神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[映画] シン・ゴジラ

2016-08-10 23:29:49 | 映画

『シン・ゴジラ』

 

立川シネマシティの極爆上映にて。思えば、最初の極爆体験も、ハリウッド版の『GODZILLA』(ギャレゴジ、デブゴジ)だった。

この映画に関しては、いろんなところでいろいろ言われているので、付け加えることは特にない。評判通りのすごい映画。

役人にはありがちな縦割り行政と前例主義のもと、現行法規内で最大限の力を発揮してゴジラを迎撃する内閣と自衛隊。まさに現実(ニッポン)vs虚構(ゴジラ)。

311の激甚災害の経験をもとに、各方面に緻密な取材をし、詳細な検討のもとにこのシナリオを描き上げたのだろうが、そのリアリティには感心する。

害獣駆除なのか防衛出動なのかといった議論や、「それ、どこの省に言ったの?」、「いいですか、本当に撃ちますよ」といった台詞がいちいちハマっていく。

個人的には、この映画の主題は、牧教授の残した「私は好きにした。君たちも好きにしろ。」という言葉に集約されると思う。

これを庵野秀明が円谷英二の思いとして受け止めたものなのか、あるいは庵野秀明が観客に対するメッセージとして込めたものなのかはわからないが、この映画はとにかくゴジラ好きが好き放題に作った快作。

そこにシキシマとハンジを樋口監督が撮った『進撃の巨人』の反省があったのかはさだかではないが……。

冒頭の東宝ロゴから、最後の「終」の文字に至るまで過去作へのリスペクトが溢れまくり。映像も音楽も何もかも庵野自身が見たかったゴジラそのものなのだろう。

自衛隊迎撃シーンはエヴァの使徒戦そのもので、ああ、庵野ってこれをやりたかったのかと再認識。「シン・エヴァのかわりにシン・ゴジ作りました」ってのが、冗談でもなんでもなくなってる。

ところで、やっぱり気になるのが、ヤシオリ作戦の意味。

ゴジラへ大量の血液凝固材を経口投与することにより体液の循環を止めてしまえば、体内の生体原子炉の冷却ができなくなり、凍結停止にいたる。

あれ、これって凍結どころか、メルトダウンするんじゃねーの?

そもそも、原子炉が緊急停止するのは制御棒などの緊急停止の仕組みがあるからで、ゴジラの生体原子炉に都合よくそんな機能があるのだろうか。

いや、錚々たるメンバーをそろえていながら、そんなはずはない。ここは、あの血液凝固剤が減速材としての役目も持っていたとしよう。そうしよう。

それともあれかなぁ、やっぱりフクイチへの願いで……。

 


[SF] 栄光の道

2016-08-01 17:24:16 | SF

『栄光の道』 ロバート・A・ハインライン (ハヤカワ文庫 SF)

 

積読の棚にハインラインが残っていたので消化。

しかし、SF作家というものは、一度は異世界転生俺スゲー物語を書かなければいけないものなのだろうか。ハインラインしかり、ニーヴンもブリンもそうだ。

主人公はベトナム帰りの貧乏で不運な青年。ベトコンに顔を傷つけられたブサメンでもあるが、アメフト選手として優秀だし、東南アジアのジャングル戦を生き抜いてきただけに強靭な肉体を持つ。

このあたりが、現代ラノベとは違うハインライン的な部分か。主人公はナードではありえないし、異世界では特別な超能力を発揮できたわけでもない。活躍できたのは、彼の本来の力のおかげだ。

彼は絶世の美女(この美女も可愛い系ではなく、大柄で筋肉質な女性だったりするのがおもしろい)に導かれて、異世界での化け物退治に駆りだされる。そこから先は、神話的というか、ヒロイックファンタジーのパロディのような展開。

ところが、それで終わらず、その美女はパラレルワールドを統べる女王様(御年数千歳)だったということがわかる。このファンタジックワールドや冒険譚にも理屈を付けなければいけないというのは、SF作家としての矜持なのだろうね。

