神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] すばらしい新世界

2017-04-05 22:38:31 | SF

『すばらしい新世界〔新訳版〕』 オルダス・ハクスリー (ハヤカワ文庫 epi)

 

伊坂幸太郎の帯文ではないが、本当に「どうして今まで、この本のことを教えてくれなかったのか」。いや、さんざん教えられてたけどな!

実際、古すぎて読みずらい小説なのだろうと思って敬遠していたのだけれど、今回は大森望の新訳ということもあり、ものすごく読みやすかった。雰囲気的には完全にレトロSF=黄金期SFの世界。しかし、これが書かれたのは40年代にアメリカでSFが勃興する前の1932年なのだよね。第二次世界大戦よりも前だなんて信じられない。

人工授精と人工子宮による出産。家庭ではなく社会による子育て。遺伝子レベルからの社会階層への最適化。睡眠学習による洗脳。SF的なネタを上げていけばきりがないくらいに溢れていて、社会的な問題意識も全く古びていない。

そう、ここはまさしく、伊藤計劃が『ハーモニー』で描いた世界。清潔で、健康で、誰もが幸福な社会。

同じようにディストピアSFの古典とされる『一九八四年』と比較しても、あっけらかんとした明るさが特徴的だ。この社会の市民は誰もこの世界に不満を持っていない。そもそも、この社会はディストピアなのだろうか。

主人公のひとり、バーナードは胎児の時期に不幸な事故によりアルコールにさらされ、胎児性アルコール症候群の影響を受けて発育不全ではあるが、自分の出生に対しての呪詛はあるものの、社会に対する不満や疑問は無い。「幸福は義務です」などと言う必要も無い。なぜなら、みんなが幸福だからだ。

あえて言わせてもらえば、“世界一幸福な国の欺瞞”とも本質的に同じものかもしれない。

これまた不幸な事故により、この社会の外で野人として育てられたジョンは、この社会に適応できずに精神を蝕まれていく。しかし、それは社会への不適合が原因であり、この社会がディストピアであるからではない。これって、すごく重要な視点だと思う。

現代社会に生きる我々は、この社会はおかしいと簡単に切って捨ててしまえるけれども、果たしてそんなに簡単なものだろうか。『すばらしい新世界』が我々の社会とは異なるところは指摘できても、この社会がなぜ間違っているのかをきちんと説明できるひとは少ないのではないか。

たとえば、共働き世代の増加、若年層の貧困により家庭での子育ては崩壊しており、社会での子育てが必要という意見は、今まさに現代の日本で議論されようとしている問題ではないのか。

あるいは、現代日本でも、あそこの家の子とは遊んじゃいけないと睡眠学習のように親から刷り込まれることが、いじめや格差の固定につながっているのは同様ではないのか。

『すばらしい新世界』は、理想的な社会とは何かを考えるうえでも、現代日本社会が抱える問題について考えるうえでも、ものすごく参考になるテキストだと思った。

そしてふたたび、この小説が80年も前に書かれたのだということに、あらためて驚愕するのである。

 


[SF] S-Fマガジン2017年4月号

2017-04-05 21:40:37 | SF

『S-Fマガジン2017年4月号』

 

すでに時期外れになってしまったが、2017年の4月号。ベスト・オブ・ベスト2016。とはいっても、昨年の振り返り記事があるわけでもなく、『SFが読みたい 2017年版』のベストSF上位作家の作品が3作掲載されているのみ。編集後記の(塩)氏の負け惜しみが特集記事の代わりだったりして。

そんなわけで、野崎まどの初アニメ脚本作である『正解するカド』や、鷹見一幸の『宇宙軍士官学校』第一部完結の記事の方が印象に残ったくらい。

「ベストSF 2016」については、いずれ『SFが読みたい 2017年版』の記事で。(いつだ!)

 


○「ルーシィ、月、星、太陽」 上田早夕里
オーシャン・クロニクルの最新作。プルームの冬の雪解けの物語。シリーズ全体のエピローグ的な位置付けかとも思ったのだけれど、ルーシィ篇もここから続くのか。そうなのだとしたら、この先に何が待っているのか、かなり気になる。

○「ちょっといいね、小さな人間」 ハーラン・エリスン
結末が二つも付いていて、ちょっといいね。後者の結末の方が好きだけれど、ちょっと陳腐。前者の結末の方が綺麗な終わり方だけれど、ちょっと唐突。

○「エターナル・レガシー」 宮内悠介
AIに置いていかれる棋士の焦りと諦め。レガシーvsレガシーの心意気。なんだかとても胸に来るが、良く考えると馬鹿馬鹿しい話だ。AIによるゲームプレイは、勝つことが目的を越えて、楽しむことが目的というところまで来ているのかもしれない。それでも、まだAIは東大に合格できない。

○「オールド・ロケットマン」 鷹見一幸
苗字が微妙に似ているせいで親近感があるものの、『宇宙軍士官学校』は未読。そのスピンアウトということだけれど、状況が良くわからず。最後に「地球の緑の丘」を引用したら、みんな泣くと思うなよ。いや、泣くけど。

○「最後のウサマ」 ラヴィ・ティドハー
こういう話なのかなと考えながら読んでいたら、まさにストレートな解釈が本文中にもあるという親切設計。たしかに世界で起きていることはその通りなのだけれど、ではどうしたらいいのだと。

○「ライカの亡霊」 カール・シュレイダー
これまたある意味レガシーな。そういえば、《気球世界ヴァーガ》ってどうなったのよ。

○「精神構造相関性物理剛性」 野崎まど
物理剛性は箸袋にかかっているんだと思うけど、『正解するカド』像に忠実とはどういう意味か。残念ながら、アニメを見る暇はなさそうだ。

○「らくだ」 椎名誠
エッセイのコーナーのはずが、なぜか今回は短編小説。いや、あやしい彼のことだから、本当にラクダの子宮に入って旅したことがあるのかも。

○「プラスチックの恋人」 山本弘
結局、ヤラないのかよ。それじゃやっぱり、子供とヤル奴は変態ということかよ。

○「忘られのリメメント」 三雲岳斗
新連載開始。情報量が多くて、たぶん次回まで覚えてられない。

○「製造人間は主張しない」 上遠野浩平
〈後篇〉のはずが、タイトルが変わるという不思議。これでシリーズ完結? 書籍版で読み直さないと、何のことやらさっぱりわからず。

○「とある日の月と翻訳機」 宮崎夏次系
日本語どおしでも通じないんだから、絶望的に無理。

○「航空宇宙軍戦略爆撃隊〈後篇〉」 谷甲州
やっぱり、連載は厳しい。ついていけてない。

○「白昼月」 六冬和生
バグ出して大騒ぎの時だけ張り切るヒトを思い出した。あれも脳内麻薬でぶっ飛んでたんじゃないかね。