『レッド・ライジング─火星の簒奪者』 ピアース・ブラウン (ハヤカワ文庫 SF)
これは面白かった。分厚いし、続き物なのにまだ1巻しか出てないけれども、オススメ。
舞台は未来。貴族社会が復活したような階級社会の火星で、最下層の労働者(レッド)に属する主人公が、地下組織の手によって改造(!)され、社会を変えるために成り上がっていく様子が描かれる。
面白いことに、物語の前半と後半はまったく別な雰囲気になっている。
前半は階級世界の悲惨さ、過酷さが描かれる。
階級は色属(カラー!)として表現され、これは明らかに人種差別を意識しているのだろう。また、主人公は若くして結婚するが、これは下層階級の寿命の短さを指しているのだし、それは発展途上国における結婚年齢の低さに通じる。
さらにすごいことに、色属の階級社会を守るために、支配階級のゴールドが行っている政策が生々しい。まさに「弱いものがさらに弱いものを叩く」ことによって、下位層同士が憎しみ合い、分断され、効率的な分業体制という階級社会の大義名分に疑問を抱かないようにさせているのだ。
このような状況下で、社会に疑問を持ちつつも長いものには巻かれながら生きていこうとしていた主人公に訪れる転機。そこで使われた“歌”がいい。この歌はゴールドに対する反逆の象徴となり、さまざまな再解釈のもと、このシリーズ(まだ1冊しか出てないけどな!)の根底に流れるメロディーとなっていく。
そして後半。彼の能力に目をつけた反ゴールド組織は、仮面ライダーのごとく彼を“改造”し、ゴールドの選抜教育施設(いわば、大学?)へ送り込む。
ここで重要なのは、彼は既に伴侶を得、レッドとしていっぱしの稼ぎ頭だったにも関わらず、大人への通過儀礼施設へ送り込まれるところ。すなわち、それがまた格差の表象となっているわけ。
しかし、その教育施設で行われていることがまたすごい。『ハンガーゲーム』や『バトルロワイヤル』に言及されるのは、なるほどこれか。そして、歴史上の英雄と共にたたえられる“ウィッギン”という名前にSFファンは小躍りするだろう。
この授業とも儀式ともゲームともつかない期間において、主人公はゴールドとは何かを知っていくのであるが、その様子は先に言及された先行作品から想像されるとおり。あんなことやこんなことが起こるわけで、これがまたすこぶる面白い。スリリングであり、凄惨であり、時に痛快である。
そして、最終的にゴールドとして認められた彼が取った選択が……、今後のシリーズの展開にわくわくしながら待て次号。
前半において、火星の不条理な階級社会を詳細に描くことにより、主人公の行動原理である怒りを読者が共有すること。これが無かったら、先行作品の焼き直しに過ぎない陳腐なアクション小説になってしまうところだったが、露骨な人種差別や格差問題と、底辺層の分断統治という問題をテーマとして明確にすることによって、単純なエンターテイメント小説から一段上の文学に昇華させようとしている。それが露骨であればあるほど、返ってこの社会の成り立ちやゴールドの真実が興味深くなっていくというのが不思議。
この先、絶対にとんでもないどんでん返しが待ち受けている予感もあり、次巻に大いに期待している。