また、女性の扱いにも特色が出ている。女性は宇宙の支配者であっても、グダグダ言うのをひっぱたいて言うことを聞かせるものらしい。なんという家父長主義。

そしてまた、民主主義に対する批判もおもしろい。要するに、民主主義は衆愚政治に陥りやすいということなのだけれど。しかし、組織が厳格で無ければ、多数決で否決される少数派の天才が活躍する可能性があるから問題ないという。英雄が辿る栄光の道は、こうしてファンタジーでなくても、現実に存在しうるのだという主張か。

そしてそれよりひどいのは社会主義であり、社会主義者は阿呆だという主張を述べたりする。社会主義における厳格な組織では、多数に理解されない天才はスポイルされてしまうから。これがハインラインの共産主義、社会主義への見方なのだろうな。

可愛い女の子ハーレムになったり、本人の努力ではなく血統の力で異能を発揮するような現代的「転生系俺つえー」ラノベと比較するのはいろいろと面白いような気がするが、かといって、ハインラインの作品の中で特別面白いわけでもなく、あまりお勧めはできない作品だった。

 


[SF] ラットランナーズ

2016-08-01 17:15:59 | SF

『ラットランナーズ』 オシーン・マッギャン (創元SF文庫)

 

「安全監視員」と呼ばれる人間監視カメラによって過剰に監視、管理される近未来。法律的な制限が緩く、細い路地の隙間を駆け抜ける子供たちはラットランナーズと呼ばれ、犯罪組織の入り口で生きていた。彼らの活躍を描くジュブナイルSF。

ジュブナイルらしく、十代の子供たちが大人の犯罪組織を翻弄する痛快な物語をテンポよく描いていて、すぐに惹きこまれてあっさり読める。

監視社会が生まれたきっかけがテロ対策というのは現代っぽい感じ。その監視方法はザルっぽくありながら、監視官が必要以上に権力的になってしまうというのも「囚人と看守」の心理実験の再現としてリアリティがある。

一方で、子供たちが一発逆転に使うSF的ガジェットはいかにも魔法っぽくて興醒めする。生体インプラントを入れて数時間で発現した新規器官をすぐに使いこなすのは嘘っぽい。そこはもうちょっと時間をおいて使いこなすのに苦労するとか、実は既にインプラントを注入されていたとかの方が良かった気がする。

前日譚があって、続編も予定されているとのことだが、生体インプラントで超人化した子供たちがあまりに強力すぎると別の作品になってしまいそう。

ラノベ並みに異能バトルでも繰り広げるのか。あるいは、成長期が終わると発現した器官が死んでしまうとかだとジュブナイルSFっぽいかも。

 


[SF] 亡霊星域

2016-08-01 17:02:24 | SF

『亡霊星域』 アン・レッキー (創元SF文庫)

 

英米SF各賞7冠制覇で話題になった『叛逆航路』の続編。3部作の2作目。

3部作の2作目というと、スター・ウォーズの「帝国の逆襲」なんかが顕著だけれど、どうしてもクライマックスである第3作への布石が中心で、地味になってしまう印象がある。この『亡霊星域』も、やはり地味といえば地味。

主人公のブレクは皇帝アナーンダから艦隊司令官に任じられ、アソエク星系へと赴く。そこで見たものは、暴力による支配と、しいたげられた難民たち。そして、謎のゴースト・ゲートだった。

今回はアソエク星系での差別的支配の是正に焦点が置かれ、そこに、ブレクの愛したオーン副官の妹が絡んでくる。ゴースト・ゲートの向こうに何があるのか、エイリアンであるプレスジャーとの関係はどうなるのかといった大きな物語は次巻へお預け。

なので、『亡霊星域』というタイトルは、もしかしたら先取りしすぎなのかもしれない。

前作と同様、生物学的性別に関係なく“彼女”と呼ばれたり、主人公が艦と接続されているため、複数の視点を同時に認識できたりするので、非常に混乱する。このあたりは解説にも繰り返し書かれているように、このシリーズの最大の特徴といえる。

