毎年旧盆のこの季節になると亡き両親の思い出に浸ります。その多くは二人の運命を大きく翻弄した先の大戦に纏わるエピソードです。
鱶とながーい褌 これは私の幼い頃の母の寝物語です。南の青い海に棲む鱶は獰猛で人を襲って食べてしまうのです。しかし鱶は自分より大きいものは襲いません。そこでここに行く兵士たちは鱶に襲われないように自分の背丈の何倍もあるながーい褌を締めて船に乗るのです。私は聞きながら夢うつつの中で兵士になって青い海の中を泳いでいます。背丈の何倍もある白い褌は長々と伸びてひらめいています。鱶たちは遠巻きにして私を眺めるだけで襲ってはきません。
母の最初の夫は太平洋戦争の最中、南方の海で戦死しました。その公報を受け取ってから母は後悔したのかも知れません。戦地に赴く夫に千人針は持たせましたがながーい褌は持たせなかったのです。南方の海を泳ぐ獰猛な鱶の話は東北地方の片田舎では兵士の妻たちの間でまことしやかに語られていたようです。被弾した船から海に飛び込んだ兵士の多くがこの鱶の餌食になるのだと・・・。もしも飛び込む際に軍服を脱ぎ捨て、ながーい褌の仕付糸を抜けば、褌はながーく後ろに伸びて背丈の何倍にもなり、鱶が襲うのを躊躇ううちに、僚船に引き上げられるのだと・・・。
母のもとに届いた夫の骨壺には小石だけが入っていたそうです。骨はまだ南方の島の土に埋もれているか、海の底に沈んだままかも知れません。母は終戦後数年して父と再婚し、私が生まれました。70年代前半にグアム島から横井さん、フィリピン・ルバング島から小野田さんが帰還すると私は心配になったのです。もしも母の前夫が帰還したら我が家はどうなるのかと・・・。この心配は母が亡くなる97年まで続きました。我が家の心の中の戦争はその日まで続いていたのでした。
父の思い出軍艦愛宕と褌はこの続編予定とします。
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