神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] 星群艦隊

2017-01-26 21:35:25 | SF

『星群艦隊』 アン・レッキー (創元SF文庫)

 

《叛逆航路》3部作の完結篇。とはいっても、あんまり完結っぽくない終わり方。結局、何も解決していない。物語はまだまだ続く。

しかし、ブレクを主人公とする3部作はこれで終わりとのことなので、別な主人公を立ててさらに新3部作が続くのでしょう。たぶん、次の主人公はティサルワットかなぁ。

相変わらず三人称がすべて「彼女」なので、混乱が激しい。それによって、読者である自分自身がいかにジェンダーにとらわれているかということが暴き出されてしまう。という意図は、ものすごく良く成功していると思う。

今回はさらに性別よりも大きなものがボーダーレスと化してしまう。思えば、最初からこの3部作のテーマはそこにあったのかもしれない。

ヒト、属体、人工知能、艦、ステーション、果ては異星人までがボーダーレスになっていく。そこに線を引くのは、どこまで行っても主観的な「決め」でしかない。その意味では、狂言回しとしてのゼイアトの存在が素晴らしい。あの言葉は衝撃的だった。わかり切っているはずのことをわかっていないのだと思い知らされた。

ゴースト・ゲートの向こう側にいたものはちょっと肩すかしだったが、“彼女”が加わることによって、このテーマはさらに重層的になった。いわば、もう一人のブレクであり、ブレクの可能性のすぐ先に見えている存在としての役割を担ったわけだ。

おまけの短編は、あえて明示的には触れられていないが、彼は属体になる前、すなわち、ラドチに母星が征服される前のブレクなのだろうか。そうだとすると、ブレクは女性型だと信じていたのにハズレだったか。というか、そういう思考自体が、著者の罠にはまっている証拠なのだよな。

 


[SF] 王たちの道

2017-01-25 22:26:28 | SF

『王たちの道 1-3』ブランドン・サンダースン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

新☆ハヤカワ・SF・シリーズの中で異彩を放つファンタジー作品。未完結ということで放っておいたのだが、積読が多くなってきたので消化開始。

するとこれが抜群におもしろい。もっと話題になっていてもいいのにと思ったが、出版形態からファンタジーとSFの狭間に落ちてしまって捕捉しづらいのか。

最初の方は確かに読みづらく、なかなか頭に入ってこない。もしかしたら、ここで放り投げてしまう人も多いかも。

謎の暗殺者が出てきて王を殺したかと思えば、急に奴隷の話や、良家のお嬢様の話が出てくる。そういった群像劇はいいのだが、さらに高度なハイ・ファンタジーなものだから、たちが悪い。つまり、歴史や風土、生態系に至るまでが細かく作りこまれた異世界のお話で、説明もなく独特な用語や固有名詞がバシバシと出てくる。

スプレンってなにー。スフィアって光るだけじゃないのー。っていうか、ファブリアル(SF風に言うとファブリケーターとか?)ってそんな3次元プリンターだか、元素製造機みたいなものが、なんでこんな中世文化の中にあるんだよ!

ところが、主人公が奴隷のカラディン、お嬢様のシャラン、王弟のダリナルの3人に絞られ、彼らの置かれた状況が見えてくると、どんどんと物語に引き込まれていく。

特にカラディンのパートが突出して面白い。守るべき者を守れずに挫折を繰り返し、奴隷にまで身を窶してしまった男は、とにかに酷い目に合い続ける。それでもなお、仲間を守ろうとして努力し続けるその姿には感動を覚えずにはいられないし、応援せざるを得ない。

彼がそこまで他人の生命を守ることに拘る理由として、彼の出自を外科医の子として設定したところも絶妙な選択だと思う。狂信的な宗教家でもなく、博愛的な理想家でもなく、合理的な医者の卵として、彼は仲間を見捨てることができない。そして、雪だるま式に増え続ける救えなかった生命のトラウマを抱え込む。