よくわからなくなるのは、いわゆるジェンダーが無くともセックスはあるためだろう。つまり、すべてが働きバチのように雌ならばいいのだが、実際には雌雄があり、生殖行為もあり、かといってヘテロセックスだけではないのでたちが悪い。

しかも、意図的なのかミスなのか、会話文に女性表現が混じっていることがあって、これに引っ張られる。少なくとも、原書は英語なので、日本語的な女性表現は無いはずだし。

おそらく、セイヴァーデンは雄だというのは確かだろうと思うのだが、他の人物は一体どうだろう。

アーナンダは、当初は雄だと思っていたけれども、今では雌だと思っている。逆に、ティサルワットの第一印象は雌だけれど、アソエクでの行動を見ていると雄のような気が。

ブレクは一番性別を気にしていなさそうだけれど、やっぱり雌か。

これで全員、ユニセックスの外見というのは無いだろうと思うし、実写にしたらどうなるだろうと考えたら、これまた面白い。

 


[SF] ロデリック

2016-08-01 16:50:02 | SF

『ロデリック (または若き機械の教育)』 ジョン・スラデック (河出書房新社)

 

ミネトンカ大学なる田舎大学で行われたロボット開発プロジェクト。それはNASAから補助金をふんだくるための詐欺にすぎなかった。しかし、瓢箪から駒、嘘から出たまこと。小さな戦車のような筐体に収められたソフトウェアであるロデリックは、成長する知能を持っていた!

ミネトンカ大学で詐欺が明るみに出るまでのドタバタが第一部。ここではまだロデリック本人は狂言回しとして登場するだけ。しかし、終盤でも第一部の登場人物が後からぽろぽろと顔を出すので、まあ読んでおけ。

この第一部は、スラップスティックっていうんですか、笑えないコントみたいな感じで、あんまり面白みがわからない。でも、スラデックが好きな人はこういうところが好きなんですかね。

しかし、その第一部はほんの少しだけで、すぐにロデリックが登場する第二部へ突入。

ロデリックは学習し、成長するソフトウェアなので、最初は何もわからない赤ん坊と同じ。最初に世話をまかされた家庭では、ロデリックはテレビの前に放置され、育児放棄の状態に。それでもロデリックはテレビから学び始め、自我を形成していく。

そこから彼を貰い受けたのがポーとマーの老夫婦。彼らはロデリックに知能を認め、子供として育て始める。ここからが本番。

ジプシーに誘拐されたり、小学校に入っていじめられたり、新しい身体を作ってもらったりで、ロデリックはだんだんと成長していく。その成長の仕方は、ソフトウェアのつくりとして当然のように、論理面には強く、情緒面には弱く、人間の成長とは異なる歪な感じで進んでいく。

これは子育てや教育についてのパロディなのか、ただの言葉遊びのジョークなのか。たとえば、ロデリックは木の絵を描けと言われて、決定木(decision tree)を描いたりする。こんな感じで、笑えたり、笑えなかったりで物語は進む。

ばかばかしいことを大真面目に語るというのがスラデックの作風ではあるのだけれど、それだけに笑いどころが難しい。たとえば、解説で円城塔も言及している、ロデリックが置換暗号をあっさり解読しちゃうのは、彼がプログラムだからってことだろうと思うのだけれど、こういうのって笑いどころなんだろうか。

最後にはロデリックの生みの親と育ての親との関係がわかったり、今後のロボット社会への移り変わりが示唆されたりでおしまい。この後も続編があるらしいが、訳されるかどうかは不明。

やっぱり、鉄腕アトムや、アラレちゃんや、ろぼっ子ビートンなんかに親しんで育ってきた日本人としては、ロデリックを取り巻く人々、特に子供たちの反応には大きな違和感がある。

「おれ、ロボットなんだぜ」なんていう友達がいたら、絶対に「なにそれカッケぇー!!」っていう話になるでしょ。そうならないのはやっぱり宗教的な違いなんですかね。

解説に載っているスラデックの自作自演インタビューを読む限りそういう感じなんだけれど、これもどこまで本気なものかどうか。

実はスラデックの自伝なんではという見方もあり、ああなるほどねぇと思ってしまった。


[SF] 富士学校まめたん研究分室

2016-08-01 16:42:23 | SF

『富士学校まめたん研究分室』 芝村裕吏 (ハヤカワ文庫 JA)

