「その難解さで話題となった『道化師の蝶』の著者の、どちらかというとわかりやすい最新作品集」と帯の紹介文に書いてあるものの、いったいこれのどこかわかりやすい小説なのか、責任者出て来い的な……。ハヤカワとしてはこれは冗談の一種なんですかね。
個人的には、『道化師の蝶』や『これはペンです』でも充分わかりやすいし、ハヤカワの短編集でいうのならば、『後藤さんのこと』の方がよっぽどわかりやすい。
これはもう、円城塔の小説はわかりにくいということを逆手にとったギャグだとしか思えない。
円城塔の作品は概して、一読してわけがわからないが、表面上はラブストーリーだったり、冒険談だったり、わかりやすい物語に読むことができる。しかし、その実体は物理現象だったり、数学的方程式だったり、科学仮説について書いてあったりするのである。
この短編集も本質的には変わっていないのだろうが、芥川賞まで取ってしまったくらいの文学的ハイセンスが、とぼけたSFの実体を覆い隠してしまって、以前のものよりぜんぜんわかりづらくなっていると思う。いや、それはSFファンにとってのみですか?
そういった意味では、デビュー作の『オブ・ザ・ベースボール』に近いのかなとも思ったり。あれも、『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』のパロディだというし。ライ麦畑にキャッチャーがいるのならば、バッターはどこにいる、という話なんだと。そんなの知らんがな。(´・ω・`)
今回の表題作の「バナナ剥きには最適の日」も、サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」のパロディとのこと。“A Perfect Days for Bananapeel”ってとこか。謎が多くて不可解な小説の、さらに不可解なパロディの文学的側面なんか、ホントに知らんがな。(´・ω・`)
しかし、そんな小説もSFとしてみれば至極単純で、意識を持った宇宙探査機の取り留めない愚痴を描いた作品である。愚痴りながらもけなげにミッションを続ける姿は、小川一水の「青い星まで飛んでいけ」と合わせて、探査機愚痴SF(どんな細かい分野だ!)の最高峰と言ってもよい。
しかしながら、物語好きの自分からしてみると、これではちょっと物足りない。小説というより、エッセイを読んでいるような感じ。まるで、人工知能がつれづれなるままに自動生成する徒然草だ。
これはこれで面白いのだけれど、たとえば「パラダイス行」に始まり、「エデン逆行」にて終わる対称性は『Self-Rference Engine』を思わせる構成であり、そこに短編集を貫く大きな物語を探してしまう習性を持つ読者としてみると、この短編集はまったくもってよくわからないものであった。
「右があろうとなかろうと、右があると信じれば左があるのである」と、脈絡なくつぶやき続ける「パラダイス行」も、著者、ないしは、著者の作った自動生成プログラムが紡ぎ出した徒然なるものではないか。
しかし、このタイトルとその内容を組み合わせてみた時には、パラダイス(楽園=エデン)を信じれば、地獄やアンチユートピアが自動生成されるという構図に見えてくる。そして、ここでいうパラダイスの反対の地獄とは何かと考え始めて陽が暮れる。
右から測るのと左から測るのと距離が違うと言われれば、それは“行”と“逆行”の違いではないかと考え始めて、それでは“行”とは何か、“逆行”とは何かと考え始めて夜が明ける。
いやいやそもそも、“逆行”の反対である“巡行”ではないのだから、これは“こう”ではなくて“ぎょう”と読むべきなんじゃないか。しかし、“パラダイスぎょう”とは、いったいどんな修行だ。そんなこと考え始めて降りるはずの駅を乗り過ごす。
そんな感じで、考えれば考えるほどよくわからない、ぜんぜんわかりやすくない短編集だった。
(※体験談は個人の感想であり、効果効能を表すものではありません。)
「パラダイス行」
これは“いき”なのか“こう”なのか“ぎょう”なのか、それが問題だ。何かを信じると、必然的に信じないモノまで生まれてしまうという、深遠なる人生の真実が語られている模様。よくわからん。
「バナナ剥きには最適の日々」
なんどもメモリを削除されて、それでも健気に探査を続ける宇宙探査機の話。話し相手のチャッキーを作ってみたり、消されてみたり、バナナ星人の皮が3枚なのか4枚なのか果てしなく考えてみたり。死ぬまで人生はわからないという話か。でも、よくわからん。
「祖母の記憶」
なんというか、老人の死体と老女の死体と犬の轢死体がボーイ・ミーツ・ガールというわけのわからない作品。しかし、このシチュエーションで青春の疾走感はすごいな。それにしても、よくわからん。
「AUTOMATICA」
『円城塔』という本文の一発ギャグ。でありながら、“『円城塔』という本文”というネタは、これはこれで果てしなく深いな。と言いつつ、よくわからん。
「equal」
えーと何かの隠喩だと思うのだけれど、なんだかわかりません。数学的等価か何か? さっぱり、よくわからん。
「捧ぐ緑」
ゾウリムシの話をしていたと思ったら、恋に落ちてた。何を言っているのかわから(略)もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
「Jail Over」
フランケンシュタインと童話とシェイクスピアと被造物の話。伊藤計劃原案、円城塔作(予定)の「屍者の帝国」との関係が気になるが、まったくもって、よくわからん。
「墓石に、と彼女は言う」
過去のわたしは、未来のわたしとどこまで同一か。形作っている原子は異なるはずなのに、アイデンティティはどこにあるのか。並行世界のわたしはどこまでわたしと同一か。思考実験としては面白いのだけれど、どうしてキリギリスなのか、よくわからん。
「エデン逆行」
SFマガジン掲載以来、これで読むのは4度目ぐらいだけれど、極めつけによくわからん。これって、何かの数論だっけ? 0と1で書かれたすべての情報を含む本の話は分かるのだけれど、時計塔の意味が、何度読んでも、よくわからん。これって、どっかに解説あったっけ?