カラディンだけでなく、ダリナルや、シャランの師となるジャスナーの言動や、過去の言い伝えからの引用も実に興味深い。まるで、マイケル・サンデルの正義の話のようだ。正義とは何か、王道とは何か。

これはすなわち、タイトルの『王たちの道(The Way of Kings)』ということになる。曰く「死の前に生。弱さの前に強さ。行き先の前に旅」。この世界、ロシャルを襲おうとする危機と、それを警告する過去からの声は、世界を救うために“王たちの道”を目指せとささやく。

その危機というのがまた……。神話になるかSFになるか。怪しい匂いがプンプンする。

実はこの3人以外に、暗殺者のスゼスを始め、リスン、アクシスといった数人の人物が断章に出てくるのだが、彼らについては、3巻までではほとんど触れられることもなく、伏線は回収されない。きっと彼らは第2部以降の主人公となるのだろう。

なにしろ、3部作の第1作が3分冊となったものらしい。ということは、残り6冊。もしかしたら、続きは文庫化後かな。

 


[SF] ヤーンの虜

2017-01-24 23:04:18 | SF

『ヤーンの虜 グイン・サーガ140』 宵野ゆめ (ハヤカワ文庫 JA)

 

表紙、誰だよこの婆ぁ。いや、婆ぁじゃなくってグラ爺ぃなのか。なんかイメージ違うな。

まだまだ続くグイン・サーガ。ケイロニアを取り巻く陰謀はアンテーヌへ飛び火。グインはシリウスをタルーアンの元へ再度預ける。シルヴィアはユリウス、パリスと共にパロ南部を放浪。その頃、グラチウスはクリスタルパレスで竜王に封じ込められた!

今回注目したいのは、第2話のタイトルにもなっている“ポーラースター”。なぜ、英語を使ったのか。なぜ、北極星ではダメだったのか。エネルギーは栗本薫が使っちゃったし、他に言い換えもできないのでまあいいとしても、これはいったいどうなのか。

それとも、ポーラースターって栗本薫も書いてたんだっけ? え、アニメ? 知らんがな。

もうひとつ、あとがきで“あの人”を復活させたのは五代ゆうの案(つまり、栗本ノートには無い)と明記されている。賛否両論あるが、これは事態が収拾してから再評価したい。

個人的に気になるのは、グインが北へ行ったり南へ行ったりしているのだけれど、日程的に合っているのかよくわからないところ。グラ爺ぃの件も時間経過が良くわからんし。いったいどのくらいのスパンで起こっているのか。とりあえず、季節はまだ雪解けの春でいいんだろうか。タルーアンの男たちが帰ってくるのなら秋じゃないのかとか。けっこう読み飛ばしているみたいで、なんだかよくわからなくなってきた。

次回はヤガのスーパー魔道ジジイ大戦だけれど、これも時間の流れが宵野版と時間の進み方が合っていないので、半年から1年ぐらいずれててもおかしくないんだけど、一体どうなっているのか。

ちょっと誰か進行表を作ってみてもらえないものか。

 


[SF] 豹頭王の来訪

2017-01-24 22:39:33 | SF

『豹頭王の来訪 グイン・サーガ139』 五代ゆう (ハヤカワ文庫 JA)

 

グイン書き継ぎプロジェクトの五代ゆう篇。

こっちはパロ篇があっちこっちに飛び火してずいぶんとっちらかっちゃている感じ。まぁ、栗本グインもあっちこっちに枝分かれして、ついには本編から主人公がいなくなる事態が発生していたので、これが正しい姿なのか。

即身成仏のジジイコンビが楽しいヤガの地下でのジジイ大戦は、確かに面白くなりそうなんだけれども、なかなか進まない。

そこから枝分かれしたスカール&スーティ篇では、驚愕の、というか、整合性に苦労してそうな新事実の発覚。ノスフェラスのあれは、墜落してぶっ壊れたのではなく、まだ動くらしい。本当か?