 

hontoの電子書籍キャンペーンがらみで購入。たいていは紙の書籍で購入するのだけれど、物理的に持っている必要がなさそうだけど読んでみたい本として。

電子書籍がスマホで読みやすいかどうかは今回主眼ではないのだけれど、まあ、読みやすくは無かった。スマホの画面サイズって、やっぱりちょっと微妙だ。また、本の厚みで物語の進み具合を認識しているので、今回は急に終わってしまった感じがした。プログレスバーは出てるんだから、それを確認すればいいのだけれど。

それはさておき、内容はというと、……ちょっと困る。

アラサー理系女子がセクハラの末に閑職に追い込まれたのをきっかけに小型ロボット戦車を開発するというお話なのだけれど、これを白馬の王子様が救ってくれる必要があったのかどうか。

こんな話、いったいどこに需要があるんだという。

芝村氏は市場調査を行った末に「お前らこういうのが面白いんだろう」と露骨に訴えかけてくるところが鼻につくのだけれど、今回は少なくとも俺向けではないよな、これ。主人公に感情移入しそうな女子狙いだったんだろうか。

どう考えても、あとがきに書いてあったボツ案の方が面白く見えるんですけど。

“まめたん”の設計思想は興味深いと思うし、開発時の目の付け所は面白いとは思うのだけれど、できあがった“まめたん”の全能っぷりがすごい。開発者も驚くような活躍で、ソフトウェアの観点からも想定していない機能を発揮しすぎ。

ハード寄りの開発エピソードが多かったせいもあるのだろうが、開発時の苦労と有事に発揮した機能のギャップがありすぎて、ちょっとノレなかった。ソフトの開発エピソードもいろいろ入れてくれればよかったのに。

自衛隊描写に関しては各方面に気を使っているのだろうし、政治的主張よりは、兵器=メカ愛にあふれているところはよかったのだろうけれど、結局のところ底の浅さが目立つことになってしまっているような気が。

ということなのだが、読み捨ててもいいような本は電子書籍で、と思っても、価格がそう変わらないようでは読み捨てるにも躊躇するよねって話でしかなかった。

 


[SF] アルファ/オメガ

2016-08-01 16:28:46 | SF

『アルファ/オメガ』 フランチェスカ・ヘイグ (ハヤカワ文庫 SF)

 

最終戦争後で荒廃した世界。ヒトは必ず双子として生まれ、必ず片方は正常児、片方は異常児だった。

正常な人間はアルファと呼ばれ、支配階級となる。異常な人間はオメガと呼ばれ、焼印を押されて社会の荷物として迫害される。

しかし、アルファとオメガの双子は不思議なつながりで、片方が死ねばもう片方も死ぬ。これにより、アルファがオメガを生かさぬように殺さぬようにの最低な状態で支配するという社会が生まれた。

この微妙なバランスの上に成り立つ社会の崩壊と再生が、一組の双子を軸に描かれる物語。って、終わってなかった。これも3部作だったか。

もちろん、差別社会や階級社会に対するアンチテーゼではあるのだが、SF的な設定によって、極端な解決策が示されるのがおもしろい。

また、双子は同時に死ぬという設定から、差別-被差別の関係が、あたかも相互破壊確証として働き、弾圧や蜂起につながりづらいというのは設定としては実におもしろい。

そうは言っても、オメガの少女の逃避行がメインで、思考事件的な要素よりも冒険小説的な要素が大きい。

もっと思考実験的な、たとえば、タンクへの隔離を安楽死的な文脈で正当化するような議論があってもよかったんじゃないか。

双子の不思議な同期はともかく、たとえば白肌と黒い肌を持った双子が、みたいな話に変換してしまえば、即物的な差別話の出来上がりになってしまうが、これをファンタジーに託したことで、様々な意味において微妙なラインでアクロバティックに成り立っている小説だと言えそう。

ただ、コンピュータや放射能のイメージが古すぎて笑ってしまうなど、随所に突っ込みどころも満載で、かなり残念な感じ。

このネタならば、もっとファンタジーに振り切ってしまった方が良かったんじゃないかと思ってしまう。

 


[SF] ガンメタル・ゴースト

2016-08-01 16:19:14 | SF

『ガンメタル・ゴースト』 ガレス・L・パウエル (創元SF文庫)

 

みんな猿が大好き!

