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[SF] シンギュラリティ・コンクェスト

2011-01-11 22:26:33 | SF
『シンギュラリティ・コンクエスト』 山口優 (徳間書店)




第11回日本SF新人賞受賞作が改訂されて出版されたもの。SF新人賞休止の影響があるのかどうなのか、これまで恒例の赤本ハードカバーではなく、徳間文庫での発売。この方が読者にとってはありがたいが、売上的にはどうなんだろう。SFに夏が来たという割りに、徳間書店にはあんまりそのムーブメントが来てないような……。

この小説はツンデレ戦闘少女という萌え属性で読者を引っ張り、なおかつ、シンギュラリティというSF的テーマに真正面から取り組んだ意欲作。


まずは、シンギュラリティとは…って話をしなきゃいけないんだろうけど、なんだかこれはよくわからんよね。何かとんでもないことが起こる“特異点”なわけだけれど、そのとんでもないことというのは現代で考えられないほどトンデモナイことなので、語るのは無理って感じ。だと思っていた。

この小説では、コンピューターが人間の処理速度を超えて、人間には作り出せないものを作り出し始める時点をシンギュラリティ・ポイントとして定義している。で、そこでコンピューターが人間とどう共存できるかという意味でのシンギュラリティの克服がテーマなわけだ。

その鍵が萌え萌えアンドロイドっていうのは、無くは無いと思う。

人間社会の中でこそ成長する機械知性というテーマは、つい最近のSFマガジン(2011年1月号)に掲載された、テッドチャンの「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」という中編でも取り上げられている。

ただ、ここで自分との見解が分かれるのは、「シンギュラリティ・コンクエスト」の天夢はすでにシンギュラリティ・ポイントを超えた先にしか存在しえないんじゃないかということ。

メサイアはいかにも人工知能らしい人工知能であるが、天夢はどう考えても現代の人工知能の先にある存在とは思えない。ポジトロン電子頭脳なんていう、ある意味懐かしい単語を持ちだしているところからみても、著者もそう思っていそうな気がする。

いきなり天夢を作ることはできなくても、テッド・チャン的アプローチで徐々に育てることは可能だろうという考え方もあるだろうけど、現実に存在している人工知能は、いわゆる中国語の部屋から抜け出せておらず、やっぱり人工無能に近い。その人工無能をいくら育てても、人工知能にはならないんじゃないかな。

面白いのは、作中でメサイアと天夢の違いは感情系が固定パラメータか、可変パラメータかという点で語られることだ。つまり、二つはまったく異なるシステムではなく、基本的に同じ仕組みで動いているということ。

これは逆に言えば、人間という同一ハードウェアでも、メサイア的な個体と天夢的な個体が発生する可能性があることを示唆している。たとえば、暴君ネロだの、ヒットラーだの、隣の金さんだの……。なので、天夢的システムが生まれればすべて解決というのはちょっと楽天的にすぎるような気がする。

そういった意味では、人工知能がどうとか、感情パラメータがどうとかいったSF的な話というよりは、子育てには周囲の愛情が超重要っていう話に読むのが正しいような気がする。


この小説のもう一つの側面である萌えについて。

人工知性体、というか、萌え少女アンドロイドの天夢は複数の軸で対立者を持っており、その対比において、萌えデータベース的にキャラクターを浮かび上がらせている。メサイア、リヴカ、日向……。まぁ、メサイアは女性キャラじゃないけど。

天夢-メサイアの軸は、人工知能の種別の軸。ここはシンギュラリティ克服のテーマそのものと一致している。天夢-リヴカは日本神話的多神教徒ユダヤ教的一神教の軸、天夢-日向は人工知性対と人間の関係をどう捉えるかというエデン派とノア派の軸、それぞれの軸もシンギュラリティを超越するための鍵となる。これらは萌えデータベースのアイテムであり、なおかつ、SF的テーマの本質に迫るという意味で、非常によく考えられた配置になっている。

SFに萌えが必要かという議論はあり得るとは思うが、萌え属性を単純に表面的なフレーバーにするのではなく、SFテーマ部分にきっちりと直結させているところが非常に面白い。

これは著者個人の趣味というよりは、世代に意味があるのではないかという仮説を立ててみる。著者の生年は1981年。おそらく、“ジュブナイル”でも“ヤングアダルト”でもない、“ライトノベル”が気付いた時には存在していた世代になってきているはず。そのために、対比するキャラクターの配置という思考の中で、意識せずに萌えデータベース的なキャラクター設定がなされているのではないかと。つまり、萌えは意識したものではなく、自然に思考過程に組み込まれたものである。これぞ、偏在する萌え。萌えユビキタス。


萌えデータベースと本格SFの見事な融合というべきかもしれないが、それを面白いと思うかどうかは別なようで。特にラノベ読者側の感想を見る限り……。




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