>9月7日(火)ムネオ日記 > 昨日は北海道胆振東部地震から3年の日だった。 >44人の尊い命が奪われた。>あらためて心からのご冥福をお祈りしたい。
私もご冥福をお祈りいたします。
> 平成30年9月6日午前3時7分地震が発生した。 >あの時、私は東京に居て、夜中であり寝ていた。 >3時20分に電話がなったので、取ると小野寺五典防衛大臣からだった。 >「鈴木先生、今、北海道で大きな地震が起きました。 >自衛隊を派遣し、万全を期します」とのことだった。 >慌ててテレビのスイッチを入れると被災現場が中継されていた。 > あとで知ったことだが、小野寺大臣はローマに出張中で、そこから電話をくれたのだった。
小野寺大臣は大変な心配りの人でしたね。
> 私の父の出身地は宮城県栗原郡志波姫村で、中選挙区時代、小野寺氏が立候補した際、選挙区だったので、その時からの縁である。 > 小野寺大臣の政治家としての勘所、地頭(じあたま)に感心したものである。 [地頭: 生まれつき備わった頭の働き]
> 政治家は、勉強した政治家はいらない。 >「頭の良い政治家」が必要である。
高等教育の成果は自分の考えを作ることですね。他人の考えを受け売りすることではありませんね。
処世術 (損得勘定) に長けただけの政治家では困りますね。わが国には政治哲学のある人物がどうしても必要ですね。
あるアメリカの国務長官曰く、‘私は絶対に日本人を信用しない。昨日までの攘夷論者が今日は開港論者となり、昨日までの超国家主義者が今日は民主主義者となる。これを信用できるわけがない’
変わり身の早さは日本人の得意芸ですからね。目先・手先の事柄に神経を集中させていますね。現実があって非現実 (考え) の無い人間の特徴ですね。
>今、高学歴、偏差値秀才の政治家は与野党たくさんいるが、頭の良い、特に地頭の良い政治家は少ない。> 私の言う「頭の良い政治家」「地頭の良い政治家」とは他人(ひと)の声、想いを、声なき声をしっかり受け止めているかということである。
考えの中身は人様々ですからね。他人の声よりも自分の声をはっきりさせてもらいたいものですね。自分の声がはっきりした人ばかりであれば、有権者は候補者の選択が容易にできますね。 そうでなければ派閥による投票をするしかありませんね。これは、なれ合いですね。なれ合いとは、真の意味での検討や意見の交換などをせず、お互いに「なあ、いいだろう」ぐらいの話し合いで全てを済ませること。
国民が思考を停止している国にはどのような特徴があるでしょうかね。外国人の意見を聞いてみるのも参考になりますね。
'どのような状況にも普遍的に通用する真理や法則、基本概念や倫理がありうるという考え方が、日本にはほとんど存在しない。' (カレル・ヴァン・ウォルフレン)
‘周りの影響を受けずに、真に独立した考えができる知識人がいない。’ ( グレゴリー・クラーク)
'日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っている。' (ウスビ・サコ)
> 阪神淡路大震災、東日本大震災の時でも「こんな時、田中角栄ありせば」という話がよく出てきた。 >田中先生は小学校しか出ていないが、「地頭」が良かった。>だから語り継がれていると理解する。
各人に哲学は必要ですね。 Everyone needs a philosophy. 政治に関した考えは政治哲学になります。それぞれの立候補者に哲学がなければ派閥単位による投票をするしかない。わが国の無哲学は英米流の高等教育が効果を上げていない証拠になるでしょうね。全ての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。高等教育機関で自分の考えを文章すれば、卒業論文もできるし博士論文もできる。文章作りを怠れば、国際的な大学の評価でもわが国の順位は当然低くなりますね。国内は中進国風情の大学になりますね。
>自由民主党総裁選挙、いろいろな人の名前が出ているが「地頭」の良い人は誰か。>外からよく見ていきたい。
政治家は未来を先取りする人であることが必要ですね。このような人であれば未来社会の建設に向けて国民を指導することが可能です。
既成事実の追認と他人・他国の後追いばかりが専門の政治家は時代についてゆけませんね。この政治家の努力は現実の中に閉じ込められています。ただ ‘一生懸命に頑張ります’ とだけ言い続けていては、未来への展開は絶望的です。国民は意気消沈するだけです。 この国には何でもあるが、ただ夢と希望だけがない。
> それにしても自由民主党には人材がいると感心する次第だ。 >長年培われてきた財産、人材養成が活きていると感じる。
そうですね。人材が豊富ですね。わが国の政治音痴を打破する政治家がでると良いですね。女性の党首がでるかもしれない。
> 17日の告示まで誰が出てくるのか注目したい。
楽しみですね。
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