映画 ご(誤)鑑賞日記

映画は楽し♪ 何をどう見ようと見る人の自由だ! 愛あるご鑑賞日記です。

悪魔の手毬唄(1961)

2021-07-03 | 【あ】

作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv20362/

 

以下、上記サイトよりあらすじのコピペです(長いのでかなりカットしています。青字は筆者加筆)。

=====ここから。

 流行歌手の和泉須麿子が鬼首町鬼塚村へ帰郷の途上、惨殺された。死体の傍のトランジスター・ラジオからは、須麿子の新曲「鬼首村手毬唄」の旋律が流れていた。鬼首町警察に捜査本部が置かれ、主任の磯川警部が捜査に乗り出した。

 名探偵金田一耕助(高倉健)も駆けつけ温泉宿亀の湯の“楓の間”に泊った。須麿子を失った仁礼家は鬼塚一の富豪だが、当主の剛造、妻宮子、長男源一郎、次女里子(志村妙子=太地喜和子)がいる。剛造は「手毬唄」を聴くとなぜか脅えた。

 そんな折、辰蔵という男が十八年ぶりに、剛造の前に姿を現わした。湯治客の放庵は「手毬唄」を口ずさみ、石山の部屋からは夜な夜な謡曲が聞える。仁礼源一郎と里子は、須麿子の死が半年前に剛造に届いた脅迫状に起因しているらしいというが、剛造は取り合わない。だがその直後、銃声一発、源一郎が殺された。金田一は源一郎の死を“自殺を装う毒殺”とにらんだ。

 辰蔵は荒れ果てたブドウ工場で、金田一から源一郎の死を告げられ、驚愕した。半年前、剛造が受け取った脅迫状とは、仁礼家の全財産を社会奉仕に投げ出して無一文になれ、という内容である。発信人は不明だが、青池家の誰かにちがいない。--二十年前、剛造は村一番の豪家青池の土地、財産のすべてをだまし取ったが、青池の妻と三人の子供は服毒自殺をとげた--。

 金田一は、青池の自殺した毒薬と同じもので源一郎が殺されている事実から、青池の恐ろしい執念を感じた。

=====ここまで。

 上記のあらすじのとおり、原作とはまるで別モノです。


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 予想どおり、都内のコロナ感染状況、思いっきりリバウンドしております。オリンピックは、観客を入れるだの入れないだので“ヤッテル感”を出していますが、観客の有無をネタにして、中止論を封じ込めようという意図がミエミエです。この国のトップは、自国民に死者が出ようがどうしようが、自分の権力・地位を守れればそれで良い人なんだから、こういう事態になるのは分かりきっていたことですね。

 デルタ株だか何だか知らんが、すれ違っただけで感染するなんて恐ろしすぎる。ワクチンも、打て打てと言う端からワクチン不足とか、コントみたいな現実に、もうウンザリです。苦しいとか辛いとかも十分嫌だけど、何より指定感染症に罹るとメンドクサイ、、、。それが一番罹りたくない理由ですね。だから、前回の緊急事態以降は、ほとんど劇場に映画を見に行っていない、、、。

 ……と言いつつも、一席開けしてくれている劇場で、平日昼間なら辛うじて見に行っても良いかな、、、という感じで、先日、神保町シアターに行ってまいりました。先月「横溝正史特集」なる企画上映がされていて、横溝正史モノはもともと大して興味ないのですが、高倉健が金田一を演じた映画があるらしい、しかもソフト化されていないらしい、ということで、高倉健も別に好きでも何でもないけど、何となく見てみたくなりまして。


◆嗚呼、健さん。

 ハッキリ言って、ゼンゼン面白くなかった。私、1977年の市川崑監督版のは、TVのオンエアでしか見たことないので、それと比べてどうこうというのではなく、一つの映画作品としてツマンナイ。

 健さんファンには申し訳ないけど、私は高倉健が俳優としてすごく演技力が高いと思えたことはないのだが、本作は、演技力云々以前に、シナリオがあまり金田一を上手く使えていないので、健さんはかなり損な役回りになっている気がする。事件の解決には何の役割も果たしていないし。これが、芸達者な役者だったら、もう少し見どころもあったかも知れないけど、健さんは本作でもやっぱり健さんだった、、、嗚呼。

 でもまあ、健さんの金田一が登場するシーンは印象的だった。超ど田舎の鬼首村に白いスポーツカーを疾走させてやってくるスポーツ刈り&スーツ姿の金田一。旅館のお姉さんに対してもめっちゃ感じ悪い。

 その後も、イロイロ出番はあるけど、なんか見ていて「あーあ、、、、」という感じになってしまった。台詞回しの一本調子っぷりとか、その演技のマズさは言うに及ばずだが、演出もメリハリがなくベターッとしていて、山なしオチなし。犯人がコイツだ、と分かっても意外性もなく、終盤は「早く終わらんかなー」と思っていたくらい。実質、上映時間は83分で短いのに、長く感じるという、、、。

 私はよっぽどツマンナイ映画でも、ほぼエンドロールは最後まで見る人間だが、本作はエンドマークが出て、すぐに劇場を出たくらい。健さんファンなら、若かりし颯爽とした健さんを見られるだけで良いのかも知らんが、私の場合、それだけで1時間20分は持たなかった、、、、ごーん。

 健さん自身も、本作のことは「ゼンゼン記憶にない」と言っているらしいから、多分、あんまし思い入れもなかったんでしょうな。


◆その他もろもろ

 あらすじのところでも書いたが、本作は原作とは犯人も違うし、話もまるで違う、、、、らしい。というのも、私は原作を読んでいないので。77年版をTVで見ておおよその成り行きと犯人は知っている、という程度。

 原作と映画は別物なので、イロイロ違っても良いと思うが、犯人まで違うってのはかなりビックリ。しかもタイトルの「手毬唄」が、本作ではゼンゼン事件の謎解きに関わってこないというのも、何だかなぁ、、、という感じ。これじゃあ、タイトルが死んでしまう。でも、原作者である横溝正史は「面白く見た」と言っているそうで、寛大な人なのね。

 たまたま、昨年、原作の文庫本を買ったので(「カドフェス2020 / SPECIALカバー かまわぬ」の装丁が素敵だったので)、この機会に読んでみようと思う。横溝自身にとって、本作はかなり自信作らしいので楽しみ。

 あと、若かりし太地喜和子が芸名・志村妙子で出演しているんだが、しばらく分からなかった。私の知っている太地喜和子はもうすっかり大女優になっていた後だから。雰囲気がゼンゼン違った。でも、よく見れば面差しはやはり太地喜和子だなぁ、、、と(当たり前だが)感じ、けれどまだ少女っぽさが残ってもいて、可愛らしかった。生きていたら、もうすぐ80歳だったんだなぁ、、、とちょっと感慨深い。

 ソフト化されていないから劇場まで見に行ったけれど、まあ、ムリして見に行くこともない映画ですね、正直なところ。健さんファンは見ても楽しめると思いますが。

 

 

 

 

 

 

 

健さんが演じても、相変わらず後手後手の金田一。
  

 

 

 


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コメント (2)
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