作品情報⇒https://moviewalker.jp/mv15851/
以下、公式HPページよりあらすじのコピペです。
=====ここから。
冬の寒い日、フランス片田舎の畑の側溝で、凍死体が発見される。遺体は、モナ(サンドリーヌ・ボネール)という18歳の若い女だった。
モナは、寝袋とリュックだけを背負いヒッチハイクで流浪する日々を送っていて、道中では、同じく放浪中の青年やお屋敷の女中、牧場を営む元学生運動のリーダー、そしてプラタナスの樹を研究する教授などに出会っていた。
警察は、モナのことを誤って転落した自然死として身元不明のまま葬ってしまうが、カメラは、モナが死に至るまでの数週間の足取りを、この彼女が路上で出会った人々の語りから辿っていく。
人々はモナの死を知らぬまま、思い思いに彼女について語りだす。
=====ここまで。
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ジャック・ドゥミの監督作品は、ロシュフォールとかシェルブールとかベルサイユとかロバとか見ているのだけれど、アニエス・ヴァルダ監督の作品は、実は1本も見たことがないのです。ただ、本作のことは前からちらほらと情報を目にしており、見たいなぁ、、、と思っていたのでした。サンドリーヌ・ボネール、結構好きだし。
で、この度、デジタル修復版が劇場公開されたので、見に行ってまいりました。……見てよかったです。
◆楽して生きたい!
放浪のモナが時々口にするのが「楽して生きたい」なんだが、どう見ても、「楽じゃないでしょ、その生活」、、、というのが私の目に映る彼女。だって、食べ物にもありつけない、寒くて眠れない、ヘンな男に絡まれる、、、そんなことの連続だもんね。
気が向いたら、時々、軽めの肉体労働をして小銭を稼ぎつつ、基本は放浪生活である。これ、あの『ノマドランド』と同じだなぁ、、、と思って見ていた。あの主人公は、キャンピングカーで生活しているから、モナよりはまだ雨風を凌げる生活かも知れないが、、、。
とにかく、モナがどうしてああいう生き方を選んでいるのかは、結局、最後まで分からない。「何で?」を解決しようとして本作を見ても、本作は何もその答えになりそうなものは見せてくれない。だから、「何で?」をモナの生き様に問うのは、恐らくあまり意味がない。
詰まるところ、何をもって“楽”と感じるかは、その人にしか分からない、ってこと。
このブログでも以前書いたが、私は自分の気持ちを抑えてまで親の言うことを聞いて生きるのは苦痛でしかないが、私の姉は、自分の気持ちを押し通すよりも親の言うことを聞いて生きる方が“楽”だと言っていた。だから、姉から見ると、私の生き様は、自ら苦しみを選択している、、、と見えるらしい。「親の言うこと聞いときゃいいじゃん」「親と対立したって消耗するだけじゃん」「親の言うとおりにしておけば何か困ったことがあっても助けてくれるじゃん」、、、とこともなげによく言っていた。
私の目には、モナの生き様が「狭くても屋根と壁のある部屋の方が雨風凌げるし寒くないじゃん」「みみっちくてもある程度安定した生活の方が安心じゃん」、、、という理屈で、自ら苦しみを選択しているように見えてしまうけれど、彼女にしてみれば、私みたいに社会の歯車にちんまり組み込まれて生きている人間の方が、よっぽど自ら苦しみを選択しているように見えるに違いない。
モナが途中で出会う人たちの中には、彼女と良い関係が成立しそうな人もいるのだが、結局、モナはその関係から去って行く。一方で、彼女の生き方を非難して「真っ当に生きろ」みたいな説教する人もいて、まあ、やっぱりああいう人はどこにでもいるよなぁ、、、と妙なリアリティを感じて苦笑してしまった。
またしても姉の話で恐縮だが、私が、母親が勧める見合いを拒絶していた頃、既に2人の子持ちになっていた姉に「人は、ある程度の年齢になったら、きちんと社会的な役割を担って生きるべきだ」と説教されたことがある。つまり、親の勧める相手と文句言わずに結婚して子を産んで家族を作って真面目に働いて社会に貢献しろと。姉から見ると、私はいい歳して身勝手なことばかり言って幼稚でわがままで許しがたいということの様だった。
