日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

2,さらばインド旅

2011年11月19日 | Weblog
2,さらばインド旅

中国文化圏になじむ我々東洋人と、中近東に起源をもつアーリヤ人とは、ものの考え方、顔つき、体格など、埋めることのできない相違点が多すぎる。何をどのように補えば、共通点が見いだせるのか、ただ通りすがりの旅人には難しい問題である。

日本人とタイ人とは人情や気質的に似ているものを感じるが.、インド人(といっても接するごく限られたわずかな人たちだが)には根底に違和感をもつ。それがよいが悪いかは別にして、決して好感は持てない。

時には親切に寝台車の番号のところまで案内してくれた、名も知らない紳士、ハウラーからボンベイまで同行、指定席手配の外人専用窓口まで同行してくれて何くれと世話を焼いてくれたMr.ソーハ。
(彼は船員で、よく日本にくる)。数えればいくつもあり、その行為、親切は今も決して忘れてはいけない。普通のインド人はみなこうなんだと思いたい。ところが我々が日々相手にするのは、インドでも下層の雲助だから、除外すべしと思わないこともないが、第一次的に接触するのは、この連中だから、どうも印象が悪くなる。

さて旅を締めくくり総括してみよう。
サイババのプラサードは、そのストーリーと共に一生涯忘れることはないだろう。 
エローラの石窟寺院には文句なしに感動した。この壮大で緻密な設定図は、一体誰が書いたのであろうか。またこの遺跡を作った目的は何だったのか。当時の人たちは誰一人として残っているものはなく想像の域を出ないが、これは世界遺産であり人類遺産だとつくづく思った。

マザーテレサの墓参ができたこと。僕は彼女の生前、この汚れたサンダルで僕の頭をふんでもらいたいと願っていた。釈迦やキリストと同じく、貴い聖人(神といってもいいだろう)に触れてみたかったのだ。それは今となっては不可能の夢になってしまった。
不思議な力に導かれるように、夕暮れに彼女の墓前で読経をあけ、言いしれぬ涙をハラハラとこぼしたことは、生涯僕の脳裡から消え去ることはないだろう。
前回のインド旅に懲りて今回はすべてにおいて、ナマスを吹いておいたから、前回のようなドジは踏まなかった。緊張して、注意し過ぎたおかげで、カルカッタ・ダムダム空港では23時間待った。どんなに文章を書くことがたくさんあり、また文章を書くことが好きだとしても、やはり23時間という時間は消化しきれない物があり、退屈だった。
それにしても国内空港で、ルールだから、リタイアリングルームを使用させないと一方がいい、相棒がよいゲストハウスを紹介するという猿芝居に、完全に抵抗して、23時間頑張った我をほめてやりたい。

いろいろあっだが、思い入れは家に帰ってコンピューターで整理しよう。心の中にあるものすべてを吐き出して文章にすると同時に人に言いしれぬ秘密は秘密として心の奥底に仕舞い込んでおこう。
さらばインドの旅
タイ・バンコク空港内にターミナルに腰をおろしながら書く