄(「ニュークリア・フットボール」と呼ばれた、核攻撃命令を下す装置)を持った軍人が付き添っていた。