肝心のパロ脱出組へのグイン来訪では、五代新キャラのアッシャを巡っていろいろありそうだが、宵野バージョンのグインとなんだか性格がずれてきた気が。村娘の突撃はもうちょっとうまくあしらえよと思った。

こちらでも、レムス復活の道筋が見えてきて、今後の展開の予想ができるようになってきた。なるほど、そうなってたのか。確かに、あれに対抗するためには、ぜひともレムスに頑張ってもらわないといかんな。

レムスがんばれ、超がんばれ。

 


[SF] S-Fマガジン 2016年12月号

2017-01-19 21:28:27 | SF

『S-Fマガジン 2016年12月号』

 

特集「VR/AR」。表紙でバーナード嬢も叫んでいるが、“VR元年”だって!?

なんだか“電子書籍元年”を思い出す。あれも、PC98の時代から、パソコンだ、ゲームだ、ケータイだ、スマホだと、何度も元年を迎えつつも、まったくブームは来なかった。いや和暦で考えれば何度も元年は来るのか。

やっと、Kindleという黒船を迎えて電子書籍は活性化し、じわじわとユーザーを確保しつつあるものの、本家北米でも売上は頭打ちと言われ、日本では(コミック以外では)無視できる程度の売り上げと言われて久しい。

VRだって、元祖バーチャルボーイを忘れたわけではあるまい。セカイカメラだって、結局はどうなったよ。それを、化け物級にコンテンツパワーのある『ポケモンGo』が流行ったくらいで“VR元年”とはおこがましい。

成功例にしたところで、コンシューマー向けは『ポケモンGo』くらいなもので、あとは法人利用か大規模アミューズメント向けだ。それならば、別に今年が元年というわけでもなく、昔から細々と続いていたレベルだろう。

3D映画だって頭打ちだというのに、電脳コイルのような、みんながVR/ARメガネをかけているような社会は、まだまだ当分来ないのではないかと思う。しかし、オリンピックまでに日本でバブル並の景気浮揚があれば、もしかしたらあり得るのかも。

SFネタとしてのVR/ARはすでに手垢のついた、誰でも使える初歩の魔術といった感じ。ただそれだけでは、こけおどしにもなりませんな。

第4回ハヤカワSFコンテストの結果については、受賞作3作のエントリーを書いたのでそちらを参照のこと。

 


「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」 柴田勝家
そこまでして何を見ているのかと。アレか、アレなのか。あと、運動不足で健康状態がどうなってるのかも気になる。

「シミュラクラ」 ケン・リュウ
すれ違いに泣きたくなるような話。

「キャラクター選択」 ヒュー・ハウイー
国防総省が探していたキャラクターとは、というお話か。“なぜ”の部分はいろいろ深読みが出来そう。

「ノーレゾ」 ジェフ・ヌーン
誰もがペルソナをかぶり、その維持に汲々としている。ということですかね。

「あなたの代わりはいない」 ニック・ウルヴェン
主人公はゲームの中のNPCだと思うんだけど、鐘が3つ鳴る前に“跳べ”たら、いったい何が起こるんだろう。

「最強人間は機嫌が悪い」 上遠野浩平
いったい何をしたかったのかよくわからん。

「八尺様サバイバル」 宮澤伊織
なに、シリーズ化したのこれ。マンネリ化せずに結末つけられるの?


#今回は読み終わってずいぶん経ってから書いているので、正直言って、細かく覚えとらんなぁ。

 


[SF] 最後にして最初のアイドル

2017-01-18 21:11:18 | SF

『最後にして最初のアイドル』 草野原々 (電子書籍のみ)

 

第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作にして、SFコンテスト史上最大の問題作。

神林長平に「本作が最終選考の場にあるのは何かの間違いではないか」と言わしめた挙句、電子書籍のみ120円(税抜き)という破格の値段で配信された。なお、『伊藤計劃トリビュート2』に収録された模様。マジか。

ラブライブの二次創作だとか、初出はpixivだとか、ちょっと良からぬ方向のシロモノなのかと思いきや、なんとまぁ想像以上にステープルドンでびっくりした。タイトルだけのパクリなんかではなく、本質的なオマージュだった。つまりこれはラブライブの二次創作であると同時に、『最後にして最初の人類』の二次創作でもあるわけだ。

