『ジャック・グラス伝』 アダム・ロバーツ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
読んでいて、とても楽しかったSFミステリ。
宇宙的殺人者、ジャック・グラスの伝説。犯人はジャック・グラスと決まってるのに、フーダニットが課題となる不思議。
英国SF協会賞&ジョン・W・キャンベル記念賞受賞作じゃなくて、メフィスト賞受賞作の間違いじゃないのかという評判は伊達ではなかった。読み終わってみると、ものすごく納得がいく。
なんとかの十戒とか、なんとかの二十則に抵触しているような気がしないでもないが、それでも結末にはアッとさせられた。
3篇連作のうち一番面白かったのは、何と言っても第一部の「箱の中」。未来において、もっとも価値の安い手段が人力であるとは珍しくも無い設定ではあるが、“これ”を囚人の労役として成立させるのは興味深い。
そして、小惑星を居住環境に作り変えるという土木工学SF的側面と、ひと癖もふた癖もある囚人たちの人間関係のドラマが並行して進むアンバランスさ。さらに、極限環境における囚人たちのサバイバルというスリリングな物語が、一転して宇宙的殺人者の物語に転調する様が秀逸。
第二部の「超高速殺人」は、ハウダニットの見当はすぐについても、なぜ犯人がジャック・グラスなのかというところが問題。お嬢様探偵のダイアナと、老執事みたいなアイアーゴのコンビも楽しすぎる。
第三部の「ありえない銃」は、ハウダニットというか、何が起こったのかを突き止める物語。これが物語全体の背景に流れる問題に直接つながっていき、長編としての背骨になる。したがって、まえがきから注意深く読んでいけばそれ以外に解は無いはずなのだけれど……いろいろミスリードがあり過ぎで、かなり意地が悪い。
さらに言うと、あそこで恋愛を持ち出すのはなぁ。蛇足だったんじゃないかと思うのだけれど。すべては愛だよ、ということか。
以下ネタバレ。
個人的には、超高速の弾丸が因果関係を逆転させるのはいいとして、その弾丸と相互作用をした低速の物体はどうなるのかというのが、どうも解せない。壁を破壊するときに、穴の末端はやはり超高速になるので因果は逆転するが、穴の周囲はそのままなのだろう。その境界ではいったい何が起こっているのか。
因果の逆転する破片はどこからか(どこからだよっ!)飛んできて壁になる。因果の逆転しない壁は破壊されて外向きにバリを作る。では、穴はいつ空いたのか。うーん、光が見えた時には、すでに穴が空いているような気がするんだけど、どうなんだろう。