レバノン戦争に派兵された際の一部の記憶が完全に欠落していることに気付いた映画監督のアリは、記憶を喚起すべく、当時の関係者や仲間を訪ね歩く。
自国の、他国への侵攻を真正面から批判した意欲作。
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レバノン戦争については、ネットで拾い読みした程度の知識なので、偉そうに語ることは控えます。あくまで、本作を見た感想を。
ドキュメンタリーアニメ、と銘打っているけれども、ドキュメンタリーというか、再現だよね、これは。人の記憶を取材して、それをアニメでビジュアル化した。これが、実写の再現映像だと、ドキュメンタリーとは言えず、また、実話に基づく映画、とも言い切れず、もの凄く中途半端な立ち位置になりそうで、ある意味、アニメという手法を採用したのは正解だったと思います。アニメといえば、見る側にとってはそれだけですでに作り物であることが織り込み済みですからね。
本作は、アリ・フォルマン監督自身の自叙伝的作品だと思いますが、自身が兵士として戦争を体験しているだけに、兵士としての独白には、やはり説得力がありました。つまり、彼自身「何で自分がここで、こんなことをしているのか分からない」ということです。戦場にいて、命懸けの任務に着いている人自身が、です。もちろん、兵士がみんなそうだとは思いませんが、こういう兵士もいるんだということ、これが現実なんだな、と。
彼は生還しましたが、もし、死んでいたら、何で自分が死んだのかも分からないまま、人生を終えていたことになる訳です。
結局、彼は、記憶を呼び起こすことになりますが、それは、思い出さない方が良かったんではないかと思われるほど、悲惨な内容のモノでした。映画としては、もの凄いバッド・エンドです。なので、見終わった後も、非常に重苦しい感じになります。
昨年の暮れに『戦場のピアニスト』を見て衝撃を受けたけれども、今回、アニメとはいえ、そこに描かれていたのはやはり同じ光景でした。違うのは、撃たれていた側が、銃を撃っている側になっていたことです。
やっぱり、虐殺というのは、誰でも被害者にも加害者にもなり得る、人間の根源的な部分が引き起こす行為なのだと改めて思いました。
アリが記憶をなくしていたのは、いわば、精神的な防御反応によるものだったと思われますが、本作に関するアリ・フォルマンの記者会見の映像を見たところ、彼は、その事実をかなりきちんと受け止めているのだと感じます。まあ、そうでなければ、こんな作品、作ろうとはしないでしょうが。
本作については、パレスチナ側からの見方が完全に欠落しているという批判があるようですし、事実、パレスチナの描写はほとんどありません。ですが、私は、監督がそうした意図が、何となく分かる気がしたのです。多分、自分が経験したこと、実際に見聞きしたこと以上でも以下でもないものを作りたい、ということだったのではないでしょうか。パレスチナのことを描けば、そこには監督の想像や憶測や、ともすると偏見ととられかねない思考が反映されかねません。彼はそれを避けたのだと思います。それこそが、クリエイターとして失格だ、と思う人もいるでしょうが、私は、監督が身をもって「殺らなければ、殺られる」日々を過ごしたからこそ、立ち位置を明確に、自分の心の風景を描く、という所に置くことに徹したのは理解できる気がするのです。だから、アニメだった、のではないかな、と。
アリ監督が会見で語っていた中で、印象的だったことは、イスラエルの指導者たちは、その後のパレスチナ侵攻等の軍事面において、結果がいかなるものであっても、一切責任をとらないし、それどころか、責任を感じてさえいない、他人事のように語っている、と言っていたことです。そうだろうなぁ、と思いました。結局、戦争で悲惨な目に遭うのは前線の兵士たちと、末端の市民たちなのですからね。
我が国も、今、あれこれと自衛隊の派遣について言われていますけれど、一番派遣したがっている人も、最高責任者を自称する割に、実際、どんな責任をお取りになったのか、ゼンゼン国民には見えないですもんね。実際、そうなったときの彼の対応、容易に目に浮かびますわ。
本作を見て、思い出したことがあります。95年にウィーン・フィルの日本公演を聴きに行ったとき、指揮はジェームス・レヴァインだった(彼自身ユダヤ人)のですが、演奏の冒頭で、「先日暗殺されたラビン首相に黙とうを捧げたい」と言って、団員・聴衆全員が黙とうしたのでした。あれ以来、イスラエルとパレスチナは泥沼が続いています。レヴァインは、今の彼の地の現状を、どう思って見ているのでしょうか。
『おくりびと』とオスカーを争った作品。こっちが本命だったらしい。
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