本作でモナに説教していた男や、私の姉みたいに“真っ当”に生きていると自負している人にとって、モナや私のように“自己中”に見える生き方をしている人は我慢ならん存在なんだろうなぁ、、、と思う。
けれど、説教したくなるほどその人のことを我慢ならんと感じるってことは、裏を返せば、それだけ自分が抑圧されていることの証なのでは?という意地悪な見方もできちゃうのだよね。
モナを理解しようとする必要はなく、理解できないけど、まあ、彼女にとってはそれが生き易い生き方なんだろうね、、、と思えばよいのである。
◆放浪と野垂れ死に
とはいえ、やっぱりモナのような生活は、私にはどう頑張ったってムリだし、そういう生活をしてみようとか、もちろん考えられない。
最近“FIRE”ってのが、特に若い人の間で流行っているらしい。“Financial Independence, Retire Early”の頭文字をとって、ファイアー(早期経済的自立)と言うらしい。で、30代とかで、勤め仕事なんかさっさと辞めて、自分のペースで、仕事をしたいときにほどほどにしつつ、自由時間を満喫して生きることを選択している人が結構いるらしい。
私も、YouTubeでFIREした若い女性の動画を見たことがあるが、その方は、30代でウン千万(億に近い)貯めて、人生充実!!って感じの生活ぶりでした。お金をいかにして賢く貯めて、上手に使うか、、、ということを語っていて、決して、怠惰に生きているとか、金亡者の如く吝嗇に励んでいるとかでは、全くない。自分の30代と比べて、あまりの違いに唖然となり、今の若い人はしっかりしてるなぁ、、、などと思ったが、恐らく、私と同世代でもしっかりしている人はしっかりしていたはずであり、私がムダに時間を過ごしていただけなんだろう、、、多分。
で、最近見たネット記事に、FIREしたけれど、また就職して勤め仕事に戻って行く人が増えている、、、というのがあって、どうやら、あまりにも自由な時間があり過ぎて、逆に将来不安を感じたり、自身の生き方に対する疑問が湧いたりしてしまうらしい。こんなんでいいのか、、、ということのようだ。
ただ、モナの場合は、あそこで野垂れ死にしてしまわずに生き続けたとしても、FIREを止める人たちとは違って、放浪生活を止めずに死ぬまで続けたんじゃないか、という気がする。
モナは、凍死する直前に訪れた村で行われていた「ワインの収穫祭で……ワインの澱を投げ合う」(byパンフ)という行事に巻き込まれ、逃げ惑う中で茶色いドロドロしたものを身体中に塗りたくられる。その村に訪れる前は、寝起きしていた空き家が火事になって、恐怖の中を辛うじて脱出している。
……こんだけ、怖ろしい思いを何度もしたら、もう放浪生活は止めよう、、、には、しかし、モナの場合はならないような気がする。凍死する直前、溝に落ちたモナは泣いていたのだが、、、あの涙は、どういう涙だったのか。単に身体的な苦痛に対する涙なのか、それとも、精神的な苦痛を感じての涙なのか、、、。そこが見ていて分からなかった。まあ、分かる必要はないのだけど、泣きながら、そのまま還らぬ人になってしまったのが気になった。
そして、それは一般的には憐れな最期になるのだろうが、私の目には、あのようにどこかで野垂れ死ぬというのは理想的な死に方に見えてしまった。私自身は、野垂れ死に上等!なのだけど、まあ、現代日本では難しいよね、、、。樹海にでも行けばいいのかもだけど、別に積極的に死にたいわけじゃないし。実際野垂れ死にしたら、やはりイロイロ迷惑が掛かるわけで、、、。でも、野垂れ死にって理想的な人生の幕の降ろし方だと思えてしまうなぁ。
モナを演じたサンドリーヌ・ボネールは、当時18歳くらい。いやぁ、、、こんな難しい役、18歳でよく演じきったものだと圧倒される。ヴァルダとは結構、心理戦だったらしいけれど、、、。その後の彼女の活躍を考えると、まあ、本作の演技もさほど驚くことでもないか。これまた、自分の18歳の頃を考えると、、、(以下略)。
何日も風呂に入れないのは辛過ぎる。