醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1028号   白井一道

2019-03-17 16:02:41 | 随筆・小説



 この心推せよ花に五器一具    芭蕉


句郎 『葛の松原』に載せてある句のようだ。
華女 『葛の松原』とは、俳諧集なのかしら。
句郎 芭蕉の弟子の各務支考(かがみしこう)が著した随筆風俳論書が『葛の松原』かな。
華女 芭蕉には有能なお弟子さんが何人もいたのね。
句郎 そう、何人もの有能な弟子たちが芭蕉の句を有名なものにした。
華女 身近に評価してくれる人がいたから、芭蕉は生きることができたし、今も芭蕉の命は続いているということね。
句郎 評価して宣伝してくれる人がいて、初めて俳諧師は俳諧師になることができたのだと思う。
華女 「この心推せよ」と芭蕉は詠んでいるのよね。でも「この心」とは、どのような心なのかが分からないわ。前詞には何か書いていないのかしら。
句郎 「東行餞別」とある。岩波文庫『芭蕉俳句集』の注には支考東行餞別とある。また今栄蔵著『芭蕉年譜大成』には「支考奥羽行脚の餞別句会あり」とあるから支考は師匠芭蕉の『おくのほそ道』の跡をたどる旅に出ようとしていた。
華女 そのための餞別句会の発句が「この心推せよ花に五器一具」だったということね。
句郎 俳句とは、17音の文字で読み手に伝える文芸だから前詞がなければ分からないような句はいかがなものだろう。
華女 そうよね。「この心」が何かということが分かってきたようにも思うわ。「五器一具」とは、日用品でいいのかしら。旅に必要なものは花に五器一具で十分だということじゃないのかしら。
句郎 旅路は花に満ちている。あとは無一物でかまわない。そのような心を推しはかれと芭蕉は支考へ諭したくなのかもしれない。
華女 自然の中に花を発見する愉しみが俳諧の旅だと芭蕉は詠んでいるのよ。
句郎 そうなのかもしれない。