ぐずぐずしている内に、とうとう本当に雪が降ってきた。
寒い朝カーテンの隙間から差す陽の光りが、いつもより明るいことに気付いて外を見たら、街は
白一色に輝いていた。
空は青く晴れ渡り、地上は柔らかな綿布団に包まれて、眩しく輝いている。
こんなに優しく美しいなら、春まで留まっていてもいいか、高志は思わずつぶやいていた。
雪の街がこれほど美しいものだとは知らなかった。
遅出で日も高くなった雪の通りを歩いていると、そのままどんどん何処までも行きたくなる。
行き交う人々の目深に被る帽子と、襟を立てたコート姿にも、どこか優しさを感じてしまう。
思わず柄にもなく、言葉の一つもかけてみたくなる。どうやら自分が、初めての北の冬の戸羽口
に立っていることに気付く。
厳しさを知らないなら冬はただ美しい。
そんな雪の日が続き始めると、店の者達の会話が増える。
シンクに背を丸めた姿に、永山美奈子が声をかけてきたのも、そんなある朝だった。
「高志さんて皿洗いが好きなんだって」
上げた顔のすぐそばに、細面をさらに強調するような小さな顎と色白の頬があった。
青味を帯びた大きな目が睨んでいるようできつい。
無口だが動きは素早く、いつも人の先に立っている印象のある娘だ。
そのせいか高志は自分より年上だと思っていた。
店内が持ち場なので、普段は厨房の高志とは、あまり口を利くことはない。
その彼女がめずらしく、洗い場に立って高志を見ている。
高志はゆっくりと腰を伸ばしてから応えた。