立川シネマシティの極爆上映にて。思えば、最初の極爆体験も、ハリウッド版の『GODZILLA』(ギャレゴジ、デブゴジ)だった。
この映画に関しては、いろんなところでいろいろ言われているので、付け加えることは特にない。評判通りのすごい映画。
役人にはありがちな縦割り行政と前例主義のもと、現行法規内で最大限の力を発揮してゴジラを迎撃する内閣と自衛隊。まさに現実(ニッポン)vs虚構(ゴジラ)。
311の激甚災害の経験をもとに、各方面に緻密な取材をし、詳細な検討のもとにこのシナリオを描き上げたのだろうが、そのリアリティには感心する。
害獣駆除なのか防衛出動なのかといった議論や、「それ、どこの省に言ったの?」、「いいですか、本当に撃ちますよ」といった台詞がいちいちハマっていく。
個人的には、この映画の主題は、牧教授の残した「私は好きにした。君たちも好きにしろ。」という言葉に集約されると思う。
これを庵野秀明が円谷英二の思いとして受け止めたものなのか、あるいは庵野秀明が観客に対するメッセージとして込めたものなのかはわからないが、この映画はとにかくゴジラ好きが好き放題に作った快作。
そこにシキシマとハンジを樋口監督が撮った『進撃の巨人』の反省があったのかはさだかではないが……。
冒頭の東宝ロゴから、最後の「終」の文字に至るまで過去作へのリスペクトが溢れまくり。映像も音楽も何もかも庵野自身が見たかったゴジラそのものなのだろう。
自衛隊迎撃シーンはエヴァの使徒戦そのもので、ああ、庵野ってこれをやりたかったのかと再認識。「シン・エヴァのかわりにシン・ゴジ作りました」ってのが、冗談でもなんでもなくなってる。
ところで、やっぱり気になるのが、ヤシオリ作戦の意味。
ゴジラへ大量の血液凝固材を経口投与することにより体液の循環を止めてしまえば、体内の生体原子炉の冷却ができなくなり、凍結停止にいたる。
あれ、これって凍結どころか、メルトダウンするんじゃねーの?
そもそも、原子炉が緊急停止するのは制御棒などの緊急停止の仕組みがあるからで、ゴジラの生体原子炉に都合よくそんな機能があるのだろうか。
いや、錚々たるメンバーをそろえていながら、そんなはずはない。ここは、あの血液凝固剤が減速材としての役目も持っていたとしよう。そうしよう。
それともあれかなぁ、やっぱりフクイチへの願いで……。