こんな時に南に逃げ出すのならいざ知らず、同じ道内を移動するなんて意味がない。
小畑さんの忠告に従わざるを得ないと、覚悟を決めている。
それからの時間の進行は急行列車を降りて、鈍行どころか馬橇にでも乗り換えたようだ。
春は時と共に、どんどん遠ざかって行く錯覚に囚えられる。
北国の冬というものが、ようやくじわじわと分かり始める。
土の香りが緑が恋しくなる。
花が咲き光り溢れる春を、夢にまで見るようになる。
皿洗いの仕事のおかげで、暮らしに不安はないし、寒い思いしないで済む。
仕事のありがた味を、しみじみと感じる。
何処へ行こうとも、仕事だけは忘れてはいけない。
幸い自分はなまけ者でも、仕事嫌いでもない。だから毎日雪が降っても吹雪いても、心細くはな
らない。
ただ一つの先のこと、ずっと先のことさえ考えなければ良いのだ。
時に肩までに積み上がった雪の通路で、スコップを使いながら、そんなことをぼんやりと考えて
いる。
ある日、空虚の海で漂っている時、めずらしく美奈子が話しかける。
「ジャコシカって言葉知っている?」
定まらぬ意識の中で、記憶をまさぐる。
「知らないね」
「東京の方じゃ使わないの」
「どうだろう、聞いたことはないけれど」