さすがに文章には書き殴りレベルの雑さがあるが、それが内容とよくマッチしていて勢いに繋がり、迫力と疾走感さえ与えている。そこまで考えて、敢えてこうした文体を選んでいるかのようだ。

第1期、第2期などのアイドル用語をうまくSF的に解釈し、アイドルの本質をSF的に解き明かすことに成功しているという、まさに怪作。

電子書籍で120円というチープな値付けも、この世界観を成立させる要素になっていて、早川書房の英断を讃えたいと思う。

思えば、かつて、ケータイ小説なるものがあった。『あたし彼女』は散々ネタにされつつも、ひとつの文学の可能性を見せてくれたのだった。この『最後にして最初のアイドル』は、それを越える文学の、あるいは“SF小説”の新たな可能性を開いたのかもしれない。

この調子だと、やる夫がSFコンテストに投稿してもおかしくないぞ。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 


[SF] ヒュレーの海

2017-01-18 20:39:43 | SF

『ヒュレーの海』 黒石迩守 (ハヤカワ文庫 JA)

 

第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。その2。

冒頭から何やら意味不明のコンピュータ用語やらプログラミング用語やらが飛び交い、その世界設定の説明を少年少女の問答でやってしまおうというところでくじけそうになった。

僭越ながら、当方、ソフトウェア開発でお金をもらっているゆえ、それぞれの単語の意味は分かる。しかし、それが本気と書いてマジと読むレベルの怪しげなルビとして使われる度に、専門用語を初めて知った子供が意味も分からずに口にするようないたたまれなさを感じてしまった。まるで、カンマの存在を初めて知ったチャーリイ・ゴードンが嬉々として「,」を打ちまくるかのようだ。

この世界観を塩澤編集長のように「造語の格好よさ」と見るか、小川一水のように「正直かなり滑っていた」と見るかで、評価は両極端に分かれそう。

少年少女が“外”に出てから物語は急に動き出してスピード感は出るのだが、そこまでがあまりに退屈だった。どうせ科学的というより魔術的な世界であるのだから、説明段階をブッ飛ばしていきなり本題に入っても良かったのでは無いかと思う。

作品世界の解釈については、選評で神林長平が指摘しているような、我々が生きている世界の未来としての延長線上に地続きに繋がってるような感触がまったくしなかった。

シミュレーション仮説なんて、今となってはありふれたアイディアなのに、それを補強するような材料は提示されなかった。どちらかというと、作品世界の現実であるBR自体が、我々の現実世界におけるシミュレーションのような感じを受けた。まさに、ゲーム空間だとわかっているときのリアリティの無さというか、アニメじゃない感の無さというか。

文体もストーリーも完全にラノベ的フォーマットに思えたし、ハヤカワSFコンテストに期待しているものはコレジャナイ感が随所に溢れていて、とても残念だ。

普段は「ラノベの定義は文体でもストーリーでもなくレーベルに過ぎない」という主張を支持するのだけれど、どう読んでもこれはラノベでしかなかった。まあ、“リアル・フィクション”って、もともとラノベと区別がつかないもののだから、それで良いのか。

 


[SF] 世界の終わりの壁際で

2017-01-17 23:22:33 | SF

『世界の終わりの壁際で』 吉田エン (ハヤカワ文庫 JA)

 

第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。今回は大賞がなく、優秀賞がふたつに特別賞がひとつ。

3本とも読んでみたが、個人的な感覚では、小説の完成度ではこの作品だけが頭ひとつ抜けている。もちろん、特別賞のアレは小説の完成度なんて気にしないレベルの破壊力を持っているのだけれどね。

