醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  1026号   白井一道

2019-03-15 08:34:28 | 随筆・小説



   鶯や餅に糞(ふん)する縁のさき     芭蕉



句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』を読むとこの句には異型の句が二つ紹介されている。「うぐいすや餅に屎(ふん)する縁の上」、「うぐいすや餅に糞する縁の上」である。
華女 何年に詠まれている句のかしら。
句郎 今栄蔵著『芭蕉年譜大成』によると元禄五年(1692)芭蕉49歳の年の一月末に「史考と両吟歌仙を巻く」とある。
華女 その歌仙の発句が「鶯や」の句だったのね。
句郎 できたと芭蕉が考えた句が「鶯や餅に糞する縁のさき」だった。史考と二人で歌仙を巻いた時に詠んだ発句が「うぐいすや餅に屎(ふん)する縁の上」だったのか「うぐいすや餅に糞する縁の上」だった。
華女 芭蕉は「うぐいすや餅に屎(ふん)する縁の上」、「うぐいすや餅に糞する縁の上」を推敲し、「鶯や餅に糞する縁のさき」としたということね。
句郎 「鶯や餅に糞する縁のさき」。この句は俳諧、歌仙の発句ではなく、歌仙から自立した俳句になっている。芭蕉はこの句が俳句だと言う認識はなかったが、俳句をすでに無自覚的に詠んでいた。
華女 俳句の誕生は明治なって詠まれた正岡子規の句だと高校生の頃、国語の時間に教わったような記憶があるけれど、すでに芭蕉が俳諧の発句ではなく、俳諧から自立した俳句をよんてせいたということなのね。
句郎 正岡子規は芭蕉の句より蕪村の句を高く評価し、これは俳句だと認識したということだと思う。
華女 無自覚に詠まれていた句を俳句だと自覚し、認識したのが子規だということなのね。
句郎 これは新しい文芸、俳句だと意識化したということは子規の手柄だと思う。
華女 芭蕉は3百年も前にすでに俳句を無自覚に詠んでいたということは凄いことだと思うわ。
句郎 俳諧の発句は俳句へと発展していく必然性があったのだと思うな。
華女 その必然性を認識したのが正岡子規だったということなのね。
句郎 芭蕉は発句としては上五を「うぐいすや」と平仮名で書き、詠んでいる。がしかし俳句として詠んだものは平仮名を漢字で書き、詠んでいる。なぜ芭蕉は平仮名の上五を俳句にした場合、漢字にしたのか、その理由は何かな。
華女 芭蕉は季語を強調したかったのよ。季節の言葉、鶯は平仮名で書くより、漢字で書いた場合の方が強調できるのではないかと考えたのよ。
句郎 平仮名より漢字は発信力があるということなのかな。
華女 漢字は平仮名より硬さがあるでしょ。だからなのよ。この堅さが読み手に印象を明確にする働きがあるように感じるのよ。
句郎 餅は初めから漢字で書いている。「ふん」という言葉の漢字に芭蕉は推敲している。「えん」は漢字で「縁」と書き、場所をはっきりさせている。
華女 この句は鶯が糞をするということが俳句なのよ。芥川龍之介の短編小説に『好色』があるでしょう。『今昔物語』に取材した短編よ。美女に惚れた男が恋焦がれ、諦めるため美女の糞を見ようとする色好みの男の話よ。
句郎 美女の糞が小説になっているということかな。
華女 だから鶯の「ふん」をどの漢字で書くと俳句になるかと芭蕉は推敲したということなのよ。きっと。
句郎 その結果が「糞」だったということか。
華女 「ふん」を表現する漢字は「糞」がもっとも迫力があると芭蕉は感じたのよ。私もこの「糞」の漢字が最も「ふん」を表現していると思うわ。
句郎 「鶯が餅に糞をする」からこの句は俳句になったということだよね。
華女 名詞を漢字で書いていくのよ。「鶯」「餅」「糞」と詠んでいくとここにリズムが生れているわ。強弱強というリズムね。
句郎 「鶯」が一番強く、「餅」とやや弱くなり、「糞」とやや強くなるということ。
華女 更に「縁」と弱くなるのよ。強弱強弱というリズムね。下五のおわり「縁」の「さき」は平仮名なのよ。更に弱くなっていくようになっているのだと思うわ。
句郎 この句のリズムは強弱強弱弱というリズムになっているということなのかな。
華女 芭蕉の言語感覚は研ぎ澄まされているように感じるわ。
句郎 この句は名句のようだ。