この猿、イメージ的にはチンパンジーではなく、テナガザルかクモザル。フライトジャケットを着て、片目がアイパッチで葉巻を咥えたハードボイルドな男。その名も、『アクアク・マカーク』が、実は原題そのもの。すべてはこの猿のキャラクターから始まった。

というわけで、邦題の『ガンメタル・ゴースト』って、いったいどこから来たんだろう。

英国SF協会賞を『叛逆航路』と同時受賞だそうだが、ちょっと陰鬱な英国SF独特のテイストは見当たらない。それよりも、日本やアメリカで受けそうなヒーローもの。実際、日本のアニメや、変な日本文化の影響が見られる要素もある。といいつつ、ひねりも効いていてただのヒーローものでは終わらない。

もう一人の主人公はヴィクトリア。元新聞記者ながら、棒術を使いこなし、何度殺されかけてもへこたれずに、マカークとともに殴り込みをかける行動派の女性。

この二人に加え、敵も味方も、いずれもキャラのたった登場人物ばかりで、文体を変えてイラストを付ければラノベとして充分通用するのではないかと思う。

SFとして見れば、歴史改変SFであり、生体改造SFであり、仮想現実SFであり、まぁ本当になんでもあり。

敵となるアンダイイングの主張や陰謀がちょっと陳腐ではあるものの、デジタル的な人格移植が可能になれば、デジタル情報だけを乗せてロケットを飛ばし、現地でアンドロイドにダウンロードなんてことは普通にやれそうだ。

ただ、この小説内のアイディアだと、人格の記録は行動履歴ログの延長上にあり、同じ記憶を持っていれば同じ人格的な取扱いをされているのだが、本当だろうか。人格とは記憶よりももっと身体的な情報なのではないかと思うのだけれど。

まぁ、とにかく痛快な冒険SFなので、ぜひ映像化して欲しいと思う。

なお、シリーズ化されそうな感じもあるが、それはちょっとどうだろう。ネタを大幅に変えないと、この猿、初登場のインパクトは超えられないんじゃないだろうか。

 


[SF] エンジェルメイカー

2016-08-01 16:06:27 | SF

『エンジェルメイカー』 ニック・ハーカウェイ (ハヤカワ・ミステリ)

 

SFが読みたい! 2015 BEST SF 海外篇の第14位。2015年度 本の雑誌ベストテン第1位。

新☆ハヤカワ・SF・シリーズ……じゃなくって、ハヤカワ・ポケット・ミステリ。なんと700ページ越えの分厚さ。確かに長いけれども、小ネタが満載なので読んでいて飽きない。

紹介文では“疾風怒濤の傑作エンタテイメント・ミステリ!”、解説では“ピカレスク・ロマン”とされているが、まあその通り。SFとしてはスラップスティックでスチームパンクの逆襲的な様相。だけれど、まぁ、冒険小説の文脈で読んだ方がいいんだろうな。

主人公のジョーは、卓越した機械技師を祖父に持ち、父は裏社会を牛耳るマフィアのドンだったという男。

父に反発し、祖父と同じ機械技師として生きていた彼が巻き込まれたのは、祖母が残した超絶機械である「理解機関(アプリヘンション・エンジン)」を巡る大事件。そう、なんと祖母は祖父を超えるマッドサイエンティストだったのだ。