巻末の選評を読む限りにおいては、神林長平の意見が一番近い。逆に、東浩紀は何言ってんだというレベル。神林氏の言う通り、これで内容に合っているではないか。

確かに、途中までの展開から読者の想像力を越えたところまで魅せてくれたかというと、そこまではいかない。そういう意味では、ハヤカワSFコンテストの存在意義を考えると、いくら完成度が高くても優秀賞どまりなのは納得がいった。

極移動による“世界の終わり”を生き延びるため、“壁”に囲まれた“シティ”が生まれた。奇妙な人工知能のブラックボックスを入手した少年は、壁の中にさらわれた少女を取り戻すために戦いを挑む。カギとなるのは、格闘ゲーム《フラグメンツ》。

しかし実際のところ、世界の終わり級の天変地異が予想される場合、このような壁の中と外に完全に分けられた隔離都市ではなく、地震や津波を一時的にやり過ごすためのシェルターがたくさん作られると思うんだよね。隔離都市と言えば、核汚染のような、短期間にはやり過ごせないような場合だと意味があるのだろうけれど。日本沈没レベルまで想定して箱舟化しようとしているとしても、デカすぎて返って効率が悪いような気がするしなあ。まさか、宇宙まで飛ぶとか。

そんなこんなで、いろいろと設定上に突っ込みたいところが見えるけれども、少年の真っ直ぐさ、個性的なキャラクターたちの魅力で読ませる。読者にどんどんページをめくらせる力を強く感じた。

扱っている素材もテーマもいいのに、古き良きSFジュブナイルの予定調和な範囲で終わってしまっているのが唯一惜しいところだと思った。もっと救いのない終わり方でも良かったような気がする。だいたい、エンディングで津波はどこ行ったよ。

30年以上前のあの小説の前日譚ですと言っても通じそうなくらいの変わりの無さなのだが、逆に言うとそれはSFジュブナイルとしての安定感でもある。三人称でありながら、地の文に主人公の心の声が染み出してくる感じは、現代ラノベよりもジュニア文庫の香りがするくらい。

小説家になろう出身とのことで、勝手に若者だと思っていたのだけれど、S-Fマガジン掲載の「受賞の言葉」に“若い方に身近な”という表現があって、実はおっさんなのかも。

その「受賞の言葉」によると、このような評価は予想済みな模様。この作品はSFを読まない人向けを意図したらしいので、SFファン向けにリミッターを外した作品も、今後に期待したい。

 


[SF] ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン

2017-01-16 23:10:17 | SF

『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』 ピーター・トライアス (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

なんと、新☆ハヤカワ・SF・シリーズと、ハヤカワ文庫(上下組)の同時発売。危うく両方買いそうになった。まぁ、文庫版の方を買う人が多いとは思うが、この版型で集めているので、こちらで。

第二次世界大戦で日本とドイツが勝利し、アメリカ西海岸が日本の、アメリカ東海岸はドイツの統治下におかれて、40年。

冒頭は西海岸の日本人収容所の悲惨な状況とそこからの解放のシーンから始まるが、40年後の世界はまるでその裏返し。アメリカ西海岸全体が収容所になってしまったような、特高と憲兵が我が物顔で闊歩する見事なディストピア。それに加えて、謎の技術力でメカ(=巨大ロボット)を作り、国家的にゲームに興じるというクールジャパン的日本像が描かれる。

表紙はまるで『パシフィック・リム』(これは文庫版も同様テイスト)だが、内容は『高い城の男』というか、完全なディストピア小説。主人公ふたりのエピソードはなかなかエグい。ここが変だよジャパネスク文化のもとで、日本製のメカが暴れまわる話と思って読み始めたら、いきなり特高や反乱分子の拷問シーンはグロいし、メカ同士の戦闘シーンは悲壮感丸出しだし、爽快感もなにも無い。

著者のピーター・トライアスは、名前からはわかりにくいがアジア系アメリカ人だとのこと。幼少期を韓国で過ごしたとあるので、韓国系か。日本製のゲームを持っていたことで怒られたとの反日的言動にもさらされたようだが、映画やゲームから日本文化の影響を多大に受けているのは確かなようで。個別のオタク的ネタや、お遊び要素はそこら中にあふれている。

