『スチール・ビーチ』 ジョン・ヴァーリイ (ハヤカワ文庫 SF)
ジョン・ヴァーリイといえば、スタイリッシュでファッショナブルな小説家というイメージがあった。それを確立したのは短編集『ブルー・シャンペン』だ。ところが、そのイメージで読み始めると、なんだかへんてこりんな未来世界に困惑させられる。
地球はどうやらエイリアンに占領されているらしい。このエイリアンはどうでもいい。何しろ、この物語にまったくかかわってこない。人類は地球以外の月や火星といった太陽系内の8つの天体に分かれて暮らしていた。
その暮らしぶりを支えるのが、万能なナノボットと、なんでも知っているCCこと、〈セントラル・コンピューター〉である。
主人公のヒルディは月で暮らすゴシップ誌の記者。彼(途中で性転換するので彼女)の視点から、へんてこりんな世界の紹介が延々続くのが前半。食肉用の家畜として飼われているのはブロントサウルスだし、ディズニーランドと称して地球の各地方(テキサスやらオレゴンやら)の箱庭が月面に築かれているし、英国女王はアル中で、エルヴィス・プレスリーが聖人化されている。
物語はいったいどこへ行くのか、方向が定まらず、あっちへふらふら、こっちへふらふらとして、なんともつかみようが無い。最終的に、数々のエピソードを貫く物語は、主人公の自殺衝動がどこから来るのかということを探るミステリーということになる。
しかし、そんなことはどうでもよく、ブツ切れなエピソードの積み重ねが描き出す未来社会のへんてこりんさと、予測のもっともらしさを楽しむ小説なのかもしれない。なにしろ、それぐらいに、縦軸となる大きな物語の存在感が希薄なのだ。
後半になって出てくる《ハインライナーズ》はわかりやすいハインラインへのオマージュで、メンバーもリーダーの名前がヴァレンタイン・マイケル・スミスで、機械に強い少年の名前はリビィである。しかも、彼らの名前は物語上も仮名として扱われるので、完全に確信犯。というか、ヒルディはハインラインを読んでる設定なんだっけ。彼らの思想は、まさにハインラインな感じ。われらに力を。救けなどいらない。宇宙へ出よう。
なんでもできるナノボットをはじめとする未来技術が魔法扱いになっていて、もはやテクノロジーというよりはファンタジーかジョークのようだった。これが書かれた時期はサイバーパンク後で、シンギュラリティ・ブームの前。これがジョン・C・ライトの『ゴールデン・エイジ』につながり、ヴァーナー・ヴィンジの『レインボーズ・エンド』やら、その他のシンギュラリティSFに至る。……っていう感じですかね。
正直言って、あんまりノレなかったのは、縦軸の物語が弱くてエピソードの羅列になってしまったところか。いや、そもそも、その物語はハインラインへのオマージュというか、パロディでしかなかったりするのか。
短編連作とか、まったく独立した短編にした方が面白かったような気がする。ヴァーリイって短編特化型の作家なんだったけ?
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