うかつにも「理解機関」を作動させてしまった彼は、父と祖父の思い出とともに、世界を救う戦いを始める。

実は主人公よりも、もう一人の主人公ともいえるイーディがとにかくすごい。老婆なのに凄腕のスパイ。老婆なのに強い。拳銃を振り回し、爆弾をぶちかます。彼女の半生が主人公の家族につながり、秘密が暴かれる。ブレッチリー・パークとか、エイダ・ラブレスとかの小ネタも挟みながら、装甲列車が走り、潜水艦が突き進む。このイーディのパートが面白すぎだ。

他にも多弁で有能すぎる弁護士のマーサや、エロかわいいポリーなどの魅力的なキャラクターたちが仲間となってジョーを助け、やりすぎというくらいの怒涛の最終決戦へとなだれ込んでいく。

SF中心的な読み方をするならば、敵であるシェム・シェム・ツイェンやラスキニアン(新ラスキン教徒の方)のつくり方(?)は、確かにちょっと『屍者の帝国』っぽい。まあ、かなり無理があるんだけど。実は彼は、拷問的な洗脳の結果、気が狂っちゃって自分をシェム・シェム・ツイェンだと思いこんじゃった男なのもしれない。

メインガジェットの「理解機関」という名称は明らかに「階差機関(ディファレンス・エンジン)」から来たものだろう。どうやら蒸気機関ではなく、一部は電動式であるらしいが、いわゆるコンピューター制御ではない機械式の仕掛けのようで、まさにスチームパンクの流れを汲むもの。特に、若きイーディの活躍パートは蒸気時代の末期でもあり、これが世界に終わりをもたらすというのは、現代によみがえったスチームパンクの逆襲ととらえることができる。

惜しむらくは、「理解機関」がなぜ効果があるのか、蜜蜂は何の役目をしているのかといったあたりが明らかにされないままで、ただの魔法扱いになってしまっていること。このあたりがSFとしてではなく、冒険小説や(広義の)ミステリとして評価されている理由なのかな。

「理解機関」の機能は真実を明らかにすることで、この機械を正しく使うことによって、世界はほんの少しだけよくなるという。しかし、現実には「理解機関」が吐き出した蜜蜂によって、世界では紛争が同時発生し、世界の終りが訪れようとする。これはいったい何の皮肉なのか。このあたりの掘り下げも浅く、背景に紛れてしまっている。

そういった意味では、ただしく冒険小説であって、思弁小説なんてくそくらえ的なスタンスの物語になっているんじゃないかと思った。

破天荒な小説を読みたいときにはお勧めの本。

 


[SF] ケイロンの絆

2016-08-01 15:56:32 | SF

『ケイロンの絆 グイン・サーガ138』 宵野ゆめ (ハヤカワ文庫JA)

 

宵野ゆめ、ケイロニア篇。新たな展開の始まり。

双子の出生で闇は晴れたのかと思っていたが、またしてもサイロンは陰謀詭計の闇の中へ。

ディモスか。最初は栗本薫のことだから、そのうちハゾスとくっつくんじゃないのなんて思っていたけれど、想像を越えた展開になってきたな。まぁ、小物っていえば小物な感じはするのだけれど、サイロン宮廷への影響力諸々を考えると、恐い存在だわな。パロ篇の壮絶さから比べると、まだまだ人間的な陰謀の範囲というあたりも逆に怖い。

ケイロニアの古都に鉱脈発見との流れはちょっとご都合主義っぽい感じではあるが、オクタヴィアがいかに神々から守られているかという証と捉えよう。

想像もしなかったといえば、シリウスがあっさりとグインの手に渡るというのにも驚いた。崖のシーンはなんだかデジャブがあるんだけど、他に似たような展開があったっけ。

シリウスがあるべき場所に戻るということは、シルヴィアも最終的にグインと和解できるんだろうか。宵野版のシルヴィアはだいぶ持ち直してきた感じもあるので、読者としては二人のハッピーエンドを望みたいが、はてさて。

それにしても、天狼プロダクションやファンクラブ関係から伏線扱いのキャラクターが発見されて、本編に再登場というのはなかなかいい流れなのではないか。そもそも、トーラスのオロの頃から、思いもよらぬキャラが再登場(?)する流れはあるのだし。

 

ところで、137 廃都の女王の感想メモが見当たらないのですが!