しかし、この小説のメインのターゲットはそこにはなく、日系と非日系の階層社会、絶対天皇に対する本音と建前を使い分ける社会、特高による監視社会といったあたりが主題なのか。しかし、ちょっと戯画的にすぎるような気もするので、どう取ればよいのかわからないのが正直なところ。

というのも、この手の小説は、戦前戦中の日本社会をどこまで正しく理解していて、批判的にしろ好意的にしろ、どこまで本気で書いているのかわからないのだよね。こんな社会ダメだろうと言えば、現代の日本人だってダメだろうと同意するだろうし、現代アメリカ社会の裏返しに取るとしても安直すぎるし。あり得ないファンタジーの一種として持ってきた舞台と見るのが正しければ、そこはあまり突っ込まないでいいような気もするし。

ものすごく惹きこまれたし、笑って怒って泣けるという非常に大きな振幅で心を揺さぶってくる小説ではあるけれど、日本人としてこの小説に対してどういう態度で接するべきか、戸惑ってしまうのが正直なところ。

SFシリーズ版の解説では、本国では「村上春樹的」との評を受けたようだが、訳文で読む限りは、どっちかというと「村上龍的」な感じ。『五分後の世界』がテイスト的には近い。もっとも、向いている方向は、あれとは正反対なのかもしれない。

 


[SF] カンパニュラの銀翼

2017-01-12 22:59:17 | SF

『カンパニュラの銀翼』 中里友香 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

第2回アガサ・クリスティー賞(2012年)受賞作。この賞は“本格ミステリをはじめ、冒険小説、スパイ小説、サスペンスなど、アガサ・クリスティーの伝統を現代に受け継ぎ、発展、進化させる総合的なミステリ小説を対象”とする公募の新人賞である。

大事なことなのでもう一度言うと【公募の】新人賞である。

で、中里友香といえば、2007年に日本SF新人賞を受賞して『黒十字サナトリウム』でデビューしているし、講談社の『BOX-AiR』にも参加している。

新人賞には、わざと有望な作品を投稿させて、いわば出来レース的に受賞させて箔を付けることもあるようだけれど、この件はどうもそうではないらしい。

まぁ、何が言いたいかというと、日本SF新人賞って、本当にクソだったな。博士号並みに取っても食えない代物だったと。『SF Japan』ともども、俺の期待感と赤いハードカバーに投資した金を返せよ。いったい徳間は何をやっていたのかと、今頃言ってもしょうがないのだけれど。

そういえば、《憑依都市》関連でもめていた話は、結局どうなったんだっけ??

そんなことばかり書いててもしょうがないので、作品の話をしよう。

この小説はクリスティー賞=“ミステリの賞”受賞作だったので、発表当時は購入を見送ったのだった。文庫化の時に買ったけれども、半年以上そのまま積読状態だった。しかし、読んでみると、これがなかなか面白かった。

これをSFと呼んではいけないような気もするが、一言で言えば、オカルティックな存在をミステリ的なロジックで退治するというというお話だった。敢えて“科学的”ではなく、“ミステリ的”という言葉を使うが、この辺は評論的におもしろいネタになりそうな気がする。

無理矢理に科学的(というか、疑似科学的)に解釈するならば、オーグストはシグモンドが生み出した存在だったのではないか。そうであるからこそ、非科学的ではあるが、論理的なロジックの元で退治することができたのだと思う。つまり、シグモンドさえ納得すればよいのだ。

しかし、シグモンドの不老性とか、クリスティンの目の急速な治癒とかを考えれば、絶対にこいつら吸血鬼でしょと思っていたのが、まったくのミスリードだったのには笑った。そのへん、応募先を考えてミステリーであろうとする葛藤でもあったのだろうか。

注意深く第三者的な視点で読むとオーグストは存在しないとか、シグモンドと同一人物とかいった仕掛けがあると、さらにミステリとしては完璧だったのだろうけど、さすがにそこまでは読み取れなかった。